太田述正コラム#3972(2010.4.26)
<米国の世紀末前後(続々)(その1)>(2010.8.27公開)

1 始めに

 「米国の世紀末前後(続)」シリーズ(コラム#3658、3660)で、ジェームス・ブラッドレー(James Bradley)の 'THE IMPERIAL CRUISE--A Secret History of Empire and War' をご紹介したところですが、このたび、エヴァン・トーマス(Evan Thomas)の 'THE WAR LOVERS Roosevelt, Lodge, Hearst, and the Rush to Empire, 1898' が上梓される運びとなり、米英のメディアの書評で、改めて米帝国主義起源論が話題にのぼっています。
 両著を共に対象とした書評をまずご紹介した上で、トーマスの本だけを対象とした書評をご紹介し、適宜私のコメントを付したいと思います。

A:http://www.nytimes.com/2010/04/25/books/review/Steel-t.html?hpw=&pagewanted=print
(4月25日アクセス。以下同じ)(The Imperial Cruiseの書評を兼ねる)
B:http://www.commentarymagazine.com/printarticle.cfm/smearing-theodore-roosevelt-15373 
(同じく、The Imperial Cruiseの書評を兼ねる)
C:http://www.washingtontimes.com/news/2010/apr/23/book-review-the-war-lovers/print/
(書評。以下同じ)
D:http://www.economist.com/culture/PrinterFriendly.cfm?story_id=15949069
E:http://www.startribune.com/entertainment/books/91865579.html
F:http://www.politics-prose.com/book/9780316004091
G:http://online.wsj.com/article/SB10001424052702304510004575186280517625158.htmlH:http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703709804575202642692098792.html
(トーマスの本からの抜粋)

 ちなみに、トーマスは、1991年以来、ニューズウィーク誌の編集長補(Assistant Managing Editor)をしていて、これまで6冊のノンフィクションのベストセラー本を著してきた人物です。(F)

2 両著を共に対象とした書評より

 (1)両著を評価する書評

 「・・・<二人の著者は、>どちらも、時々、人種主義者(racist)、盲目的な愛国主義者(jinngoist)、そして戦争屋(warmonger)であったとして<セオドア・>ローズベルトを叱声する。・・・
 ・・・より無垢であった時代、米国がより若くて、人々がより信じやすかった頃、そしてその兵士達がほとんど国内にいた頃、<米国では>戦争は偉大なる冒険であると見られていた。
 そして、一団の影響力ある米国人達が、スペインに対し、その朽ちつつある帝国の残骸をめぐって1898年に引き起こした戦争ほど人気が高かったものはなかった。
 同時に、米国の戦争が、かくも無造作に始められ、かくも熱狂的に支持されたことはなく、かつ、かくも予期せぬ広範囲に及ぶ結果をもたらしたことはなかった。
 この戦争から60年に及ぶ米国によるキューバの経済的・政治的コントロール、グアンタナモと呼ばれる軍事的飛び領土の獲得、フィリピンの占領(その間、米国は水責めに極めて似通った尋問手法を用いた)、日本との戦争と太平洋の征服(mastery)、米国人達が「赤い支那」と呼ぶように政府によって指示されたところの古よりの文明との長い対峙、そして、一定のベトナム人達を他の一定のベトナム人達から「救う」ための米国による東南アジアの荒廃、がもたらされた。・・・
 トーマスが語る刺激的な物語における三人の主な戦争大好き人間であるローズベルト、ヘンリー・キャボット・ロッジ(Henry Cabot Lodge<。1850〜1924年
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Cabot_Lodge (太田)
>)上院議員と新聞男爵(baron)のウィリアム・ランドルフ・ハースト(William Randolph Hearst<。1863〜1951年
http://en.wikipedia.org/wiki/William_Randolph_Hearst (太田)
>)(注1)は、それぞれ異なった動機を持っていたが、<三人とも、>戦争が充足させることを約束していた似通った大志を抱いていた。

 (注1)カリフォルニアのサンフランシスコとロサンゼルスの間の太平洋岸にある、ハースト家の旧大邸宅であるハースト城(Hearst Castle )
http://www.hearstcastle.org/
を1974年の夏に一人で車で訪れた時のことが懐かしく思い起こされる。(太田)

