太田述正コラム#3581(2009.10.13)
<民主主義が機能する条件(その1)>(2009.11.13公開)

1 始めに

 英BBCの記者のハンフリー・ホークスリー(Humphrey Hawksley)が 'Democracy Kills: What’s So Good About Having the Vote?' という「物騒な」本を上梓しました。
 ある意味で、これは永遠のテーマですが、この本の書評やホースリー自身のコラムを通じて、本件についての最新の議論をご紹介しましょう。

A:http://www.ft.com/cms/s/2/976b77ae-aee3-11de-96d7-00144feabdc0.html
(10月6日アクセス)
B:http://www.erichkofmel.com/2009/09/book-democracy-kills.html
(10月12日アクセス。以下同じ)
C:http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23738524-rush-into-democracy-and-you-rue-the-results.do
(本人によるコラム)
D:http://www.csmonitor.com/2009/0915/p09s02-coop.html
E:http://www.humansecuritygateway.com/showRecord.php?RecordId=30656
F:http://www.dailytimes.com.pk/default.asp?page=2009%5C08%5C24%5Cstory_24-8-2009_pg3_5
(本人によるコラム)

2 民主主義が機能する条件

 (1)かつての常識

 「19世紀末、保守党の首相であるソールズベリー卿(Lord Salisbury)が、彼は「ホッテントットに投票権などやらないのと同様、アイルランド人にもやらない」と記したことはよく知られている。・・・」(A)

 「・・・冷戦中、米国は海外の暴虐なる独裁者達を政治的安定に資するためと称して支えた。・・・
 1979年に退けられた、ニカラグアの暴虐なる独裁者のアナスタシオ・ソモサ(Anastasio Somoza<。1925〜80年>)・・・悪い奴で嘲笑されるべき人物だ・・・は、ある時一人の記者に、「米国における自由と同種のものをニカラグア人達にも与えたいと私は思っている。
 しかし、それは赤ん坊にするようにやらなければならない。
 まず、ミルクを数滴ずつ与える。それから次第に分量を増やして、今度は豚肉を小片をやる。そして最終的に何でも食べさせる。…
 連中には自由の使い方を教えなきゃならないのさ」と語った。・・・」(D)

 <このように、民主主義は限られた国だけで機能する、というのが、かつての世界における常識だった。>

 (2)原理主義的民主主義・市場経済論

 「・・・ところが、1989年以降は、<以上>とは対照的に、米国は、自国と似た政府をつくりだすことで発展途上諸国を安定化させようと試みてきた。・・・」(D)

 「長年にわたって欧米の諸政府は、自由市場経済と民主主義政府の組み合わせを通して長期的繁栄と政治的安定を達成するのが唯一の方法だと執拗に主張してきたのだ。・・・」(B)

 (3)ホークスリーの見解

  ア 総論

 「・・・しかし、今やあらゆる証拠が、このような議論は欠陥があり、戦争、疾病、及び貧困の直接的原因たりうることを指し示している。
 パキスタンからジンバブエまで、パレスティナ地域から昔のユーゴスラヴィアまで、そしてグルジアからハイチまで、選挙を通じて民主主義を打ち立てようとする試みは高い水準の腐敗と暴力を生み出してきた。
 これらの国の議会は、幅広い選挙民を代表していたのではなく、既得権を代表していたし、鳴り物入りで憲法が書かれたけれど、それが守られることはほとんどなかった。・・・」(B)

 「・・・「投票権を持つことにどんないいことがあるというのだ」<という問いかけに>・・・英国、日本、及び米国で答えるのははむつかしいことではない。
 しかし、発展途上の世界では、民主主義の効用をこれだと答えることは容易ではない。
 例えば、<アフリカの>象牙海岸では、民主主義とその相棒である自由市場経済は政治的不安定と経済的廃墟をもたらした。
 カカオの生産者達は、・・・さんざん悪口を言われた独裁者たるフェリックス・ウーフエ=ボワニー(Felix Houphouet-Boigny<。1905〜93年>)がこの国を統治していた<(E)>・・・30年前とキロあたりで同じ金額しか支払ってもらっていない。<この間、>チョコレート板の価格が4倍にもなっているというのに・・。・・・
 証拠が示すところによれば、発展途上世界を民主主義化しようとすると、内部的な緊張がはるかに悪化する。
 イラクでそうなったように、現実にはしばしば投票は、古からの様々な敵意が噴出する新たな場を提供する。
 票を投じることが<あたかも>援助の代替物<のよう>になってしまった。・・・
 理屈はまことに結構なのだが、実施されると、それはしばしば、貧困、疾病、搾取、そして殺人を促進する。
 民主主義が貧困と混ざり合うと、その結果はしばしば、文字通り爆発を引き起こす。
 オックスフォード大学の学者であるポール・コリアー(Paul Collier)は、『戦争、銃と票(Wars, Guns and Votes)』の中で、この不安定な化学を説明する公式を提唱した。
 彼は、年2,700米ドルの一人当たり所得が分岐点であると信じている。
 この水準未満だと民主主義が根を下ろすことは困難だというのだ。・・・
 私は、これに加え、健全な公的教育制度が<民主主義の>不可欠な前提条件であると言いたい。・・・
 第二次世界大戦後のドイツと日本の経験が教訓となる。
 米国は、戦争が終わるかなり前から<この両国の>再建について計画しており、政治改革は包括的な経済発展を伴っていなければならないことを認識していた。
 その種の時間をかけた教育(mentoring)と管理・・カネについては言うまでもないが・・が<、独日両国について、>当時不可欠のように見えたというのなら、どうしてはるかに短気で、お粗末な計画のやり方が、無限により複雑な諸問題を抱えるアフリカや中東で<米国によって>とられたのだろうか。・・・」(D)

 「・・・警察や司法といった機関が腐敗していて弱く、インフラが整っていないのに、完全な主権国家としての選挙を行うのは危険極まりないのであって、そんなことをすれば、しばしば民族的、種族的、そして宗教的な諸コミュニティーの間での暴力を誘発してしまう。
 ・・・余りにも多くのアフリカ人達がより貧しくなり、疾病と暴力のサイクルへの囚われ人となってしまった。
 わずか半世紀ちょっと前まで、それ自身が戦争国家か失敗国家の寄せ集めであったところの、欧州において用いられたものを含め、うまく行くことが検証済みのやり方があるのだ。
 連合国は、第二次世界大戦後、ドイツに主権を返還するまで10年かけた。
 また、現在でさえ、国際コミュニティーは、15年近く前に民族的内戦が終わったボスニアの支配(control)を維持している。
 東アジアでは、日本が米国の支配の下に7年間置かれ、爾来この地域は全体として、民主主義的政府ではなくもっぱら専制的政府の下で経済面で先陣を切ってきた。
 台湾と韓国は、世界に対し、暴力を伴わずにいかに独裁制から民主主義に移行するかを示した。
 しかし、それは数年ではやりとげられたのではなく、何十年もかかったのだ。・・・」(C)

(続く)