太田述正コラム#4217(2010.8.27)
<皆さんとディスカッション(続x936)>

<太田>(ツイッターより)

 (コラム#4215に関し)小沢も鳩山も厚顔無恥だねえ。
 フツーだったら、あれだけの不祥事やドジをしでかして職を辞したら、何年かは恥ずかしくて人前に出ようとしないんじゃないかい?
 属国の無惨な政治屋の姿ここにあり。

<ΒΚΚΒ>(「たった一人の反乱」より)

 <コラム>#3787にて、テレビ番組内で三宅久之が「菅の次は小沢が首相になる」と予言していたことを書いた者です。

 太田さんは、桝添要一などの自民党のオポチュニストたちが新党を立ち上げて阻止するから小沢が首相になるようなことはありえないことを断言していましたが、半年経ったいま、オポチュニストたちは太田さんが期待していたようにちゃんと機能しているのでしょうか。

<αΔαΔ>(同上)

>オポチュニストたちが機能しているのか?

 日和ってる奴等に期待するほうが無理筋ってもんだろ。
 太田さんが断言(期待)するのと現実の動きは全く別物。
 属国論だって、一般人は保守主義者であり、現在の世界を用いている図式を検討し直すことを好まない。
 概ね新しいもの(例えば属国論)は、人の心を不安にし常軌を逸していて、奇怪で狂気じみていて我々を苛立たせるもので、故に我々自身に係わるものなので新しいものを見ようと欲しないのは我々なんだ…。
 新しいもの=不快・苛立ち・心を乱すもので、不安や屈辱感さえ引き起こすものでもある。
 太田判事はオザワンを“犯罪者”と気軽に臆面もなくレッテルを貼っているが、どーかとおもうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AF%E7%BD%AA

↑あー、属国論を否定しているわけぢゃないよ。
 で、太田さんの大っぴらな小沢批判(というより罵声)は、オザワンが首相にでもなったら、ますます煙たがられて誰も近寄りがたくなり、それはそれで“あり”かとw。
 小沢が勝ちそうで、楽しみだーね。

<太田>

 小沢が間違って民主党の代表になったとしても、彼が首相になれるワケないさ。
 民主党が分裂するか、衆議院での首相指名投票の際に民主党内から造反者が出るのは必至だからね。

>オザワンを“犯罪者”と気軽に臆面もなくレッテルを貼っている

 「菅(ポピュリスト)対小沢(犯罪容疑者)/鳩山(発育不全)」中、「ポピュリスト」と「発育不全」については、確かに「臆面もなくレッテルを貼っているが」、「犯罪容疑者」については、二つの検察審議会で、それぞれ「起訴相当」と「不起訴不当」の決議がなされていることから事実だぜ。なんだけどねえ。

<Chase>

≫<太田さんの次著の構成については、>MS案をベースにしましょう。Chaseさん・・・いかがでしょうか≪(コラム#4215。太田)

 MS案に私は、賛同しますので、よろしくお願いします。・・・
 特に 第三章に第九章をいれて、4にした部分は分かりやすくなったと思います。・・・
 MSさんは、大変お忙しいと思いますが、今後の協働作業につきまして、リード頂けたらありがたいです。

(私の次著への思い)
独立すべき所以の意味合いを辿るのも楽しみですが、太田・修正主義(普通名詞として意味として)史観が世の中に提示されることも楽しみです。

<US>

≫MS案をベースにしましょう。・・・USさん、いかがでしょうか≪(同上)

 はい、了解です。そうしましょう。
 相変わらず、MSさんは仕事が早いですね。

>今後の協働作業につきまして、リード頂けたらありがたいです。<(Chase)

 MSさん、ぜひ、お願いします。・・・

≫<こ>の太田さんの<話>で初めて腑に落ちたのですが、要はChaseさんや太田さんの考えているものは、論理的流れではなくて、歴史(物語)のあらすじなのですね。≪(コラム#4215。MS)

 “ものがたり” ですね。 そうそう、そんな感じ。

 前回のもの<(=『実名告発 防衛省』)>が、おらっ、お前ら現実はこうじゃ、気づけ、怒れって感じだったかと思います。
 今回は、読んだ人が、ほっとし、自信を持て次のことを考えられるようになることを太田さんは求められていると感じております。

