太田述正コラム#4148(2010.7.23)
<もう一人の戦犯ルース(その2)>(2010.11.27公開)

 (4)雑誌帝国の形成

 「・・・<ルースは、ハッデンの急死後、ハッデンが保有していたタイム社の株も実質的に手中に収め、紛れもない、タイム社のオーナー兼経営者になるわけだが、>彼は完全な編集統制権を誰にも譲ろうとしなかった。・・・
 彼が一貫して、編集長(Editor-in-Chief)という肩書きを手放さなかったのだ。・・・
 フォーチュンは、大不況が始まった1930年に出現した。・・・
 それに次いだのは1936年末のライフだ。
 この写真誌は、新聞売り場において驚くべき成功を収めた。
 「1937年の終わりには、発行部数は150万部に達した。これは米国(恐らくは世界)における、これに次ぐ雑誌のその初年の発行部数の3倍を超える数字だった。」・・・
 ルースの帝国は、やがて「タイムの行進(The March of Time)」という・・・ラジオ番組を始め、それから映画館でのニュース映画の配信を始め、最終的には1954年に、売れ行きの伸びはゆっくりだったけれどついには驚くべき成功を収めたところの、スポーツ・イラストレーテッドを始めた。
 この帝国は、タイム社(Time, Incorporated)と呼ばれた。
 この名前の会社はもう存在してはいない。
 ルースの死の23年後の1990年に、この会社はワーナー・ブラザーズと合併し、それ以来、タイム・ワーナーとして知られるようになった。
 この合併企業は、苦しい時もあったけれど、現在では、「米国の3大メディア企業の1つ」となった。
 これは「強力で成功を収めている会社だが、この会社の元になった雑誌部門は21世紀のデジタル世界において急速に弱体化しつつある。」
 30年代、40年代、及び50年代においては、タイムは、それが大嫌いな人間にとってさえ必読だったが、現在では待合室で読む雑誌になってしまったように見える。
 フォーチュンの発行部数はまだ結構大きいが、もっぱらその「フォーチュン500」のランキングによって知られているように見える。
 そして、スポーツ・イラストレーテッドは、今でも広く読まれているが、かつてそうであったような、ちょっとした文学の域にしばしば到達するような極上のジャーナリズムとしてもはや注目されてはいない。・・・」(F)

 (5)米帝国主義のイデオローグ

 「・・・メディア界の大立て者のヘンリー・ルースは、1941年<初め>に「米国の世紀(The American Century)」という論考をライフ誌に載せた。・・・」(E)
 「<ちなみに、>この言葉は、その数年前にH.G.ウェルズ(Wells<。1866〜1946年。イギリスのSF作家
http://en.wikipedia.org/wiki/H._G._Wells (太田)
>)によってつくられたものだ。・・・」(D)

 「・・・この・・・論考は、米国の自己イメージを定義し、何十年にもわたるその外交政策の方向付けを行った。
 ルースは、自分達米国人について、「我々は、欧米文明のすべての偉大な原則、就中正義、真理への愛、慈善の観念、の相続者だ。今や、かかる諸観念を世界中に普及させる発電所たるべき、・・・そして、獣の水準から賛美歌作者が言うところの天使よりほんのちょっと低い水準へと人類の生き様(life)を引き上げるという神秘的な仕事を行うべき(F)・・・我々の時がやってきたのだ」と記した。・・・」(A)

 「・・・彼が、恵み深き(benign)国際主義を信奉していたのか、それとも利己主義的帝国主義を信奉していたのかは定かでない。
 彼の直截的目標は、米国を軍事介入させて英国をナチスドイツによって敗北することから救うことだったが、それを超えたところの国家的偉大さの観念が彼の修辞の雲の中から立ち現れることは決してなかった。・・・」(D)

 「・・・彼は、情熱的に愛国主義的な人物であり、彼の米国に対する気持ちが形成されたのは、彼が若い頃に米国から離れていたことに負うところが大きい。
 彼は米国を愛し、理想視した。・・・
 この論考の中で、彼は、この大きなビジョンは、「米国の諸理想に対する情熱的献身…、自由への愛、機会均等についての感覚、自助の伝統、そして独立、そしてまた協働」を必然的に伴う・・・」と主張した。・・・」(F)

(続く)