太田述正コラム#4058(2010.6.8)
<米国の倨傲(その1)>(2010.7.8公開)

1 始めに

 米国の倨傲についての本が出たとなれば、即ご紹介しなければなりません。
 ピーター・ベイナート(Peter Beinart)の 'THE ICARUS SYNDROME A History of American Hubris' です。
 メインタイトルの解説は必要ないでしょう(注1)。

 (注1)イカロスの物語の絵が何枚も載っている。↓
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/Greek/Icarus/Icarus.htm

 参照したのは、下掲の書評です。

A:http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/06/04/AR2010060402022_pf.html
(6月5日アクセス)
B:http://www.newsweek.com/2010/05/31/growing-wings-in-afghanistan.print.html
(6月8日アクセス。以下同じ)
C:http://www.cfr.org/publication/21968/icarus_syndrome.html
D:http://www.economist.com/culture/printerfriendly.cfm?story_id=16213968
(この本ともう一冊の本の書評)

 ちなみに、ベイナートは、米The New Republic誌の元編集長であり、現在、政治学をCUNY’s Graduate Centerで教えている人物です。(B)

2 米国の倨傲

 (1)序

 「・・・過去100年間のうちの大部分、米国の政治指導者達(と彼等の知的グル(guru)達)は、国家権力愛に陥り、自分達の世界再形成能力を過大評価してきた。
 勝利は勝利を生み続けるが、やがて米国は不可避的にベトナムのジャングルやイラクの砂の中でその能力を超えてしまう(overreach)。・・・」(A)

 「・・・ここに病理が働いていると言うことは、あながち言い過ぎではない。
 20世紀の間に米国の経済力が大きくなるにつれて、米国の国民と政策決定者達は、自分達が不可能なことを乗り越えられると信じるに至った。
 ベイナートは、「我々の政治文化の下では、何かが米国の力を超えていると公に認めることは危ないのだ」と記す。
 政治では、これは、戦争をやると票に結びつくということを意味した。
 リンドン・ジョンソン大統領が、実質的には ベトナムでのエスカレーションへの白紙委任状であったところの、トンキン湾決議を<米議会で>通した時、その支持率は約30ポイント急上昇した。
 ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が1989年にパナマに侵攻した時(これ覚えてる?)、彼の支持率はベトナム以来見られたことのない高さに上昇した。
 9.11<同時多発テロ>の後に、彼の息子がタリバンを(初めて)政権の座から追い出すためにアフガニスタンに侵攻した時にも同じことが起こった。・・・」(B)

 「・・・ベイナート氏は、米国のイラク侵攻は、1989年のソ連の崩壊に伴った倨傲に由来するという。
 倨傲はすぐには現れない。
 冷戦終焉時、米国は、経済的不安感と軍事大国であることへの警戒感とを抱いていた。
 しかし、米国は、やがていくつかの小規模或いは中規模の、結果がうまく行った軍事介入へと誘われて行った。
 まずパナマ、次いでクウェート(この時、父の方のジョージ・ブッシュは、「おお神よ、これで我々はベトナム症候群を永久に克服した」と述べた)、そして最終的にバルカン諸国へ<の軍事介入へと>・・。
 2001年には、軍事的・経済的・イデオロギー的な支配的立場(dominance)にあったことが、米国の目を十分に眩ませ、子の方のブッシュ大統領をして、9月11日の攻撃を何かでっかいことをやる「機会(opportunity)」であると言祝がせるよう促した。(実際に彼は「機会」という言葉を用いている。)
 すなわち、アフガニスタンに対して反撃するだけでなく、イラクを「解放」し、中東全体を再形成する「機会」だというわけだ。
 米国がアフガニスタンでタリバンを簡単に転覆させることができたことが、イラクだって目じゃないと思わせたところ、実際、米国の軍事機構は物の見事にそれをやってのけた。
 ただし、征服するところまでは輝かしかったものの、その後、長く痛みに満ちた叛乱に直面することとなった<ことはご承知のとおりだ>。・・・」(D)

 (2)三つの倨傲

 「・・・第一次世界大戦、ベトナム、そしてイラク</アフガニスタン>が、米国の指導者達が自分達が自分達のイメージに合致したように世界を再形成することができると決意した三つの瞬間だ。
 そのおのおのにおいて、指導的知識人達は、歴史は終わったし、民主主義の普及は不可避である、と宣言した。
 そのおのおのにおいて、<時の>大統領<の>・・・ウッドロー・ウィルソン、リンドン・ジョンソン、ジョージ・W・ブッシュ・・・は、米国をその掌中に収めた。
 そして、そのおのおのにおいて、倨傲から思いつかれた戦争が、計り知れない悲劇をもたらしたのだ。・・・」(C)

 「・・・ベイナートの分析によると、1920年代においては、「理性の倨傲」が、ウッドロー・ウィルソン大統領をして、国際連盟なる国際法システムがハイ・ポリティックスを根絶してドイツのようなやる気のありすぎる諸大国をコントロール下に置くことができる、とナイーブにも思わせたのだ。
 その40年後、<今度は、>ジョン・F・ケネディ大統領によって表舞台に引き出された「力(toughness)の倨傲」が、60,000人近くの米国人をベトナムでの死へと送り出した。
 そして、「支配(dominance)の倨傲」がジョージ・W・ブッシュ大統領政権(と、この戦争を支持したベイナート自身)に誤った能力感覚を染みこませ、それが大きなしくじりをもたらした。
 「重要ないくつかの点で、米国のアフガニスタンとイラクでの戦争は、イカロスの物語を彷彿とさせる」とベイナートは記す。
 「しかし、一つの決定的な面で両者の間には違いがある。イカロスは自分の倨傲によって死ぬけれど、米国は死なないという違いだ」と。・・・」(B)

(続く)