 太田さんが原文の中で使っているものはしょうがないですが、私たち自身はなるべく新規の難しい単語は使わないようにしたり、言い回しを変えられるものなら、できるだけ攻撃調ではなく、ディスカッションシリーズで見せるくだけた口調で(あまりやるとおふざけになるので、せめて事実を淡々とのべる口調で)。

 そんなことを、太田さんの次のコメントを読んだとき感じました。

≫女性の感性が編集、とりわけ校正の時点では不可欠であると思っていますので≪(コラム#4213。太田)

 硬い言い方に戻して言えば、まず、

≫次著で、日本人に、共通の史実と(できうれば)共通の史観を身につけてもら<う>≪(同上)

ことが、今回の目的ですよね。その手段としては、ものがたりなんですね。

 それができて初めて、

≫このまま属国、「独立」、米国との合邦、の三択をつきつけようじゃないか。≪(同上)

が可能になるっていうことですね。

≫論理的流れに沿った歴史書ということでよろしいですか? ≪(コラム#4215。MS)

 そんなたいそうなことは考えていませんよ。
 流れは大事。ロジックは大事。人に読んでもらいたいので(途中で飽きちゃっても困るので)演出も大事と思っております。
 編年体よりも紀伝体の方が読むほうはおもしろいと思っているし、かつ、タイトル、目次、冒頭の章は、本を買ってもらうためにも、インパクトのあるものにしなければいけないと思っています。

 そして読んでいただいた方にも、お金を払って損をしたとは思わせないよう、司馬遼太郎とは言わないけれども、ドラマチックな展開となるような読み物になればなぁと感じるしだいです。

 <さて、具体的な章立てについてです。>
 今回の著書は、独立を訴えるものではないと理解しました。
 単なる太田史観の共有で、次の議論のための下地作りです。
 また、太田史観を共有した場合においても、属国継続、独立、合邦の3択が残っており、本著ではその3つの比較論が展開されていないため、やはり、太田史観の共有→独立っていうのは論旨に無理がある気がします。
 私は、独立を目指したいという思いはあとがきに記す程度でよいと感じております。
 独立に賛同する人もしない人もそれ以上の議論をしたいならば、ブログを読んでもらうようあとがきで誘導するのがよいと思いますがいかがでしょうか?

 じゃ、どんなタイトルがよいかなと考えると例えば、『忘れられた日本近現代史』、『本当の日本近現代史』。ありきたりですねぇ。
 『元防衛審議官の日本史』、『変人の日本史』。
 怒られるだろうなぁ。やっぱり、シンプルに『真実の日本史』がよいかと。

<MS>

 <タイトルは、>とりあえず『日本独立のための近現代史』を『属国日本の近現代史』に変えましょう。
 ちょっと皮肉な響きがするかもしれませんので、もうちょっと上品にしたほうがいいかもしれない。・・・

<US>

 これはすごくよいかと。
 <次に第1章についてですが、MSさんが別メールで「宗主国米国の宿痾」に変えたらどうかとおっしゃってましたが、>宿痾は難しいし、太田さんも使っていないのでやめませんか?
 1章と2章を合体して、「バスタード米国」とか、「アングロサクソンと欧州のキメラたる米国」なんてのはどうでしょう。・・・

 全般的に長いって感じがしますよね。
 正味250ページぐらいの本として、1章あたり、20ページから30ページでまとめたいですよね(それ以上だと1章分読むのにつかれちゃうし、総ページ数が多いとこれまた1冊読み終えるのにも疲れちゃって途中で本を置いちゃうかもしれないので)。
 でも、これでコラムをまとめてみて、最後に贅肉を切り落としていくほうがよいと思います。
 まだ、アイデアはないですが、いかに日米開戦が愚行であったかを際立たせる工夫をしなければならないとおもっています。

<太田>

 次に出てくるミュンヘンさんのご提案もあるので、この際、ネット版、ハードカバー版のほか、新書版(、更には漫画版?)をつくるくらいの心構えでいかが? 
 基本的に、まずネット版をつくった上で、この順番で順次分量を減らして行けばいいので、作業はそれほど錯綜しないでしょう。

