太田述正コラム#4248(2010.9.11)
<映画評論8:アポカリプト(その1)>(2010.10.11公開)

1 始めに

 今回は、米国生まれのオーストラリア育ちにして、米国で活躍しているメル・ギブソン(Mel Gibson。1956年〜)作(他の1人と)・制作(他の3人と)・監督の『アポカリプト(Apocalypto)』(2006年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%88
http://en.wikipedia.org/wiki/Apocalypto(※)
です。
 このマヤを題材とした映画は、いかにも敬虔なカトリック信徒然たるギブソン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%96%E3%82%BD%E3%83%B3
がつくったらしい、単純で分かりやすい映画であるわい、というのがこの映画を鑑賞した時の率直な感想です。

 それがどういう意味かを敷衍してご説明しましょう。

2 単純明快性

 (1)基礎知識

 本論に入る前に基礎知識のおさらいをしておきましょう。

 「・・・マヤ文明はユカタン半島中心、どっちかっていうと、南のグァテマラより。
 アステカ文明は、メキシコの首都メキシコシティ付近を中心とした、メキシコのド真ん中で栄えた。現在のメキシコシティは、かつてのアステカの首都、テノチティトランの上に建てられている。・・・
 マヤ文明といえば、紀元200年あたりから12世紀あたりまでが繁栄していた時代になり、アステカ文明が誕生するのは13世紀になってから。マヤ文明はスペイン人が来る前に既に衰退していたため、直接スペイン人に滅ぼされたわけではない。・・・」
http://www5b.biglobe.ne.jp/~moonover/2goukan/ohter/maya/pre2.htm

 下掲は、素性の定かではない典拠なのですが、この映画の描くマヤがいかなるものか、まるでギブソンが執筆したような内容のものなので、その一部を翻訳してみました。

 「・・・まず第一に、マヤの世界は、沢山の政治主体、というか都市国家に分かれていて、時には互いに平和な関係にあり、また、異なった状況の下では互いに戦いあっていた。
 この、どちらかと言うと制限的な戦争の目的は、捕虜をとることだった。
 低い地位の捕虜達は、一般的に捕獲者の奴隷にされたが、高い地位の捕虜達は儀式的生け贄に供された。
 意図的に人命を奪うことは新しい統治者が王座に就く時とか新しい建物が建立される時に、<それらの行事を>神聖なものにするために必要であるとみなされた。
 当然、ライバルたる統治者を捕虜にすることは高度に賞せられた。
 なぜなら、不運な個人を犠牲にすることはその行事をより重要なものにしたからだ。
 かかる生け贄の通常用いられる手法は、公的儀式の中で首を刎ねることだった。
 首を刎ねることのほか、後古典期(Postclassic)の時代<(メソアメリカの編年における、900〜1524(1542) 年の期間
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E7%B7%A8%E5%B9%B4 (太田)
)>に好まれた手法は、メキシコ北部の諸文化から獲得された技法であり、心臓を取り出すことだった。
 男性達と同じくらい女性達や子供達も生け贄にされた。
 犠牲者と目された者は着物を剥がれ、青い色で塗りたくられてから中庭や神殿に連れて行かれ、そこでその犠牲者は仰向けに、凸状面の祭壇のような、同じ青い色の石の上に置かれる。
 この犠牲者の腕と脚は特別に指名された僧侶達によって抑えられ、4番目の僧侶・・・がこの犠牲者の胸の左の乳首のすぐ下を燧石製のナイフで突き刺す。
 <ナイフが>胸腔の中まで到達すると、<その僧侶>はまだ鼓動を打っている心臓を掴みだしてもう一人の僧侶に手渡す。
 <受け取った>僧侶は、次いでその生け贄が捧げられたところの偶像神にこ<の心臓>の血を塗りつける。
 この生け贄がピラミッドのてっぺんで行われた場合には、屍体は、低い地位の僧侶達が犠牲者の手足を除いて皮を剥ぎ取る<ために待ち構えている>下の中庭に投げ落とされる。
 この皮は、主任(officiating)僧侶によって身にまとわれ、彼は観客の中で厳かに踊る。
 この犠牲者が特別に勇ましい戦士であった場合には、彼の身体は屠殺されて貴族その他の観客達によって食べられる。・・・」
http://ambergriscaye.com/museum/digit14.html

 何という野蛮さか、と思われることでしょう。

(続く)