太田述正コラム#3974(2010.4.27)
<米国の世紀末前後(続々)(その2)>(2010.8.29公開)

 (2)両著をけなす書評

 「・・・アフガニスタンとイラクへの侵略を行った政治家と役人を文化的悪漢視するだけでは、米国史を人種主義、帝国主義、そして侵略の連続と見る知識人や活動家は満足できないようだ。
 この二冊の新しい本の著者達は、ジョージ・W・ブッシュ政権の精神的祖先(複数)の狩りの対象を拡大した。
 彼等の餌食は、それらしくない悪漢たるセオドア・ローズベルトだ。・・・
 ・・・1982年に、参集した歴史家を対象にアンケート調査が行われ、まずリベラルか保守かを明らかにさせられた彼等は、リベラル、保守のどちらも、ローズベルトを、リンカーン、ワシントン、フランクリン・ローズベルト、トーマス・ジェファーソンに次いで5位にランク付けした。<これほどセオドア・ローズベルトの人気は高いのだ。>・・・
 ・・・彼こそ、1898年の暑い7月の<1>日に、キューバのサン・ホアン丘(San Juan Hill)を大胆な攻勢をかけてかけのぼった一隊(注4)を実際に率いた男だ。

 (注4)米西戦争で、サンチャゴ市近郊で行われた戦闘。ローズベルトは義勇兵からなる一隊を率いた。
http://en.wikipedia.org/wiki/Battles_of_San_Juan_Hill_and_Kettle_Hill (太田)

 大統領としては、彼によるパナマ運河の建設、「でっかい棍棒(big stick)」外交の抱懐、そして<大西洋と太平洋の>二大洋海軍の擁護は、20世紀における米国の大国的地位への上昇の型板(template)となった。
 ローズベルトによる、精力的生活の哲学的抱懐が、彼の1910年の「公共広場にいる人(man in the arena)」演説<(コラム#3971)>に要約されている。・・・

 トーマスは、ローズベルトは精力の尽きた上流階級のエセインテリであって、自分の男らしさについての恐れと不安感が彼を戦争へと駆り立てたと見る。・・・
 トーマスは、ローズベルトの、彼が子供として経験しただけの南北戦争の、英雄達のマネを(、しかも、ローズベルトの父が兵役逃れをするために自分自身の代わりの者をカネで買ったという恥の重荷付きで)する欲求に焦点をあてる。・・・
 1890年代の米国人は、暴虐的なスペインの植民地統治から解放されたいとのキューバ人の欲求に純粋なる同情を寄せていた。
 ただし、その目標を達成して以降に様々な問題が生起したが・・。

 <ブラッドレーの>『帝国的航海(The Imperial Cruise)』は、事実の誤りに付きまとわれている。
 (ブラッドレーは、日本による朝鮮侵略の長い歴史を知らないのはもとより、ウィリアム・ヘンリー・ハリソン(William Henry Harrison<。1773〜1841年。大統領:1841年の1ヶ月間。病死
http://en.wikipedia.org/wiki/William_Henry_Harrison (太田)
>)大統領とその孫であるベンジャミン(Benjamin< Harrison。1833〜1901年。大統領:1889〜93年
http://en.wikipedia.org/wiki/Benjamin_Harrison (太田)
>)とを混同している。)・・・
 ・・・<そして、>米国は、ハワイに行ったりフィリピンに行ったり、支那における国際交易に関し「門戸開放」を強く主張したり、安定を達成するかもしれない枠組みに侵略的で拡大主義的な日本を統合しようと試みたりする権利はなかったという。・・・
 しかし、ブラッドレーの議論は、帰するところ、米国の太平洋におけるプレゼンスどころか、アメリカ大陸そのもの全域への拡大にもあてはまってしまう。
 ローズベルトは西部を勝ち取った画期的な歴史の本の著者であることからも、それは米国がやってきたこと全てに対するブラッドレーの侮蔑の焦点となる。
 というのは、ブラッドレーの特異な準拠枠によれば、白人植民者達がアレゲニー山脈(Allegheny Mountains<=米国東部のアパラチャ山脈の一部
http://en.wikipedia.org/wiki/Allegheny_Mountains (太田)
>)を超えたことが、不可避的に彼の父親の硫黄島におけるプレゼンスへと導いた、というのだから・・。・・・
 ・・・この本にとっては、ローズベルトを人種主義者であると我々が考えることが枢要なのだ。
 しかし、ブラッドレーは、同じこの大統領がホワイトハウスにブッカー・T・ワシントン(Booker T. Washington<。1856〜1915年。白人の父と黒人の母との間に奴隷として生まれる。教育家・演説家・著述家
http://en.wikipedia.org/wiki/Booker_T._Washington (太田)
>)を食事に招いたために南部の偏見持ち達に怒りの遠吠えをさせたことに言及するのを都合良くもネグっている。
 そして、ブラッドレーの陰険な結論、すなわち、彼は、ローズベルトが朝鮮人等の非白人移民が大勢、その生まれた町であるオイスターベイ(Oyster Bay)にやってきたらどんなに怒ったかを思案するのだが、<実際は、>ローズベルトは、米国に同化することを選び、この国の文化とエートスを抱懐する者なら誰でも平等な扱いを受けるべきだと信じていたのだ。
 ローズベルトの明白な天命(manifest destiny)と人種的優越に関する修辞は、今日の検閲を通過しないだろうが、彼を彼の時代の文脈の外に連れ出して彼を完全に我々の時代の基準でもって判断したとしても、その最優先のエートスが「フェアプレー」への献身であったような男にそんな風にレッテル貼りすることができると主張することは困難だ。・・・
 日本のアジア侵略は、ローズベルトによるそれはもちろん、ベリー准将による1850年代における日本の「開国」どころか、16世紀に朝鮮に二度にわたって侵攻した時にまで遡るものなのだ。・・・」(B)

→この書評子は、保守系のコメンタリー誌の編集責任者(executive editor)のジョナサン・トービン(Jonathan Tobin)ですが、名前をちょっと間違っただけのことを問題視したり、日本の250年近くに及んだ鎖国を無視した議論をしたり、といただけません。
 しかし、結局、ローズベルトが人種主義的帝国主義者であったことを認めてしまっているのはご愛敬です。
 また、米国の拡大主義が、フロンティア消滅に伴い、19世紀末から海外へと進出していく歴とした帝国主義に転化し、変容したこと、だから、ブラッドレーが19世紀末以降を取り上げたのには意味があることも、この書評子は難癖を付けています。
 なお、私が既に(コラム#3967で)述べたように、各国が、帝国主義をいかなる目的のために推進し、その過程でいかなる植民地統治を行ったかが重要なのであり、かかる観点から、米国の帝国主義と日本の帝国主義を比較する視点も、この書評子は欠如しています。
 いずれにせよ、米国の保守派が、米国の20世紀史の根底的見直しにつながる、この2冊の出現に強い危機感を懐いていることがよく分かります。(太田)
 
(続く)