太田述正コラム#4122(2010.7.10)
<映画評論5:サルバドル/遥かなる日々(その2)>(2010.8.10公開)

4 エルサルバドルと内戦

 まず、エルサルバドルというのがどういう国かをざっと頭に入れておきましょう。

 エルサルバドルは、面積2万1千平方キロ、人口600万人強の、太平洋に面した、中央アメリカで最も小さく、かつ、最も人口密度の大きい国です。
 エルサルバドル人の90%はアメリカ原住民と欧州系の混血、いわゆるメスティゾ(mestizo)です。同国には、中央アメリカでは唯一、ほとんど黒人がいません。
 そして、人口の半分以上はカトリック信徒です。
 また、同国は、米ドルを通貨に採用しています。
 かつては染料であるインディゴ、その後はコーヒーが同国の主要輸出品ですが、その現在の通貨からも想像できるように、エルサルバドル人の海外居住者は約320万人にのぼるところ、そのほとんどは米国に住んでいて、彼等からの仕送りがエルサルバドル経済を支えています。
 この国では犯罪が多く、殺人率は中央アメリカ随一の高さであり、中南米全体の中でも有数の高さです。
 1990年代半ばに米国から不法滞在のエルサルバドル人が本国に大量送還された際に、ギャングの構成員が多く含まれていたことで、この国の犯罪率が一層高まったとされています。

 この国で、1980年から1992年まで、この映画の背景であるところの内戦が続きました。
 これは、基本的に政府とFMLN(Farabundo Martí National Liberation Front)・・4つの左派集団と1つの共産主義集団からなる・・との間で戦われた内戦です。
 FMLNは、キューバのカストロの要請に基づいて結成されたものであり、キューバから(当時左派政権下にあったニカラグア(後述)を通じて)武器の供給を受けていました。
 他方、右派の政府/軍部は米国の支援を受けていました。
 そして、この内戦の過程で、約75,000人が殺されるのです。
http://en.wikipedia.org/wiki/El_Salvador
(7月7日アクセス。以下同じ)

5 オスカー・ロメロ大司教

 オスカー・ロメロは、1917年に生まれ、1977年2月に首都サンサルバドルの大司教に任命されます。
 当時、エルサルバドルのカトリック僧侶達にはマルクス主義シンパが多く、ロメロのような保守的な人物が大司教になると、彼等が信奉するところの、貧者の救済を標榜する解放神学にとってマイナスである、と彼等は考えていました。
 ところが、大司教に就任した直後の3月に、ロメロの友人で貧者自救運動の組織者であった、一人のイエズス会僧侶が暗殺されます。
 衝撃を受けたロメロは、自分もこの僧侶と同じ道を歩もうと決意するのです。
 そして、彼は、エルサルバドルにおける貧困、社会的不正義、暗殺と拷問に糾弾の声を挙げ始めます。
 この結果、ロメロは、欧州で注目されるようになります。
 1979年に同国で軍部中心の新政府が樹立されると、彼は1980年2月に米カーター大統領に対し、米国によるエルサルバドルへの軍事援助増額に抗議する書簡を送ります。
 しかし、1979年7月19日の(エルサルバドルの隣国)ニカラグアでの左派サンディニスタの政権奪取、
http://en.wikipedia.org/wiki/Sandinista_National_Liberation_Front
及び同年12月27日のソ連のアフガニスタン侵攻、
http://en.wikipedia.org/wiki/Soviet_war_in_Afghanistan
という緊迫した世界情勢並びに中央アメリカ情勢下において、エルサルバドルが第二のニカラグアになり、左派政権が樹立されることを懼れたカーター政権は、エルサルバドル政府への軍事援助を続けるのです。
 結局、ロメロは、1980年3月24日に、ミサを執り行っている最中に、恐らくは政府系の殺人団の一員によって、射殺されてしまいます。
 ちなみに、その前日に、ロメロは、エルサルバドルの政府軍兵士達に対し、キリスト教徒として、政府による抑圧と基本的人権侵に荷担するのを止め、より高い神の命令に従うように呼びかけています。
 ヨハネ・パウロ2世を戴く当時の法王庁は、ロメロの解放神学への接近を好ましく思っていなかったのですが、この暗殺に対しては強く非難しました。
 ただし、法王庁は、ロメロの死を殉教とは認めませんでした。(殉教であれば、無条件で聖人になる資格が得られます。)
 30日に実施されたロメロの葬儀には、世界中から、中南米史上余り例がない大人数であるところの、25万人以上が出席しました。
 この葬儀の最中に、銃撃等で30〜50人が命を落とします。
 これが左派の陰謀ではないかというムードが高まり、爾後エルサルバドルの左派は次第に力を失って行くことになります。
 その後数年を経て開始された法王庁によるロメロの聖人化に向けての検討は、現在に至るまで遅々として進んでおらず、彼は永久に聖人にはしてもらえない、という憶測が強まっています。
 他方、興味深いことに、イギリスの歴代国王の戴冠式が行われるとともにイギリスの歴代国王の墓所ともなっている(英国教会の)ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)
http://en.wikipedia.org/wiki/Westminster_Abbey
のファサードに、ロメロはマーティン・ルーサー・キング師らとともに、20世紀のキリスト教殉教者4人の1人としてその塑像が鎮座するに至っています。
 1998年に挙行されたこの塑像の除幕式にはエリザベス2世が臨席しています。
 (以上、特に断っていない限り、下による。
http://en.wikipedia.org/wiki/%C3%93scar_Romero )
 これは、ロメロその人に対する敬意の表明というよりは、(ロメロに対して米国政府や法王庁が煮え切らない態度であることを踏まえた、)イギリスによる、(その「仇敵」たる)米国や法王庁に対する嫌がらせであろう、と私は解釈しています。

(続く)