太田述正コラム#4334(2010.10.24)
<かつてドイツの時代があった(その1)>(2010.11.24公開)

1 始めに

 かつてのあのすごいドイツよ今いずこ? と誰しもが思うでしょうが、このたび、ピーター・ワトソン(Peter Watson)が 'The German Genius: Europe's Third Renaissance, the Second Scientific Revolution and the Twentieth Century' を上梓したので、この本の書評等を手がかりに、この謎に取り組んでみましょう。

A:http://www.guardian.co.uk/books/2010/oct/09/german-genius-peter-watson-review
(10月9日アクセス。書評)
B:http://www.popmatters.com/pm/feature/128810-the-german-genius-europes-third-renaissance-the-second-scientific-re/
(10月18日アクセス(以下同じ)。この本の抜き刷り)
C:http://www.nytimes.com/2010/07/18/books/review/Ladd-t.html?_r=1&pagewanted=print
(書評。以下同じ)
D:http://www.litkicks.com/GermanGenius
E:http://www.kirkusreviews.com/book-reviews/nonfiction/peter-watson/the-german-genius/

 ちなみに、ワトソンは、1943年生まれの英国人で、ダーラム(Durham)、ロンドン、ローマ大学で学んだ知的歴史学者(intellectual historian)であり、英米の様々な一流新聞・雑誌の記者を経て、現在ケンブリッジ大学の研究所のリサーチ・アソシエイト(research associate)をしている人物です。

2 かつてドイツの時代があった

 (1)序

 「・・・米国の哲学者のジョン・デューイ(John Dewey<。1859〜1952年。米国の哲学者・心理学者・教育改革家
http://en.wikipedia.org/wiki/John_Dewey (太田)
>)<(コラム#3894)>は、1915年に、ドイツ文明を、「比類なき技術的効率性と組織を伴った自意識過剰の観念主義(idalism)」と要約した。
 観念主義とは、彼にとっては、見てくれないしは現象の背後に、時に精神(Geist)と呼ばれ、時に意思(Wille)と呼ばれ、時には音楽(Music)とさえ呼ばれるところの超現実があるという信条を意味した。
 それがどう呼ばれようとも、それは正確なドイツ語をしゃべった。
 とにかく、効率性があらゆるところに見られた。・・・」(A)

 「・・・バロック時代の終わりとバッハの死から、1933年のヒットラーの興隆までの間、ドイツは欧米諸民族中の貧しい親類から、支配的な知的かつ文化的勢力・・フランス、英国、イタリア、オランダ、そして米国よりも創造的な・・へと変貌を遂げた。・・・
 私は、数年前、ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson<。1803〜82年。米国の詩人にして超絶(超越)主義の主導者
http://en.wikipedia.org/wiki/Ralph_Waldo_Emerson (太田)
>)<(コラム#3683、4034、4040、4161)>、マーガレット・フラー(Margaret Fuller<。1810〜50年。米国のジャーナリスト・批評家・女性運動家
http://en.wikipedia.org/wiki/Margaret_Fuller (太田)
>)、ブロンソン・オルコット(<Amos> Bronson Alcott<。1799〜1888年。米国の教師・著述家・哲学者
http://en.wikipedia.org/wiki/Amos_Bronson_Alcott (太田)
>)、及び全てのニューイングランドの超絶主義(注1)運動(Transcendentalist movement)について精力的に読みふけっていた時にドイツ観念主義に遭遇した。

 (注1)「超絶主義は、19世紀初期から中期にニューイングランドで出現した新文学思想群に関する言葉である。それは、transcendental(先験的、超越的、超絶的)という言葉の他での用法<(例えば、カントの超越的観念論(太田))>と区別するために米国超絶主義と呼ばれることがある。この運動は、<米国の>文化と社会の一般的状況、とりわけハーバード大学の理知主義(intellectualism)及びハーバード大学の神学部で教えられていたユニテリアン(Unitarian)教会<(プロテスタントの一派。三位一体説を排して唯一の神格を主張しキリストを神としない。(太田))>の教義に対する抗議として発展した。超絶主義者の核心的信条は、物理的かつ経験論的なものを「超絶」しており、かつ既存の宗教の教義を通じてよりも個々人の直感を通じてのみ実現するところの、観念的(ideal)な精神状態を信じるところにあった。」
http://en.wikipedia.org/wiki/Transcendentalism (太田)

 私は、もともとこの運動は典型的に米国的なものだと思っていたが、超絶(超越)論はドイツで生まれ、ニューイングランドの連中は全員そのことを当時知っていたということが分かった。
 19世紀の知識人達の上澄みの多くは、霊感のためには、イギリスやフランスではなく、ドイツを捜したのだ。・・・」(D)

 「・・・ドイツ性(Germanness)は、全ドイツ国家に先行した。
 ドイツの高級文化に一身を捧げたところの、ドイツのプロテスタンティズム、高い識字率、良く組織された諸大学、及びユダヤ人市民達は、全てがそれぞれの役割を演じた。
 これらすべてが、ヒットラーによってどのように終焉を迎えたかは、歴史における疑問の一つだ。・・・
 ワトソンは、(正しくも、と私は確信しているが、)西独における1968年の学生反乱は、欧米の諸同盟国によってつくられた国家の一種の再ドイツ化であり、ヒットラーとホロコーストの精算の始まりであったと主張する。・・・
 ヒットラーを逃れたドイツの難民達は、米国と英国の知的生活に革命を起こした。・・・」(A)

(続く)