太田述正コラム#3924(2010.4.2)
<ニューディール・大統領・最高裁(その3)>(2010.7.17公開)

5 ニューディール

 「・・・ローズベルトは、最高裁詰め物計画が敗北を喫した後に、「我々は戦闘に負けたが戦争には勝った」と発言した。・・・
 大不況に対する戦闘における彼の最初のいくつかの動きは華々しいものだったが、ローズベルトは経済というものをほとんど分かってはいなかった。
 (もっとも、<当時の>大部分の経済学者や実業家も似たようなものだった。)
 彼は、恐らく、回復を促進するニューディール諸措置と回復を遅らせるであろうところのより大きな社会改革に向けたニューディールのプログラムとの間の矛盾(tension)を察知していなかったのだろう。
 彼が分かっていなかったことを示すのが、1937年に彼がとった、増税、政府支出の削減といった諸措置に加えて連邦準備制度によるインフレ抑制のための金利の押し上げという、破滅的な一連の動きだ。
 その結果、最高裁詰め物論議が終わって何ヶ月も経たない頃、米国が最初の不況から完全に回復しないうちに二回目の不況がもたらされた。・・・
 ジョン・メイナード・ケインズは、ローズベルトに、回復と改革とを同時に行おうとすることの危険性について警告した。
 彼は、改革は経済が回復するまで延期すべきだと説いたのだ。・・・
 ローズベルトの大統領としての偉大さに疑問を呈する者はほとんどいない。
 しかし、彼の知力、いや少なくとも知的エネルギーについては、これまで疑問符をつける傾向があった。
 彼は、出来の良い学生ではなかったし出来の良い弁護士でもなかった。
 彼は、気短な指導者であり、口頭での説明の方を好んだ。
 彼の立法計画には首尾一貫性が欠けていた。
 彼は、抜け目なく、カリスマ的で、勇敢で、陽気で、そして人間的だった。
 しかし、シーソルは、彼が、それと同時に、憲法と最高裁について、いつも集中して関わっていたところの、知的素質豊かな学習者だったことを示している。
 彼は、スピーチライターを何人も持っていたけれど、彼等がつくった草案を整え変更したものだ。・・・」(C)

→こんなローズベルトが大統領に4選もされたのですから、大統領制というものは恐ろしいと改めて思います。
 逆に言うと、大統領制の国においては、規範性のある憲法に拠って、司法権が行政権をチェックすることが不可欠だ、ということになります。(太田)

6 終わりに

 「・・・14人の州司法長官達・・・が<合計2件の>裁判を<3月末に>提起した。
 それは、連邦判事達に今度の「患者保護と入手可能な医療法(Patient Protection and Affordable Health Care Act)」が違憲であると宣言するよう求めたものだ。
 原告達は、婉曲表現を全く用いていない。
 この新法は、「この国が建国された核心的憲法原則である連邦主義」を侵害する、と。
 また、ヴァージニア州<司法長官>は、「憲法規約の建国時の諸前提に反する」と主張した。・・・
 <つい先だって>最高裁は、学校近くでの銃を禁止した連邦法・・・「銃禁止学校区域法(Gun-Free School Zones Act)」・・・を・・・米国対ロペス裁判(United States v. Lopez)で・・・違憲であるとした。
 その理由は、学校の近くでの銃の所持云々は、憲法の商業条項が連邦議会に規制権限を与えた形態の活動ではないというものだった。
 最高裁は、年齢や障害によって差別してはならないとする連邦諸法の保護を被雇用者に与えることを連邦議会は各州に求めることはできないと判示した<こともある>。
 なお、最高裁は、連邦政府は、各州の公務員を「勝手に使って」、銃の購入者の素性を調べるといった、連邦が定めた連邦の諸機能を遂行することはできないとも判示した。・・・」
http://opinionator.blogs.nytimes.com/2010/03/25/which-side-of-history/?pagemode=print
(3月30日アクセス)

→ただ、単一文明下にある米国で、連邦制なる行きすぎた地方分権が維持されてきたのは、時代錯誤も甚だしいと言わざるをえません。
 私は、オバマ現大統領が、その任期中に、かかる制約を乗り越えて、米国を、銃が規制され福祉が充実した近代国家へと変貌させるための布石を打てるよう、祈っています。

(完)