太田述正コラム#4382(2010.11.17)
<米人種主義的帝国主義の構造(その2)>(2010.12.17公開)

 (3)植民者帝国

 「・・・アジズ・ラーナは、経済的独立を伴う直接的な政治参加に継続的な自治の行使の自由の理想が加わったものに根ざした植民者社会として<米国は>始まった、と主張する。
 しかし、この自由のヴィジョンは、軽んじられた諸集団、とりわけ奴隷、アメリカ原住民、そして女性の隷属に政治的に縛り付けられていた。
 自由と除外(exclusion)のかかる実践は、別々の潮流ではなく、同じコインの表裏だったのだ。・・・」(C)
 「・・・地域コミュニティ中心で市民道徳に根ざす政治文化である<のが、>19世紀の米国のいわゆる古典的共和主義(republicanism)<だ>。
 しかし、共和主義の分析者達が通常把握しているように、コミュニティによって信任された選良たる市民指導者達に力を与えたところの共和主義の文化は、除外的(exclusive)であり、女性達と人種的・民族的少数派に対して完全な米国の市民権を与えることを否認してきた。・・・
 ・・・<米国における>新参者達は、植民者諸社会<、すなわち、>植民地の諸前哨地(outpost)<において、>原住民と混住した。 
 19世紀における米国の情け容赦なき領域的拡大は、米国を、まさに彼の言葉であるところの、「植民者帝国(settler empire)」とした、とラーナは主張する。
 彼は、この観念とそれが内包する諸矛盾・・自由が気前良く提供されるものの、それが、完全な米国市民未満と定義されるところの人々が<自由の恩沢から>除外されていることと結びついている・・をなぞる。・・・
 とどのつまりは、「帝国は自由の召使いではなく主人になった」というわけだ。・・・」(A)

→白人の自由の国米国は、非白人を迫害し隷属させる米国でもあったのであり、米国は二つの顔を持っていた、ということです。(太田)

 「・・・ハミルトン<的なもの>よりもジェファーソン<的なもの>が初期の米国政治を支配してきたし、農民達は、商人達に対し、集団的想像力の中で、切り札を出して勝ってきた。・・・」(B)

→米国における植民者の理念型は、商人ではなく農民であったということです。(太田)
 「・・・かかる地域的自治と帝国的拡大の動態たる<植民者帝国、米国の>二つの顔・・・、<にもかかわらず、>米国社会の民主主義化をなぞった<人々は、>米国の他者の搾取への依存を看過してきた。
 植民者主義は、自らを支えるために(白人)移民という燃料に依存した。
 だからこそ、特定の種類の欧州人達は市民になる前でさえ投票権といった驚くべき諸権利を享受したのだし、非欧州人達はそれらの権利を調達するために恐るべき困難さに直面してきたのだ。・・・」(B)
 「・・・一方で、移民達の領域的ニーズがやがて様々な民族的宗教的集団の<米国への>編入とそれに伴う米国人として勘定される範疇の拡大をもたらした。
 他方で、それは、インサイダーたる植民者と除外されたアウトサイダーとの分割をより強固なものにもした。
 これはどうしてかと言うと、植民者達が、拡大と経済的統制のためには、原住民のコミュニティから土地を獲得し、アウトサイダー達を社会的に不可欠だけれど貶められていた賤しい労働に従事させる必要があったからだ。
 かくして、新たな欧州人達(非プロテスタントさえも)は、しばしば即時に政治的かつ経済的平等者として包含されたにもかかわらず、インディアン、黒人、メキシコ人、そして支那人・・その多くは<米国内の>土地に長く住んでいたというのに、同等の投票諸権利や財産へのアクセス権が圧倒的に否認されたのだ。・・・」(D)

→米国は、北米における領域的拡大を図るため、欧州の白人達を植民者として積極的に受け入れたというわけです。(太田)

 「・・・歴史学者達は、長期に亘って、社会的包含度が、ラーナその他のコミュニティ礼賛論者(communitarian)が非難するところの、連邦政府の力の増大と平行して、というより、そのおかげで、高まってきたという意外な成り行きと格闘してきた。・・・

→米国における国家権力の強化によって、人種主義が次第に克服されて行ったというわけです。(太田)

 「・・・20世紀における米国の全球的リーダーシップを新しい形態の帝国主義と見て、彼は、米国の対外的介入を国内における植民者主義(settlerism)の消滅(demise)と結び付ける。・・・」(A)

→ラーナは、米国の、北米の領域的帝国から対外的な帝国主義への転換と、両者を貫く人種主義、を語っているわけです。(太田)

 (3)国家と大企業への隷属

 「・・・エイブラハム・リンカーン<を尊敬する>だって?
 彼は大きな政府主義者であり、何十億ドルもの財産を取り上げたい、かつ、何世紀にもわたる自由・・すなわち、他の人々を所有する権利<(奴隷制)>・・を破壊したい、という欲求に駆られていた。・・・
 ・・・皮肉なことに、ジャクソン主義的特徴のある自由へのアプローチとなったところのものは、嫉妬深く、政府権力をチェックしてきたけれど、米国人達を企業の権力による略奪行為に対しては無防御のまま放置してきたのだ。・・・」(B)
 「・・・我々は大きな経済界(business)と大きな政府を持っていて、どちらも高度な訓練をうけた専門家達によって運営されている。
 個人は、重要な諸機関において意味ある声を上げることができず、その大部分が閉ざされたドアの中でなされるところの、どっこか他の場所で行われる諸決定に服せしめられている、と無力に感じている。・・・」(E)

(続く)