太田述正コラム#3644(2009.11.13)
<シンガポール・モデル(その3)>(2009.12.19公開)

 (5)自由民主主義諸国

 「・・・インドでは、選挙は誇りの源泉ではあるけれど、効果的ないしは責任ある政府・・少なくとも貧困者にとっての・・の源泉とはなっていない。
 英国では、監視<カメラ>が市民的諸自由の脅威たり得る状況にある。
 米国では、自由主義的諸価値がジョージ・W・ブッシュの下で前例のないほどの攻撃を被った。
 <幸いにも、>これらは、永続的な被害を生じているというよりは、脅威の諸事例だ。
 イタリアの場合、危ういのはこういうことだ。
 すなわち、人民がパンとサーカスによって満足している。
 後者には、選挙自体が含まれている。
 そして、メディアはどんどん政府によってコントロールされるに至っており、司法も脅威に晒されているのだ。・・・」(C)

 (6)エピローグ

 「・・・カンフナーの最初の問題提起・・どうやって専制主義は民主主義に負けない存在になったのか・・と、それに伴う暗黙の問題提起・・専制主義が民主主義より一定の状況下ではよりパーフォーマンスが高いというようなことがありうるのか・・は、欧米と非欧米双方の未来にとってこの上もなく重大だ。・・・
 <しかし、>結局のところ、本件にほんのちょっとした関心しかない者でさえそうだと思っていることが結論として浮上してくる。
 それは、このトレードオフは、文化、伝統、そして指導者等その他の諸変数に応じて、国によって違ってくるということだ。・・・」(G)

 「・・・もし、カンフナーが、例えば、スカンディナヴィア諸国を彼の調査に含めておれば、彼は、個人的かつ政治的自由は必ずしも繁栄の障害とはならないことが分かったはずだ。
 ビジネス界の人々の余りに多くが支那とロシアの体制の批判者達を、彼等が金儲けするのを妨げる理論倒れの邪魔者と見ている。・・・」(A)
 「そう。 米国と英国は彼等の土地に対するテロリスト的攻撃に過剰反応をした。
 しかし、カンフナー自身が、特に2001年9月11日以後の米国を描写する際、過剰反応をしている。・・・」(E)

 「結局のところ、我々の人間に係る概念が問われているのだ。
 人民が欲することだけが重要なのではなく、人間の尊厳に資するものこそ重要なのだ。・・・
 民主主義的ないし共和主義的政府を求めて努力した、アテネとルネッサンスのイタリアの都市は、彼等の偉大なる様々な業績に反映さているところの、何か高貴なものに賛同したのだったが、ペルシャ湾岸諸国やシンガポールはミケランジェロもソフォクレスも生み出せるようには見えない。・・・」(C)

3 終わりに

 「このトレードオフは、文化、伝統、そして指導者等その他の諸変数に応じて、国によって違ってくる」と私も思います。
 カンフナーが取り上げた国々を分類すると、次の5つになります。

 一、旧英植民地A シンガポール、マレーシア、湾岸諸首長国
 二、旧英植民地B インド
 三、旧共産主義国 中共、ロシア
 四、旧ファシズム国 イタリア
 五、自由民主主義国 米国、英国、(スカンディナヴィア諸国)

 逆の順序で行きましょう。

 まず、植民地であったり民主主義独裁体制であったりした歴史のない・・米国は英国の植民地だったがやや状況を異にする・・自由民主主義国について、カンフナーがこの本で一緒くたに取り上げたことは、やや不適切でした。
 というのは、米国も英国も、テロリスト的攻撃の脅威に晒されているという意味で、現在は有事なのであって、有事においては、自由民主主義諸国においても、人権は部分的に安全のために制限されるのは当然であり、基本的にただそれだけのことだからです。
 ただし、bastardアングロサクソンたる米国にあっては、それによってファシズムの鳥羽口まで行ってしまったというのは事実であり、共和党政権から民主党政権に代わったことで危うくファシズム化を免れた、という面はあります。
 いずれにせよ、スカンディナヴィア諸国だって、安全保障上の脅威に晒されれば、英国並みに人権の部分的制限に乗り出すことは避けられないだろう、ということです。

 次に、イタリアについては、欧州文明に属する国として、しかもファシズムの過去を持つ国として、ファシズムに復帰する可能性は常にあるわけであり、ベルルスコーニ首相の下で、ファシズムの鳥羽口まで戻っている、或いは既にファシズムに復帰しつつあると言ってもよいかもしれません。

 中共については、中国共産党が共産主義政党からファシスト政党に変貌したわけですが、権力の所在は全く変わっておらず、ロシアについては、ソ連共産党のノメンクラトゥーラが(旧KGB幹部を中心に)引き続き権力を掌握しつつ、共産主義体制から前ファシスト体制(国家独占資本主義体制?)へと変貌した、ということです。

 インドについては、独立にあたって、旧宗主国の英国の自由民主主義と資本主義をそのまま継受した、ということです。

 最後に、シンガポール等も旧英領植民地であるところ、植民地時代の体制・・開明的専制主義的統治と資本主義の組み合わせ・・をそのまま維持した、ということです。
 変化は、権力の所在が、それぞれ、シンガポールでは、英国人から華僑に代わり、マレーシアでは、英国人からマレー人に代わり、ペルシャ湾岸諸国では英国人からアラブ人に代わった、という点だけです。

 振り返ってみれば、戦前において、ファシズムのイタリアも、同じくファシズムのドイツも経済は繁栄しましたし、かつてのシンガポール、マレーシアは英領マラヤ、そしてペルシャ湾岸諸国は英保護領であったところ、いずれも領土的には小さいけれど商業中継地等として・・後者にあっては石油生産国でもあり・・、独立以前から経済は繁栄していました。
 このように見てくると、ファシズムを採用した国や、商業中継地たる旧英領諸国の経済が繁栄しても少しも不思議ではありません。
 ですから、カンフナーのように、大上段に振りかぶった議論を展開する必要は、必ずしもなさそうです。

 (ついでながら、比較的自由ではあったけれど、民主主義であったとは言い切れないアテネや、民主主義ではなかったと言ってよいルネッサンス期のイタリア諸都市における文芸や科学の隆盛を、その自由民主主義なるがゆえ、とする上出の書評子の言も、短絡的過ぎて、いかがなものでしょうか。)

(完)