<ミュンヘン>

 --太田さんの次著--

 次著でなくてもいいのですが、いつか軽い新書形式の著作も出していただけるとうれしいです。ターゲットは自分では「吉田ドクトリンを墨守していると思っていない」「ひどい男女差別があると思っていない」普通の一般女性向けです。
 「属国」というキーワードは、以前に書かれた本のタイトルにもあり、roma_sakamotoさんがコラム#4213でおっしゃるように書店ではありふれているような気がするので、今回はタイトルにはいらないような気がします。
 内容はコラム#4211でUSさんが書かれたようなものが読みやすくていいと思います。
 ・・・
 だから、そんな米国の属国に甘んじている日本でいいのですか?という問いかけにしていただけると、さすがに「このままではいけない」と思うような気がするのです。
 あと、「縄文モード」と「弥生モード」についてはまだ確立した理論になっていないのでしょうか?太田コラムを読み始めたとき、すごくこの考え方に納得したので、ぜひ入れていただきたいです。なぜ、日本人がこれほど戦争が嫌いになり、中性化が進んでいるのか、の説明が簡単にできる気がします。
 ずいぶん勝手な意見ですみません。

<太田>

 縄文・弥生モード論の骨子は入れ込むべきでしょうね。
 MSさんよろしく。

<マロン>

 まず最初に、日本人の多くが持っている歴史観(極東裁判史観でしょうか?)をまとめると同時に、今までの歴史観のどこがおかしいのか指摘する章が必要ではないでしょうか。
 そしてその後、太田史観とそれがいかに正しいかという証明へと導かれるという流れが自然に思いますが。

<太田>

 確かにそうだ。
 序文の中で書くことも考えられますね。
 読者の皆さん、「日本人の多くが持っている歴史観」を示している典型的な本・雑誌論考やインターネットサイトをご紹介下さい。
 本/雑誌論考の場合は、抜き刷りをコピーして送っていただくか、抜き書きを行ってメール送付していただくかするとありがたいな。

<TA>

≫歴史の本は物語であってもよい、というかそうあるべきなわけですが、≪(コラム#4215。太田)

 ちょっと考えたのですが、本当に「物語」を載せる、という考えはどうでしょうか。
 各章の間(あるいは冒頭)に、「読者に対して太田さんが語りかけ、その章の概要を簡潔に提示する」、あるいは、「(その章の時代に対しての)左右のそれぞれの定説と、多くの国民が(暗に・漠然と)抱いている想いを代弁し、それに対して太田さんの考えの概要を語りかける」という感じです。
 上手く言えませんが、読者を太田さんと同じ視点に誘導するためにも、これまでの左右の論争について言及・俯瞰しつつ、かつその論争と国民が(暗に・漠然と)抱いている想いのズレを指摘(代弁)することは、必須であるように思うのです。

 「論」と「論」の間に「物語」が入るという変なスタイルの本は、やっぱり不味いでしょうか・・・。

<太田>

 マロンさんのご提案とTAさんのご提案、ドッキングできそうですね。

<αΔΔα>(同上)

 今の日本の会社には非正規社員が大量にいて、二級市民化している。
 働きがわるい年長正社員の生産性の低さを、派遣でカバーしている状態にある。
 移民導入のために、まずは非正規社員・正社員の壁をぶち壊しておきたい。
 同一労働・同一賃金の徹底なくして、日本人と移民の間にフェアな競争は不可能だ。
 移民への階級が低いところで固定させてはいけない。

<太田>

 同感です。

<Fat Tail>

≫<Barroの論文に関し、>軍事支出、(いやそもそも政府支出?)の乗数効果が1未満であるとの主張はホントにホントだろか。それじゃケインズ経済学の半分は誤りだったということになってしまうが・・。≪(コラム#4209。太田)

 マンデル・フレミング・モデル
http://en.wikipedia.org/wiki/Mundell%E2%80%93Fleming_model
という「ケインズ」経済学の枠組みでも、変動相場制下における財政政策は効果が無い、という分析がなされています。
 1960年以降のデータを用い、45カ国(先進20カ国と新興国25カ国)の財政政策の効果を、為替相場の変動・固定等のカテゴリーに分けて分析した実証分析*でも、固定相場制における財政政策の(長期的な)累積乗数は1.5で、変動相場制では殆どゼロという結論が出されています。↓

 “How big are fiscal multipliers?”
http://www.cepr.org/pubs/policyinsights/PolicyInsight39.pdf

→ケインズの生きた時代は固定相場の時代であり、
http://higeta.blog2.fc2.com/blog-entry-34.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%89%E5%8B%95%E7%9B%B8%E5%A0%B4%E5%88%B6
乗数効果が1.5であれば、ケインズは正しかったということになりますね。
 残された問題は、軍事支出の乗数効果が1を超えているかどうかです。(太田)

