太田述正コラム#3848(2010.2.23)
<自由民主主義・専制主義・資本主義(その1)>(2010.3.28公開)

1 始めに

 どういうわけか、「権威ある」ファイナンシャルタイムスが、しかもこれまでのところ同紙だけが、表記をテーマとする本の書評
A:http://www.ft.com/cms/s/2/d3bb89a2-1f17-11df-9584-00144feab49a.html
(2月22日アクセス)
を掲載していますが、私は、著者の主張には問題が多いと思います。
 そこで、この書評と、著者による2007年の関連論文
B:http://www.foreignaffairs.com/print/62644
(2月23日アクセス。以下同じ)に拠って批判を展開することにしました。
 本とは、アザール・ガト(Azar Gat)の 'Victorious and Vulnerable: Why Democracy Won in the 20th Century and How it is Still Imperilled' です。

 ちなみに、ガトは、1959年生まれのイスラエル人軍事史家たるテルアビブ大学教授(安全保障)であり、オックスフォード大学で博士号を取得しています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Azar_Gat 等

2 自由民主主義・専制主義・資本主義

 (1)総括

 「・・・今日、世界の国の半分超は選挙で選ばれた政府を持っており、半分近くは十分確固たる自由の諸権利を持ち、完全に自由であると見なされうる。・・・
 自由民主主義陣営は、その専制、ファシスト、共産主義という競争相手に対する20世紀の三つの大きな諸大国間闘争・・二つの世界大戦と冷戦・・にことごとく勝利を収めた。・・・」(B)

 「ガトの主張は、欧米の理論家達は、自由民主主義のシステムとしてのより優れた効率性という諸仮定について余りに当然視し過ぎてきたというものだ。
 彼は、ソ連のシステムが失敗したのは、それが専制的であったからではなく、それが共産主義であったからだと説得力ある主張を行う。
 資本主義を採択した専制主義諸大国・・例えば1940年代より前のドイツと日本・・は、一定期間極めて成功していた。
 ガトによれば、日本とドイツという専制主義的諸大国は、経済効率性、大衆の支持、及び軍事力を国家として高度に効率的にする形で結合することができたのだ。・・・」(A)

→当時、日本は政治的には自由民主主義国であり、英米同様、戦時下において自由が制限されていたに過ぎないのに対し、ドイツは一党独裁の文字通りの専制主義国家であったのであり、この二つの国を同一視するのはナンセンスです。(太田)

 「・・・欧米の冷戦における古き競争相手たる中共とロシアは、現在、共産主義的諸体制としてでなく、専制主義的資本主義として運営されている。
 専制主義的資本主義諸大国は、1945年まで国際システムの中で指導的役割を演じてきた。
 この種諸国は、爾来存在していなかったが、今日、復帰を果たそうとしているように見える。・・・」(B)

 「・・・<このような>ガトの中心的テーマは、示唆に富むと同時に不安を掻きたてさせるものだ。・・・」(A)

 (2)第二次世界大戦論

 「・・・ガトは、第二次世界大戦の帰結は、自由民主主義のより優れた効率性によってもたらされたのではなく、この主義の主唱者達の相対的規模によってもたらされたと考えている。
 要するに、日本とドイツは小さ過ぎたのだ。
 これに対し、米国の民主主義的政治システムというよりは、その巨大な大きさが戦争を勝利に導いたのだ。・・・」(A)

 「・・・ナチスドイツと帝国日本の全体主義的資本主義体制が生き延びたとしたら、それらが民主主義諸国よりも経済的に劣っていたことが証明されたであろうと仮定する理由はない。

→戦前も戦後も昭和期の日本は日本型経済体制の下にあったのであり、それは、ナチスドイツや英米の資本主義とは異質な部分があります。ガトに当時の日本とドイツの経済システムの違いが見えていないらしいのは無理もありませんが・・。(太田)

 依怙贔屓とアカウンタビリティーの欠如が通常これらの諸体制に生み出す様々な非効率性は、より高い水準の社会的規律によって相殺されるのかもしれない。・・・

→依怙贔屓とアカウンタビリティーの欠如は、戦時下の英米経済の必然的な属性でもあります。実際、イラク占領統治の際の米国のブッシュ政権のアカウンタビリティーの欠如と米企業の依怙贔屓とが記憶に新しいところです。(太田)

 <他方、>民主主義諸国の同盟行動の研究が示唆するところによれば、民主主義的諸体制は、それ以外の型の諸体制よりも団結する傾向性が強いとは言えない。
 また、全体主義的資本主義諸体制が第二次世界大戦で敗北したのは、これら諸国の民主主義的敵対諸国がその国民からより大きな尽力を鼓吹し得たところの道徳的高みに立っていたからでもない。・・・
 <更にまた、>自由民主主義のいわゆる本来的な経済的優位なるものは、それが当然視されているほどはっきりしたものでは全くない。・・・
 <確かに、>第二次世界大戦における初期の諸勝利の後、ナチスドイツの経済動員と軍需生産は1940年から42年という枢要なる期間、弛緩した。・・・
 ・・・<ただし、>その理由の一つは、ナチのシステムの中で権威の中心の競い合いが存在したことだ。
 ヒットラーの「分割統治」戦術と党官僚達が自分達に割り当てられた領分を嫉妬心をもって守ったこととが混沌たる効果を生んだのだ。
 これに加えて、1940年6月のフランスの陥落から1941年12月のモスクワ直前におけるドイツ軍の挫折までの間、ドイツでは戦争にもはや事実上勝利したという気分が満ちていたことがあげられる。・・・
 <なお、日本についてだが、>1941年の時点では、依然、経済発展面で指導的諸大国の後塵を拝していたけれど、その1913年以来の経済成長率は世界一であり続けた。・・・」(B)

 「・・・ガトは、1945年の「民主主義」の勝利は、非民主主義的なソ連によって行われた巨大な犠牲によってこそ確保されたことについてもまた、認識しているに違いない。・・・」(A)

(続く)