太田述正コラム#3676(2009.11.29)
<政治的宗教について(その1)>(2010.3.22公開)

1 始めに

 買ったままで積んであったジョン・グレイ(John Gray)の 'Black Mass' (コラム#3212)を斜め読みしたので、改めてその内容をご紹介したいと思います。

2 グレイの主張

 「ロシアのボルシェヴィキ達は、伝統的宗教に対して嫌悪感を持っていた。
 しかし、彼等の、これまでの様々な罪や愚行を、人間生活の包括的な変容によって過去のものにできるという信念は、<実は、>初期のキリスト教の諸信条の世俗的な生まれ変わりなのだ。」(PP2)

 「近代における世俗的恐怖政治(secular terror)は、キリスト教信仰における神によって開始される終末(End-Time)<なる観念>が、人間の行動によってユートピアが達成できるという信念へと突然変異したものなのだ。」(PP3)

 「初期のキリスト教は、終末論的(eschatological)カルトだった。」(PP4)

 「至福千年信奉主義(Millenarianism)は、至福千年主義(millennialism)とは若干異なるのであって、前者は文字通りキリストが戻ってくることを信じるのに対し、後者は、何らかの種類の聖なる王国の到来を待ち望む。」(PP4)

 「マルクスやフクヤマのような世俗的思想家達は、<初期のキリスト教の>この目的論(teleology)を継承しているのだ。」(PP5)

 「<ちなみに、>太平天国の乱<(1850〜64年)は、キリスト教の影響を受けて支那に出現した至福千年主義者達の叛乱だ。>」(PP5)

 「千年至福説<(=キアリズム=Chialism=世界の終末の前にキリストが再臨して1000年間統治するという説)>
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%87%B3&dtype=1&stype=4&dname=1na&pagenum=11&index=01307200 (太田)
は、キリスト教の始まりの時点まで遡ることができるところの、諸信条を反映していた。
 ジャコバン主義、ボルシェヴィズム、そしてナチズムといった近代の政治的諸宗教は、科学の言葉で、至福千年主義の諸信条を再生産したものなのだ。」(PP6)

 「至福千年の諸信条そのものと、至福千年的思考や至福千年的諸態勢とは何らか別のものなのだ。
 <後者、すなわち、>至福千年の諸運動は、特定の歴史的諸事情の下においてのみ生まれる<ものだからだ>。
 <特定の歴史的諸事情と>は、第一次世界大戦後の帝政ロシアやワイマール期のドイツのような大規模な社会的混乱、そして、時には、9.11に米国に起こったような、特定の精神的に衝撃的な出来事が生起した場合の状況のことだ。
 <このように、>この種の諸運動は、しばしば、諸災害と関連して生まれるわけだ。
 <換言すれば、>至福千年的諸信条は、正常な認識と現実との関連が破壊されてしまうことによる、認知的不協和(cognitive dissonance)<(コラム#3609)>の諸症状なのだ。」(PP6)

 「・・・アウグスティヌス<(コラム#1020、1023、1169、1761、3618)>・・・の原罪なる教義(doctrine)は、キリスト教の正統派学説の基本的な教義(tenet)となった。
 とはいえ、この教義は、イエスと言うよりは、マニ(Mani<。216?〜276年>)により多くを負っている。
 <なお、>アウグスティヌスのキリスト教信仰の再形成に及ぼしたもう一つの主要な影響として、プラトン主義(Platonism)があげられる。」(PP8)

 「悪を破壊できるとの信条は、中世の至福千年主義者達を鼓吹し、ブッシュ政権において再表面化したが、アウグスティヌスの言葉に照らせば、それは極めて非正統的<な信条なの>だ。
 それでも、かかる信条は、イエスへの追従者達が所属していたところの黙示録的カルトの中心的様相となった。
 
 <だから、>欧米の歴史を通じて繰り返された千年至福説の噴出は、キリスト教の様々な起源への異端的な先祖返りであると言えよう。」(PP8)

 「<もう一点重要なことがある。>12世紀に、フローラのヨアヒム(Joachim of Flora<=Joachim of Fiore>。1132〜1202年)は、三位一体のキリスト教教義を歴史哲学に転換した。
 人間は三つの段階を経て向上してきたというのだ。
 すなわち、父の時代から子の時代を経て、精霊(Spirit)の時代へと移行していくだろうというのだ。・・・
 ドイツでは、<このヨアヒム的図式>は、<神聖ローマ>皇帝フリードリッヒ(Frederick)2世<(コラム#545〜547、552)>を中心とするメシア待望(messianic)カルトを形成するのを助けた。
 フリードリッヒは、十字軍を率いてエルサレムを征服した後、自分自身をエルサレム王に任じ、法王グレゴリウス(Gregory)9世からアンチ・キリストとして非難された。
 人類史を三つの時代に分ける考え方は、深甚なる影響を世俗的思想に与えた。
 ヘーゲル(Hegel)の、三つの弁証法段階による人間の自由の進化の見解、マルクスの原始共産主義から階級社会を経て全球的共産主義へという動きに係る理論、オーギュスト・コント(Auguste Comte)の、宗教的から形而上学的、そして科学的へという段階を経る発展という人類の進化に係る実証主義的ビジョンは、すべてこの三部制図式の再生産なのだ。
 歴史を古代、中世、そして近代の三つのフェーズに分ける考え方は、ヨアヒム的図式の近代的反響なのだ。
 更に衝撃的なことだが、・・・ヨアヒムの第三の時代の予言は、ナチ国家に第三帝国(the Third Reich)という名前を与えたのだ。」(PP9)

(続く)