太田述正コラム#4402(2010.11.27)
<人の気持ちが分かる人分からない人(その2)>(2010.12.27公開)

 まず、フョードロヴナ皇太后の方から始めましょう。
 米国映画、『追想(Anastasia)』(1956年)は、ロシアの皇女アナスタシアが殺害されずに生き残ったという巷間の伝説を元にした映画です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%BD%E6%83%B3_(1956%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)
(11月26日アクセス。以下同じ)
 この映画、なかなか面白いのですが、その中で、皇太后は、アナスタシアを名乗る主人公(イングリッド・バーグマン。この映画でアカデミー賞主演女優賞受賞
http://en.wikipedia.org/wiki/Anastasia_(1956_film)
)とその相方(ユル・ブリナー)のそれぞれが惹かれ合っていることを見事に見抜き、この2人のために最良の方策を講じます。
 もちろん、この映画そのものはフィクションなのですが、皇太后(1847〜1928年。もともとの名前はダグマール(Dagmar)。ロシア最後の皇帝ニコライ2世の母親)は実在の人物であり、デンマークの王室に生まれ、ロシア王室に嫁ぎ、英国の王室とも親戚関係にある・・ジョージ5世は、その母親が皇太后の妹であって、甥にあたる・・だけに、死後28年後に封切られたとは言っても、この皇太后を知っている人や関係者が多数存命であったはずであり、実際の皇太后を忠実に模しているはずだ、と私は考えました。

 どうして、こんないとやんごとなき(しかもとびきりの美人の)女性がああも共感的確性が高かったのでしょうか。
 調べてみたら、彼女、以下のような辛い経験を重ねているのですね。
 1864年に、彼女、ロシアに渡り、ロシア皇帝アレクサンドル2世の長男のニコライと婚約するのですが、翌年、彼が髄膜炎で急死してしまい、彼女は悲嘆に暮れます。
 1866年に、ニコライの遺志もあり、彼女は、ニコライの弟のアレクサンドル(後のアレクサンドル3世)と結婚します。
 1881年には、舅のアレクサンドル2世が爆弾を投げつけられて暗殺されるのですが、彼女は、致命傷を負ったこの舅の姿を目の当たりにします。

 彼女は、政治にはほとんど口を出さず、慈善事業等に力を入れ、ロシア国民から敬慕されます(注1)。

 (注1)彼女はまた、フィンランドの友としても知られていた。息子のニコライ2世にロシア化政策を止めさせるように働きかけたり、不人気であったフィンランド総督を異動させようとしたほか、欧州との列車旅でフィンランドを通過する時に、フィンランド総督によって演奏が禁じられていた、フィンランドで有名な行進曲(The March of the Pori Regiment=The Pori March)
http://www.youtube.com/watch?v=FDOI1DMjMw8
やフィンランド国歌(Our Country)
http://www.youtube.com/watch?v=9ZlevMM7b7Q
を随伴していた交響楽団に演奏させたこともある。

 息子のニコライ(後のニコライ2世)がドイツのヘッセ=ダルムシュタット王室の王女のアリックス(Alix。英国のヴィクトリア女王の孫)と結婚したがった際には、夫のアレクサンドル3世と一緒に反対しました。
 アリックスが内気でやや変わっていたからです。
 そもそも、ヒステリックでバランスがとれていないので、将来のロシア皇后にはふさわしくないと考えたからでもあります。
 しかし、結局、2人は、ニコライに押し切られてしまいます。
 このアリックスは後にロシアのロマノフ王朝終焉の一要因となるのです(注2)。

 (注2)専制政治を支持し、怪僧ラスプーチンとの交友でロシア国民の悪評をかった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Alix_of_Hesse

 1894年に夫のアレクサンドル3世が49歳で亡くなり、再び彼女は悲嘆に暮れます。
 やがて、1917年にロシア革命が勃発し、翌1918年に息子のニコライ2世夫妻が、アナスタシアを含む孫達全員とともに、ボルシェヴィキによって銃殺されてしまいます。
 もとより、このことが秘匿されたこともあり、彼女は死ぬまでこの事実を認めようとはしませんでしたが、うすうすそれが事実であることに気付いていたようです。
 その後、彼女は、母国デンマークに亡命し、そこで余生を送ることになるのです。
 1925年には、妹中、最も仲が良かったデンマークの女王アレクサンドラが亡くなり、これが彼女にとって最後の痛撃になります。
 1928年没。

 2005年、ロシア政府とデンマーク政府の合意に基づき、彼女の遺志を尊重し、彼女は、サンクト・ペテルブルグの夫の墓の隣に再埋葬されます。
 (以上、特に断っていない限り、
http://en.wikipedia.org/wiki/Maria_Feodorovna_(Dagmar_of_Denmark)
による。)

 次に、石巻市の3人殺傷事件の犯人の無職少年についてです。
 彼に対する死刑申し渡しにあたって、「裁判長は、実母への傷害事件で保護観察中だったにもかかわらず犯行に及んだこと・・・や元交際相手の少女に日常的に暴力を振るっていた<こと>・・・も指摘し、「犯罪性向は根深い。他人に対する共感が全く欠けており、異常性やゆがんだ人間性は顕著だ。更生可能性は著しく低い」と結論づけた。」
http://www.asahi.com/national/update/1125/TKY201011250371.html?ref=goo
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/101125/trl1011251722010-n1.htm
と報じられています。
 確か、TVで、小さい頃、実母や義父に暴力を執拗に振るわれた、また、元交際相手の少女(18)の姉(当時20)と居合わせた少女の知人の女子生徒(当時18)の2人を殺害するにあたって、牛刀で腹を刺した後牛刀でかき回す等残虐な犯行に及んだ、という話も出ていたように思います。

3 終わりに

 皇太后のように、とびきり上流階級に属していても、何度も辛い経験を繰り返せば、例外的に共感的確性の高い人間になる人がいる(注3)一方で、無職少年のように、(思うに)下層階級に属していても、このような悪しき家庭環境で育てば、例外的に、判決文に記されているように「他人に対する共感が全く欠けて」しまう、つまり、共感的確性の著しく低い人間になってしまう、ということではないでしょうか。

 (注3)彼女の息子のニコライ2世も、その妻となったアリックスも、遺憾ながら上流階級の典型的な人間であって、共感的確性が低かった、いや、とびきりの上流階級の人間であったことから著しく低かったために、ロマノフ王朝をつぶしただけでなく、自分達とその子供達まで非業の最期を遂げることになった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Nicholas_II_of_Russia
http://en.wikipedia.org/wiki/Alix_of_Hesse 前掲
わけだ。

(完)