太田述正コラム#3752(2010.1.6)
<左脳・右脳・人間主義(その2)>(2010.5.18公開)

→このシリーズの最後で、改めて「解説」を試みるつもりですが、この著者自らの説明は、例の韜晦が施されているためか、分かりにくいですね。(太田)

3 書評より

 「・・・マクギルクライスト氏によれば、・・・左脳(すなわち、この本のタイトルに言うところの「使者」)は、この本における悪漢なのだ。というのは、それは、右脳(すなわち、本来取り仕切りを行うべき「主人」)からコントロール権をもぎ取ったからだ。
 この成り上がり者の左脳は、欧米における非人間的社会を創造し、統合識失調症と自閉症という疾病を蔓延させ、環境の略奪を引き起こし、おまけに、故意に醜悪にした現代芸術と音楽の勃興をもたらした。・・・
 左脳の世界は「究極的に自己陶酔的」だ。
 その「主たる動機は権力」であり、産業革命は、ある種神秘的な感覚で言えば、左脳によるところの、「右脳の世界に対するこれまでで最も大胆なる攻撃だった」。
 聖人視されるところの右脳は、これとは対照的に、「諸理念」を抱いており、これら諸理念は、「本質的に地方的で農業的でコミュニティー志向で有機的な」民主主義概念と調和的なのだ。・・・
 浪漫主義は、おおむね、右脳の勝利だった。
 <それに対し、>啓蒙主義は、結局のところ、左脳の勝利だった。
 シェークスピアは右脳党の将軍だった。
 というのは、彼は範疇化し難い様々な人間の人格を言祝いだからだ。
 <他方、>デカルト(Descartes)は、邪悪な陣営のチャンピオンだった。
 というのは、彼は機械論的な還元主義(reductionism)を唱えたからだ。・・・
 マクギルクライスト氏は、いわゆる左脳と右脳の鋭い二分法的思考は、アジアの諸文化においては存在しないか、同じような形では存在しない、と主張する。・・・」(D)

→このエコノミストの書評子の説明は単純明快ですね。
 浪漫主義をになったのは思想家達というよりは芸術家達であり、
http://en.wikipedia.org/wiki/Romanticism
文学や音楽は、いかなる文明、文化の下でも右脳的な活動である以上、この書評子の真意は、要するに啓蒙主義のデカルトに代表される欧州の思想家達は左脳偏重であると切り捨てるところにある、と考えざるをえません。
 他方、アジアの思想家達については、欧州の思想家達のように、左脳偏重でこそないが、左脳と右脳の使い分けを適切に行っていないと指摘しているように見えます。
 その含意は、意識的に、かかる使い分けを行うとともに、両者をともに使いこなしてきたイギリスの思想家達自慢、ということになりそうです。(太田)

 「・・・マクギルクライストは、その背景となるビジョンや経験抜きの、正確で、範疇論的な思考の奨励・・すなわち、プラトンから始まって、欧州思想に対して極めて強い印象を与える効果をもたらすほど栄えるに至ったところの、かかる<思考の>奨励は、我々の生活と思想の両方を深刻なまでにゆがめるに至ったことを示唆する。
 何をもって科学的ないしプロフェッショナルと言うかについての我々の全ての観念が、文字通りの正確さの方向に、質よりも量に重きを置く方向に、そして経験よりも理論に重きを置く方向に、17世紀の近代科学の創建者達すら驚愕するであろうほどの形で変化を遂げたのだ。・・・
 今日における、自然におけるあらゆるものを、客体(object)、不活性(inert)、無感覚、かつ我々から切り離れた存在と見るところの、かかる考えは、肉体と精神の間の分裂という二元論的ビジョンの一部として出現した。
 それは、自然の領域から競争関係にあるあらゆる精神的諸力を除去することによって<唯一>神を称えることを企図してなされたものだ。
 すなわち、これは、マター(matter<=目に見える世界を構成している物質>)それ自体を、死んでいるものとして、単なる、相互に機械的にぶつかりあっているビリヤードの球の諸粒子(particle)の集合として、常に様々な機械に準えることによって最もよく表現できるものとして、示したのだ。
 このような時代にあっては、人間に係る生活と全ての諸理念は、我々の真の家であるところの、精神域の中に押し込められることとあいなった。
 (だからこそ、ニュートン(Newton)は、<精神域に深甚なる興味を抱き、>後の学者達に嫌悪の念に抱かせたように、物理学より<精神域に係る>神学の方にはるかに興味を抱き続けたわけだ。)
 しかし、今日においては、物理学者達が我々にマターは実際にはビリヤードの球<のようなもの>では構成されてはいないと教えるに至り、かつ我々全員が自分達は自然の生態系(biosphere)の一部であって精神域から<送り込まれた>植民者的存在ではないと信じるに至り、かつまた、実に我々の多くがかかる精神域の存在すら否定するに至ったというのに、まだ、かかるアプローチが生き残っていることは、むしろ驚くべきことのように思える。・・・」(B)

(続く)