太田述正コラム#3790(2010.1.25)
<新編著英国史(その2)>(2010.5.30公開)

 (3)英国史

 「・・・かつて間違いないとされていた事柄で生き残っているものは多くない。
 本当らしいものは、百年戦争におけるフランスのいくつかの土地の喪失と1815年以降の経済成長を除き、ほとんどない。
 1066年、宗教改革、1688年、1715年と1745年<のジェームス党による侵攻>、1776年、1832年<の議会改革>、1914年と1939年、の出来事は、今ではすべて、必然的に起こったとは言えそうもないところの、混乱した混沌たる挿話群であるように見える。・・・
 H・A・L・フィッシャー(H.A.L. Fisher)が、その『欧州史(A History of Europe)』 (1935年)の中で記した絶望的な第一次世界大戦後のビジョンであるところの、「私よりもっと賢くもっと学識のある人々は、歴史の中に筋、リズム、あるあらかじめ定められたパターンを見つけ出してきた。
 これらの調和は私の目には見えない。
 私には、波の後に波が寄せて来るように、一つの緊急事態の後にもう一つの緊急事態がやってくるようにしか見えない。」
 この洞察は、私が学部学生であった時に、マルキスト左翼とホイッグ・リベラルたる体制派のいずれにとっても異端であったところの、歴史は単なる事実の継起に過ぎないとの主張として要約された。・・・
 革命によって打ち立てられた諸体制しか歴史編集上の正統性を押しつけることはできないのだ。
 イギリスは、1688年以降、これを若干なりとも持つに至ったけれど、その程度は、「ホイッグ的解釈」を維持し続けるには不十分だった。・・・」(C)

→私がかねてより申し上げていること、つまり、イギリスには歴史がない、ということの意味、少しお分かりいただけたでしょうか。(太田)

 (4)宗教

 「政治的安定の敵は宗教的不安定だった。
 そして宗教は、この本において、恐らくは、高みに立つ保守派(Tory)編集者たるジョナサン・クラークの知的傾向と、更には我々のポスト世俗的時代を反映して、根源的なものとなっている。
 ジェニー・ウォーモルド(Jenny Wormald)による宗教改革の見事な説明があり、その後で、イギリス内戦(ないしは4つの王国の戦争)についての簡潔な分析がなされる。
 それは、「歴史の偉大なる整頓屋」として叙述されるところの、不運にもすべてがチャールス1世を戴いていた、複数の王国というシステムの下でのややこしい宗教的な意見の相違の結果であるとされる。
 世俗的啓蒙主義については、そんなものはなかったと切り捨てられ、米独立革命は、過激な英国教反対者(Dissenter)達による最終「宗教戦争」であったという指摘が説得力ある形でなされる。・・・」(B)

 「クラークは静かなる挑発者であり、例えば、米独立革命は、本来起こるべからざる場所で起こった反動的暴動(revolt)であったと叙述する。・・・」(A)

→イギリス人の宗教原理主義嫌い、より端的にはキリスト教嫌いが改めてよく分かりますね。そのイギリス人にかかると、米国人は全く形無しです。(太田)

 (5)その他

 「アルフレッド王とヘンリー2世(Henry 2。1133〜89年)(注2)が、我々の歴史において最も重要な二人の君主であったと言って恐らく間違いはないだろう。・・・」(D)

 (注2)ウィリアム征服王の曾孫。力でもってイギリスの王位を奪取し、相続と結婚によってフランスで得ていた領地を併せた大領域の領主となり、3世紀13代にわたるプランタジネット朝の創始者となる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_II_of_England (太田)

 「ウィリアム・D・ルービンスタイン(William D Rubinstein)による「世界覇権国--長い19世紀 1832〜1914年」は見事な貢献だ。
 それは、英国という国民国家を構成するウェールズと3つのより古い諸王国宗教のアイデンティティー、そして政治文化をテーマとしてとりあげる。
 そのうち、アイルランドとその国におけるナショナリズムが19世紀の展開に割り込んできたことについての箇所がとりわけ良いできだ。
 ルービンスタインはウェールズ大学アバーストウィズ(Aberystwyth)の歴史学教授だが、それが、英語化なる侵略によってかつて盛んであった少数派の言語であるウェールズ語(Welsh)、スコットランド・ゲール語(Scot Gaelic)、アイルランド(Irish)・ゲール語、コーンウォール語(Cornish)、マン島語(Manx)(注3)、古ノルド語(Norn)(注4)が急速に減衰したという背景の下で起こったことを率直に認める。

 (注3)以上はケルト系言語。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E8%AA%9E (太田)
 (注4)スコットランドの北端で、恐らく18世紀末まで使われていた西スカンディナビア系言語。
http://en.wikipedia.org/wiki/Norn_language (太田)

 長らくゲーリック文化の砦であったアイルランドにおいてさえ、今日では、全人口のわずか2%しか、この言語を経常的にしゃべらない。
 ルービンスタインは、スコットランドのナショナリズムが主要な政治的論点となったのは、「スコットランドが主要な産業の中心であったところ、長期にわたった衰亡が始まってから半世紀経ってから」であったとも指摘する。・・・
 これらの論点と織りなされているのが<20>世紀における二つの大紛争だ。
 そのどちらも、おおむね、英国による、1914年と再度の1939年のそれぞれの軍事的介入によって世界戦争となった。
 どちらの戦争にも生命の巨大なる損失が伴ったが、スキデルスキーは、この二つの出来事に肯定的な側面を見出す。
 すなわち、それらが、社会的平等と民主主義的過程の強化のために本質的な役割を果たしたと彼は主張するのだ。・・・」(E)

→ナショナリズムは、危機における想像力の産物めいた見方に、イギリス人のナショナリズム嫌いが見え隠れしていますね。(太田)
 

3 終わりに

 さあ、この本を注文すべきか否か、思案のしどころです。

(完)