太田述正コラム#4034(2010.5.27)
<米国の国民性(その2)>(2010.6.27公開)

4 米国の国民性

 (1)人格形成した人々によるボランタリズム

 「・・・1865年の初頭時点で、エイブラハム・リンカーンは西半球における最も強力な男だった。
 しかし、その彼は、祖父がインディアンによって殺された男でもあった。
 彼は、自分の幼い弟が死ぬのを見、10歳の時に母親を失い、19歳の時に姉を失った。
 また、彼は、彼の恋人、恐らくは単なる友人、であったアン・ルトレッジ(Ann Rutledge)をチフスで亡くした。
 彼は、4人の息子のうち2人を、それぞれ12歳になるまでに土に埋め、三人目の息子を18歳になった時に土に埋めた。
 彼は精神的に不安定な妻を持っており、彼自身、鬱に苦しみ、不測の暴力的な死を迎えることになる。・・・

 <そのリンカーンも心がけたことだが、>人格形成(building character)・・「完全に責任を負う」人物たるべくより良い自分自身を建設すること・・は何世紀にもわたって米国人の取り組むべきことであり続けた。・・・

 ラルフ・ワルド−・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)の<米国人>例外主義宣言が<彼の著した>『自助(Self-Reliance)』だ。・・・
 米国人は、欧州人に比べて政府と社会的諸プログラムに対してはるかに敵意を示す。
 同様、米国人は、実に、「相棒よ、自分で何としな」と言って、欧州人に比べて弱者に対する公的扶助に賛意を示すことがより少ない。
 <米国人のこの>どちらの立場も個人主義と首尾一貫性がある。
 しかし、それらは個人主義と同じことではない。
 第一の立場は、基本的に反国家主義(anti-statism)だ。
 それは、中央政府に対する大きな猜疑心を、例えば、種族社会における同氏族の人々の間でも見出すことができるし、封建社会の小主君の間で見出すこともできるかもしれない。
 そのどちらにも自由の文化は存在しない。
 第二の立場は、自由放任的、親ビジネス的な経済生活の見方に由来する。これに米国人達は格別な思い入れがあるようだ。
 しかし、この種の経済的社会ダーウィン主義は、一般的なリバタリアニズム<(っこラム#3624)>とは直接つながりがないように見える。
 すなわち、この二つの立場は特殊なケースであって、一般的な個人主義の証拠とは言えないのだ。・・・」(C)

 「・・・より積極的に、米国人は集団・・彼等の教会からエルクス(Elks)友愛組合、そしてごく最近では読書会やインターネット議論<の場>に至る・・への参加に対する熱意を継続的に示してきた。
 この傾向は、フランスの政治思想家であるアレクシス・ド・トックヴィルが1830年代に米国を旅して回った時に、彼をびっくりさせたものだ。・・・
 集団アイデンティティーが家系や宗教によって決せられる欧州人とは異なり、米国人は、初期の定住者から始まり、彼等が参加する集団によって自分自身を定義することを選ぶことができた。・・・」(A)

 「フィッシャーの言うボランタリズムは、個人と集団との間の米国人独特の均衡であり、会員となることが義務ではなくて常に選択である限りにおいてのコミュニティーへの熱意だった。・・・」(B)

 (2)人格形成した人々によるボランタリズムの普及

 「・・・<米国>初期の日々における、死亡率や病気罹患率の高さ、経済的不運、そして人と人との間の暴力はゆっくりと、より大きな安全・・米国人が事前に計画を立てて自分達の運命を支配できるようにする<ことを可能にした>安全・・へと道を譲った。・・・
 米国の創建時には、比較的少数の米国人しか米国神話に言うところの真に独立した独立自営農民(yeoman)ではなかった。
 大部分の人々は、家の長への依存者(dependent)で、かつ地方エリートの臣民だった。
 何世紀もの間に、より多くの米国人が、もっと多くのもっと多彩な、教会、クラブ、作業チーム、そして独立した友情といった社会的関係に入るようになったのだ。
 人々、とりわけ顕著なことは女性達が、新しい紐帯を形成し、より大きな独立を獲得し、米国のコミュニティーと国民性の本性(nature)を変えて行ったのだ。・・・
 ・・・物質的安全と愉楽の獲得可能性と拡大は、他と区別される米国的文化の拡大と凝固を可能にした。
 その文化は、コミュニティー・ボランタリズムの観念に支えられている。
 個々の個人は宗派といったコミュニティーに入るのも退出するのも自由だが、これら集団の会員でいる間は、その個人は<その集団に>忠誠でなければならない。(「愛せ、さもなくば去れ」だ。)
 時間が経つにつれて、より多くの人々・・女性、若者、元召使いや元奴隷、田舎の人、貧者、移民・・がより十全な形でこの文化に参加できるようになり、このようにして「より米国人的」となって行ったのだ。・・・」(D)

 「・・・現代の米国人は、ほとんどあらゆるものをより多く持つに至っている。
 およそ世にある更なる時間、更なる富、更なる物、更なる情報、更なる権力、更なる知人、そして更なる更なる選択だ。
 とはいえ、さすがにあらゆるものについてそうは言えない。
 例えば、21世紀の米国人について言えば、兄弟姉妹や従兄弟の数は減っている。
 しかし、物質的、社会的、そして個人的なものについて更なるアクセスをより多くの米国人が獲得したのだ。
 米国は、「豊富さ<を享受する>人々<の国>」として始まり、・・・更に一層そうなったのだ。
 そして、世代を重ねるにつれて、豊富さの輪やその豊富さが維持するところの独立の文化の輪・・・の外にいた人々のうちのより多くが、輪の中に入ってきたのだ。・・・

 <また、>米国人にとって労働はより疎外的なものではなくなってきた。・・・」(E)

→もう一度まとめましょう。(太田)

 「・・・
 安全:20世紀央には、より多くの米国人が、以前には見られなかったほど、物理的かつ経済的脅威から自由になった。・・・
 財 :最初から、米国人は「豊富さ<を享受する>人々」であり、彼等の財の収集物は加速度的に増える一方だった。・・・
 集団:米国は希なる個人主義的社会として、より正確に言うと・・・ボランタリスティックな社会として始まったのであり、より一層そうなりつつある。・・・
 米国文化の中心的様相はボランタリズムだ。・・・
 召使い達、奴隷達、そして奴隷の子孫達、服従させられた土着民達、妻達、子供達、そして貧者達、病人達、教育を受けていない人々、そして新しく到着した人々・・彼等は、「適格性(competency)」なき依存者達だった。
 しかしながら、何世紀もの間に、隷属(servitude)はほとんど消滅し、これらの範疇に属するより多くの米国人達が、今や多数、ボランタリズムの中産階級ないしはブルジョワ文化の一部になったのだ。・・・
 ・・・更なる安全、増大する富、そして更なる社会集団の意味したところは、長期的には、米国のボランタリズムが拡大したということなのだ。・・・」(E)

(続く)