 一方、Barroは平時の政府支出の増減はGDPの変動と相互依存関係にあり、外生的な要因で変化する戦時の軍事支出でなければ、真の乗数効果は計れないとし、そうしたデータに限定して推計を行った結果、アメリカの「財政政策」の乗数効果は1未満であった、と結論付けています。

→直接、前回お示しの典拠にあたりゃいいわけですが、これは、軍事支出の話なのか、政府支出全般の話なのか、どちらなのですか?(太田)

 さて、これらの点を踏まえ、第二次世界大戦時におけるアメリカの「財政政策」の効果について、どう考えればよいのでしょうか。
 以前紹介した論文でRomerが主張している、「1942年までに、金融緩和によってアメリカ経済は成長トレンドに回復していた」の中の「成長トレンド」を、当時のアメリカ経済の「潜在成長率」(GDPギャップ解消後)と考えれば、1942年以降full-capacityで走っている経済下で財政政策を行うことは、その乗数効果如何に係わらず、民間投資をクラウディング・アウトさせてしまい、戦時中に民間投資が大幅に減少していた*ことと辻褄が合います。

*コラム#4211で紹介した、Higgsの下掲論文P.566参照。

 「民間投資よりも政府による軍事支出の方が一国の潜在成長率を高める、ということでもない限りは、この状況は有害ではあっても、何ら益することはなかったことになる。」
 “Regime Uncertainty: Why the Great Depression Lasted So Long and Why Prosperity Resumed after the War”
http://www.independent.org/pdf/tir/tir_01_4_higgs.pdf

 さらにHiggsは、戦時統制経済に移行したため、市場経済メカニズムの通常の働きが阻害され、第二次世界大戦中のアメリカの経済成長率はむしろ下がっていた、と主張しているわけです。
 コラム#4209で紹介したRomer、Higgs、Barroの論文要旨を総合すると、以上のようになります。

<Fat Tail>

1. 1930年代末以降のアメリカの財政政策
 見事に先取りされてしまいましたが、財政政策がアメリカの経済回復に果たした寄与は殆どゼロだった、というRomerの結論には異論もあり、少なくとも1930年代末から真珠湾攻撃前後までの軍事支出が回復に果たした役割を評価する研究も散見されます*。

 *コラム#4211で紹介した下掲論文P.19〜P.24に簡潔に述べられている。
“The End of the Great Depression: VAR Insight on the Roles of Monetary and Fiscal Policy”
http://faculty-web.at.northwestern.edu/economics/gordon/NUWkshp_Combined_090927.pdf

 これは、ドイツと日本における財政政策について大恐慌からの脱却に果たした役割が肯定的に評価されていることと平仄が取れ、アメリカにおいても1930年代末からの財政政策には一定の効果が認められるが、金融政策と比較してどちらの方が経済回復に対する寄与が大きかったか、という点については確定的なことは言えず論争が続いている、但し金融政策が主因であったという説の方が有力*、というのが現段階の「中間報告」です。

 *コラム#4211でも言及したが、下掲論文P.179参照。
“What Ended the Great Depression? It Was Not World War II”
http://www.independent.org/pdf/tir/tir_12_02_02_steindl.pdf
 但し何れの説に依拠するにせよ、1941年〜1942年にかけて、GDPギャップが解消していたという主張が大勢であり、参戦が大恐慌脱出をもたらした、というよりは第二次世界大戦(と参戦「準備)」)が大恐慌を終わらせた、というRomerの主張に、期せずして両陣営とも見解が一致していることになる。
 Romerの主張については、コラム#4209参照。

 これは、ご指摘の通り、当時の固定相場制と一部における資本移動規制の状況を考えると、財政政策は有効であった、という示唆を与えていますが、具体的な当期間におけるBarro以外の乗数効果の実証研究にはまだ当っていません(よって、1以上であったか1未満であったかは、今後の課題の一つ。上記も寄与度についての研究で、乗数効果を扱ったものではない)。

2. Barroの論文について
 それを述べた上でBarroの件ですが、平時の政府による非軍事支出はGDP変動の内生変数であり、乗数効果の推定には問題が多いとし、第二次世界大戦を含めた軍事支出(=防衛費)に係わる乗数効果を推定しています。

 以下、Abstractより抜粋。
 “For U.S. annual data that include WWII, the estimated multiplier for temporary defense spending is 0.4-0.5 contemporaneously and 0.6-0.7 over two years. If the change in defense spending is “permanent” (gauged by Ramey’s defense-news variable), the multipliers are higher by 0.1-0.2. The estimated multipliers are all significantly less than one and apply for given average marginal income-tax rates. We cannot estimate reliable multipliers for non-defense purchases because of the lack of good instruments. Since the defense-spending multipliers are less than one, greater spending crowds out other components of GDP, mainly investment, but also non-defense government purchases and net exports.”