 「ブラフミン(Brahmin)(注2)のような冷たさと衒学臭」の体現者たる傲慢なロッジにとっては、ぼろぼろに崩れつつあったスペイン帝国に対する戦争は、米国が世界の支配的大国の仲間入りをする天命を達成するのを助けるものだった。

 (注2)ヒンズー教徒の最高階級。
http://en.wikipedia.org/wiki/Brahmin (太田)

 大騒ぎを追っかけるタブロイド紙であるニューヨーク・ジャーナル紙の社主として、ジョセフ・ピューリッツァー(Joseph Pulitzer<。1847〜1911年
http://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Pulitzer (太田)
>)のニューヨーク・ワールド紙との新聞闘争に入れ込んでいたハーストにとっては、戦争は、世論を操作し、威信を獲得し、自分の政治的野心を前進させる機会を提供するものだった。
 しかし、このどちらの男も、ローズベルトほど熱烈に戦争に恋い焦がれていたわけではなかった。
 ローズベルトにとっては、戦争は、自分の男らしさを主張するとともに国家の天命を実現するための手段だったのだ。・・・
 士気の萎えたスペイン人達は、すぐに武器を置き、本国に船で戻っていった。
 降伏式典から除外されたのは、「そのためにこの戦争が戦われたはずのキューバの人々だった」とトーマスは辛辣に記す。
 米議会は、キューバは独立すると宣言したけれど、同時にプラット修正<(コラム#3670)>を1901年に通し、米国に望むときにキューバに介入する権利を与えた。
 トーマスは、「<キューバに、>不可避的に米国の商業的利権と結びついた支配階級が再出現し、<米国に>常に深く根ざしていた人種主義がキューバ社会にその毒素をまき散らした」と記す。
 60年経った後、フィデル・カストロ(Fidel Castro<。1926年〜
http://en.wikipedia.org/wiki/Fidel_Castro (太田)
>)が、彼の勝利を収めた叛乱者達を率いてサンチアゴ(Santiago)市(注3)に乗り込み、「今度は、キューバにとって幸いなことに、革命は成就することだろう」と宣言し、つらい過去の記憶を呼び起こした。

 (注3)キューバの南東部に位置する、キューバ第二の都市。1898年7月3日、この市の沖合で、米西戦争における最大の海戦が行われ、米軍がスペイン軍に大勝利を収めた。1959年1月には、カストロはここでキューバ革命の勝利を宣言した。
http://en.wikipedia.org/wiki/Santiago_de_Cuba 
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Santiago_de_Cuba (太田)

 この戦争は、アジアの地図を変え、最終的には地球を半周した所<(=アジア)> で大戦争をもたらした。
 ・・・<さて、ブラッドレーが描く>「航海(cruise)」は、日本に朝鮮半島と支那へと拡大することを許し、もってアジア大陸におけるロシアの拡大に対する障壁とするという秘密諸協定のための交渉を隠す意図をもって行われた。・・・
 ローズベルトは、天皇の皇国(kingdom)は、アジア人達の「生来の(natural)指導者」、かつ米国の戦略的・経済的利権の保護者となるべきだ、という結論を下したのだ。・・・
 ブラッドレーの痛烈な言葉によれば、「ロンドンとワシントンの要請に応え、日本の軍部は朝鮮半島と支那に拡大し、アジアを文明化することとなる。これを後の世代の人々は第二次世界大戦と呼ぶことになる」というわけだ。
 ローズベルトは、<米国による>フィリピンの奪取によって動き出したところの、米国によるアジアにおける秩序と機会の追求が、後に米国と日本の太平洋の支配をめぐってのひどい戦争へと導くであろうことを全く予想しなかったのだ。・・・」(A)

→この書評子は、南カリフォルニア大学の国際関係論と歴史の名誉教授のロナルド・スティール(Ronald Steel)ですが、何と、彼は、最近到達した私の20世紀史観と全く同じと言ってよい史観を抱いているわけです。
 このような史観に基づく書評がニューヨークタイムスに載ったことは、どんなにその画期的な意義を強調しても強調しきれるものではありません。(太田)

(続く)