太田述正コラム#4230(2010.9.2)
<性差は自然なものかつくられたものか(その1)>(2010.10.2公開)

1 始めに

 私は、かねてより日本において男女平等社会の構築も目指しているところ、コーデリア・ファイン(Cordelia Fine)の 『性の思い違い(Delusions of Gender)』 という、性差はつくられたものであるとする本が出たからには、ぜひ紹介しなければなりますまい。

A:http://www.guardian.co.uk/world/2010/aug/15/girls-boys-think-same-way
(書評。8月15日アクセス)
B:http://content.usatoday.com/communities/sciencefair/post/2010/08/neurosexism-cordelia-fine-interview/1
(著者との一問一答。8月29日アクセス(以下同じ))
C:http://www.huffingtonpost.com/cordelia-fine/a-career-in-gender-think_b_673261.html?view=print
(著者による解説)
D:http://www.nytimes.com/2010/08/24/science/24scibks.html?_r=1&pagewanted=print
 (書評(以下同じ))
E:http://www.newsweek.com/blogs/we-read-it/2010/09/01/delusions-of-gender-how-our-minds-society-and-neurosexism-create-difference.print.html
(9月2日アクセス)

 なお、ファインは、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジで認知神経科学の博士号を取得し、オーストラリアのマッカリー(Macquarie)大学を経て、現在、メルボルン(Melbourne)大学でリサーチ・フェローしています。(D、B、E)

2 性差は自然なものかつくられたものか

 (1)性差は自然なもの?

 「・・・神経学者のチャールス・ダナ(Charles Dana)博士は、脊髄と脳幹における性差は、女性に投票権を与えることの妥当性について注意深く考える必要性を示している、と・・・示唆<した。>・・・」(C)

 「・・・過去においては、人々は、女性が票を投じることや大学に通ったり、医学、法、あるいは生物学を学ぶことを想像することには明らかに困難を覚えていたものだ。
 今日、比較的短い期間で<女性に対する見方に>大きな変化が生じたにもかかわらず、我々は、いつの日か女性がフィールズ賞とノーベル賞をかっさらうようになるかもしれず、そのことによって、ハードウエア上の理由によって数学と科学能力において<女性が男性よりも>劣っているという諸仮説が、高等教育が女性を不妊にしてしまうとの観念同様に間違っているということになるとは、容易に想像できないのだ。・・・」(B)

 「・・・最近では、みんなが、男性と女性との間に生来的な差があることを指摘しているように見える。
 ルーアン・ブリゼンダイン(Louann Brizendine)の『男性脳(The Male Brain)』は、単純に、男性は女性よりも感情的ではないと主張する。
 レナード・サックス(Leonard Sax)は、女の子と男の子の異なったニーズを満たすために男女別教育をしなければならない、と先頭に立って次第に強く呼びかけてきた(注)。

 (注)「<男女の>脳の違いというのは、インチキ(junk)科学の産物なのかもしれない。しかし、男女別教育は必ずしも悪いことではない。ある研究は、女子学生が女子大に長く在籍していればいるほど、女性がリーダーシップをとることを当たり前だと思う傾向が高まることを発見した。これは、<多くの>女性の教授陣の薫陶を受ける結果であると思われる。<逆に、>女子学生達が共学の大学にいると、その大学に長くいればいるほど、女性が権力の座にすわることを当然視しなくなる傾向が高まるのだ。」(E)

 世界経済フォーラムでさえ、最近、企業は男性と明確に異なるところの女性の能力を活用することに失敗している、と示唆した。・・・」(E)

 「・・・専門家達は、男女不平等は、かつて、女性の「能繊維の繊細さ(delicacy)」に起因するとしていた。
 次いで、女性の脳が小さいということになった。(ヴィクトリア朝の人々は、「<女性に>欠けている5オンス」とそれを表現した。)
 次いで、頭蓋骨の立て幅と横幅の比率のためだ、ということになった。
 また、1915年には、・・・ニューヨークタイムスに、チャールス・L・ダナ博士が、女性の脊椎上部が男性よりも小さいので、それが女性の「コミュニティー組織における政治的イニシアティブないし司法的権威(authority)」を評価する「効率性」に<悪い>影響を及ぼしており、彼女達の投票能力を阻害している、と書いた。
 当時は、男女不平等は、神経学的な差、すなわち、胎児の生育第8週目に起きるテストステロンのシャワーが脳の右半球と左半球の相対的大きさ、及びこの両半球を連結する神経細胞の束である脳梁に影響を及ぼすという観念、によって最も一般的に説明されていた。
 そして、1980年代にノーマン・ゲシュウィンド(Norman Geschwind)は、<この>シャワーは、男性の左半球を小さくし、右半球を発達させるより大きな潜在的可能性をもたらし、それが、彼に言わせれば、<男性に>「芸術的、音楽的、あるいは数学的能力といった右半球的能力の優越」をもたらす、という考えを提示した。
 女性の脳では、両半球はより協力的であり、そのことが、女性の言語能力の優越を説明する、というのだ。・・・」(D)

(続く)