 コラム#4209でも、この点は明確にしていましたが、「戦時における」という点も付け加えるべきでしたか。

コラム#4209より抜粋
-------------
3.戦争遂行に伴う財政出動の乗数効果は1を下回っており、主に投資をクラウディング・アウトさせる(第二次世界大戦を含めたアメリカの防衛費に係る乗数効果の推計結果)
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3. 今後の予定
 少し先走ってしまいますが、結果的にルーズベルト政権の財政政策出動時期は遅すぎ、かつニュー・ディール政策が実質賃金の高止まりをもたらすと共に労使対立に油を注ぎ、無駄に経済回復を遅らせた中、金平価切下げに踏み切ったこととヨーロッパからの金流入に対して非不胎化政策を行ったことが、経済政策における同政権の唯一の功績と考えられます*。

 *後日、それぞれ典拠付で纏める予定。

<太田>

 ズバリの記事が出てたけど、私のような無料読者は出だしの部分しか読ませてもらえましぇーん。↓
http://online.wsj.com/article/SB10001424052748703461504575443402028756986.html?mod=WSJ_Opinion_MIDDLETopOpinion

 それでは、その他の記事の紹介です。

 次の4つの理由をあげて、今回のパレスティナ和平交渉がうまくいく可能性があるとするコラムが出てた。↓

 ・・・ the number of Israeli civilians killed in terrorist attacks has dropped from an intifada high of 452 in 2002 to 6 last year and only 2 so far this year. ・・・
 ・・・settlement activity has slowed significantly.・・・
 ・・・the public on both sides supports a two-state solution. So do a majority of Arabs.・・・
 there isn’t a lot to negotiate. ・・・
http://www.nytimes.com/2010/08/27/opinion/27indyk.html?ref=opinion&pagewanted=print

 私は、以上↑に加えて、パレスティナ和平をなしとげて後顧の憂いを断った上で、イスラエルは対イラク核施設攻撃をしたいのではないか、とふんでいる。

 オバマがイスラム教徒であるといったデマを普及させた犯人捜しをやっていた。↓

 ・・・So where is this “media?” Two sources, and they are ? no surprise here ? the usual suspects. The first, of course, is Rush Limbaugh, who claims the largest radio audience in the land among the microphone demagogues, and his word is Biblical among Republicans. ・・・
 Finally, there is Fox News, whose parent company has given $1 million to Republican causes this year but still masquerades as a legitimate source of news. ・・・
http://opinionator.blogs.nytimes.com/2010/08/25/building-a-nation-of-know-nothings/?pagemode=print

 (「独立」国でも米国の一部でもなく、米国の)属国であることによるメリットをアフガニスタンで享受してきたトヨタ(?!)↓

 ・・・According to some car dealers in Kabul, 90 percent of passenger vehicles on the increasingly congested roads of the capital are Corollas, some more than 20 years old, with 200,000 miles on their odometers, still chugging along over rocky dirt roads. ・・・
 When cars were introduced to Afghanistan 40 years ago, there were American Chevrolets, German Mercedes-Benzes and Russian Volgas, along with the Japanese Toyotas, Ullah said. But during the Soviet occupation of the 1980s, Afghans did not want to be seen driving Western cars and mostly stuck with Volgas, Japanese cars being an acceptable alternative.
 Over time, Toyota quality trumped Volga political expediency・・・
 From 1996 to 2001, when the Taliban was in power, it continued to import Corollas and earned revenue by smuggling them into Pakistan and selling them without having to pay customs fees or taxes・・・
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/08/26/AR2010082604637_pf.html

 確かにそうだ。
 国際養子をとらない鎖国メンタリティーの日本人よ、米国人の爪の垢でも煎じて飲め。↓

 ・・・It is one of the noblest things about America that we care for children of other lands who have been cast aside. ・・・
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/08/26/AR2010082605232_pf.html
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太田述正コラム#4218(2010.8.27)
<どうしてイスラム教は堕落したのか(その1)>

→非公開