太田述正コラム#4166(2010.8.1)
<改めて朝鮮戦争について(その3)>(2010.12.11公開)

3 支那人からの視点

 このシリーズで既に登場している人民網(人民日報の電子版)サイトの中共当局の息のかかった人物とおぼしき書評子が、以下のようなことを記しています。

 「・・・蒋介石に対して台湾でクーデターを起こすという米国の秘密計画がこの<時期>に複雑さを加えていた。
 ディーン・ラスク(Dean Rusk<。1909〜94年。当時極東担当国務次官補。ケネディ/ジョンソン政権の時の国務長官
http://en.wikipedia.org/wiki/Dean_Rusk (太田)
>)が1950年6月23日の夜、様々な支那人とニューヨークのプラザホテルで会ったが、米国政府は、中国共産党による侵攻の切迫によって脅威を受けていた蒋介石政権にとって変わる政府を彼等に形成させたいという希望を持っていた。
 彼と<当時国務長官の>アチソン<(Dean Acheson。1893〜1971年)
http://en.wikipedia.org/wiki/Dean_Acheson (太田)
>は、台北に信頼できる指導者が欲しかった。
 彼等の秘密の願望は、台湾を支那本土のコントロールから切り離しておき続けたかったので、トルーマン<大統領>が支えることを正当化できるような政府を樹立したかったのだ。・・・」(B)

 とりわけ、以下のくだりは面白い。
  太田史観、案外中共の人々にはすんなり受け容れられるのかもしれませんね。

 「・・・歴史に対する修正主義的見方は沢山出てきているが、私は、今なお、我々は、アジア対米国戦争<という観念>を受け容れるとともに、それを終わらせなければならない、と言い続けている。
 <米国が>この戦争を始めたのは、まずフィリピンとの間でだった。(1900年前後に<フィリピンの>全人口の10%を殺戮した。)
 次が日本との間で<の戦争>だった。(原爆を2個投下した。)
 その次が支那<との間での戦争>だった。(支那において、<米国は、>蒋介石率いるところの、お定まりの傀儡政府をつくり、それに大量殺害を行わせた。)
 それから<米国は>朝鮮で<戦争を起こし、>、それがまた支那を<戦争へと>引き戻すこととなった。
 そうして、<これまでのところ、米国が>最終的に<引き起こしたのが>ベトナム<戦争>だったのだ。・・・」(B)

4 終わりに

 ついでに、この本以外に係る以下の二つの書評も読みました。
http://www.lrb.co.uk/v27/n24/bruce-cumings/we-look-at-it-and-see-ourselves
(7月25日アクセス。カミングスによる他人の北朝鮮関係本2冊の書評)
http://hnn.us/articles/2742.html
(7月25日アクセス。カミングスの一つ前の北朝鮮本に対する書評)

 これらを読むと、カミングスは、北朝鮮礼賛に近い札付きの左翼学者である、と改めて思いますが、そんな彼が書いた最新著を、書評の対象、しかも結構肯定的な書評の対象としたニューヨークタイムスの見識というか勇気は相当なものだと思います。
 その背景には、恐らく、オバマを大統領に押し上げた、米国の自省ムードとそれに関連する急進的な修正主義的史観への許容度の高まりがあるのでしょう。
 いずれにせよ、ニューヨークタイムスがイデオロギー的に偏向しているだけが取り柄の本を(結構肯定的な)書評の対象に選ぶわけはない、という前提に立ち、我々としては、カミングスが発掘した史実、あるいはカミングスが取り上げたところの従来余り光が当てられていなかった史実をありがたく頂戴して、それらを活用すればよい、ということだと思います。

 人民網の書評子や左翼学者のカミングスが書いたものを喜ぶ私。
 こんなところでも、私は、「左」と99%まで一致する、ということのようです。

(完)