太田述正コラム#3604(2009.10.25)
<皆さんとディスカッション(続x638)>

<ΑΑψψ>(「たった一人の反乱」より)

 アメリカ在住の町山智弘がラジオで言ってたけど、キリスト教原理主義の連中は動物愛護は一切しないらしいよ。
 すべての動物は人間に食われるために作られたと聖書に書いてあるからだそうだ。

<ΑψψΑ>(同上)

 だったら何であいつらはカルト並みの異常さを持って活動してるのか理由がわからん。
 毛皮反対してるから、服を着ないでヌードになって抗議運動とかメジャーな動物愛護なんだが、彼らをそんな常軌を逸した行動に駆り立てるものが宗教じゃなかったら何なんだろうな。

<ΨΨαα>(同上)

 その程度の熱意なら無理にカルト宗教と結び付けなくても理解はできるが。
 一神教と関係なくてももっと過激な社会運動なんていくらでもあるだろ。

<ΨαΨα>(同上)

 これだけの大人数が公衆の面前で全裸になること
http://plaza.rakuten.co.jp/fox0707/diary/200707070000/
を、普通の思考の延長線上で理解することが俺にはとてもできないんだが。

 過激な社会運動なら赤軍とか色々あるが、あれもおれとしては社会運動というよりカルト宗教というべきだとろうと考えてる。
 過剰なまでに過激な社会運動が=カルト宗教ってことじゃないのか。

<ΨααΨ>(同上)

>これだけの大人数が公衆の面前で全裸になることを、普通の思考の延長線上で理解することが俺にはとてもできないんだが。

 ヌーディズムっていう文化の延長なんじゃね?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0

 ケンブリッジとオックスフォードの学生が、ソフトヌードカレンダーを作ったのは、たまげだ。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081216_vet_and_wild/
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090613_naked_oxford/

 そういや、日本ってエロ要素ゼロの全裸系(重要)文化財ってあったっけ?
 春画(ポルノ)は世界一と思うが(笑)

<αΨαΨ>(同上)

 動画
http://ameblo.jp/sugoipr/entry-10233772761.html
見たけど、・・・この動画みたいな航空会社が仕掛けたイベントみたいな遊びじゃなくて、本気で全裸になることが動物愛護に繋がるっていう人の思考がどこからくるのか・・・
<ααΨΨ>(同上)

 宗教的か非宗教的かはどのような価値観に基づいた行動なのかを考えれば良いと思うが。
 絶対的な倫理、絶対的な道徳、絶対的な価値観、これは宗教的だし、何が善で何が悪なのか著しく曖昧で相対的な価値観、これは非宗教的だ。
 例えば捕鯨について問題とすべきは捕鯨が客観的に観て現実にどのような影響を及ぼして居るのかと言う事であり、本来は反捕鯨派の主観的な価値観など問題にすべきではないし問題にならないはずだ、しかし実際はそれが問題になっている。
 この種の活動の根本的な問題は主観的な絶対的価値観(カトリシズム)の押し付けにある、それは宗教的だ。
 捕鯨でも児ポでも、何の意味も目的も効用もなく自由を規制する、これは自由主義国家としてあってはならないと思う。

 アメリカのこの事件なんかをみてみるとカトリシズム(絶対的価値観)の弊害がよくわかる。
【米国】我が子への授乳写真は児童ポルノ?
http://suzacu.blog42.fc2.com/blog-entry-52.html
ハンドリー事件
http://suzacu.blog42.fc2.com/blog-entry-24.html
http://suzacu.blog42.fc2.com/blog-entry-25.html

<太田>

 私のアングロサクソン論とも無縁ではない議論が展開されとるのう。

 だけど、イギリスにも、強い反捕鯨論があるから、反捕鯨・反イルカ捕食論をカトリシズムだけに結びつけるのは、ちょっとヤバいんじゃないかな。
http://research.natura-humana.net/ronsyu/uenoyama.html
 淵源がゲルマン文化なのかカトリシズムなのか、その両方なのか、それともそのどちらでもないのかについては検討したことがないので分からないが、欧州文明とアングロサクソン文明に共通する、人間中心的階層的世界観が連中のビョーキの原因のような気がするなあ。
 欧州文明の場合は「人間」の範囲は階級や人種によって画されるのに対し、アングロサクソン文明の場合は文明によって画されるっていう違いこそあれ、動物を含む万物に階層を設け、特定の動物がどの階層に属するかが「人間」の都合によって時代とともに変化する、という点では同じだ。
 反捕鯨論に往々にして見られる人間中心的階層的世界観をナチスになぞらえて批判した投稿↓があるね。

 ・・・ it seems she is trying to introduce a human-centric hierarchy into animal world using 'intelligence' as a norm. It is similar policy as Nazi Germany tried to introduce hierarchy into human race using subjective value system supported by pseudo-science. ・・・
http://www.mygreenpeacebuddies.com/japanese-claims-just-a-joke-says-ex-whaler-fwd-66332.html

<αΨΨα>(同上)

>本気で全裸になることが動物愛護に繋がるっていう人の思考がどこからくるのか<(αΨαΨ)

 目立ちたいだけで、深く考えてないと思う。
 「そうだ、京都へ行こう」的な、「そうだ、全裸で転がろう」w↓
http://www.paropunte.net/archives/736398.html

<ΩΩΑΑ>(同上)

 俺もそのことは思いついてて、全裸になることに対して深い考えがないっていうんのなら、もしかしてカーブみたいな映画を撮ることとか、捕鯨反対のための妨害活動も実は大して考えてなくて、ノリとかファッションの延長線上じゃないかもしれない。
 
 あいつらのノリに本気で今の日本は振り回されてる。イルカ漁は悪いイメージを世界的に流されて現地の人は傷ついたし、捕鯨に携わってる人も鯨を絶滅させたい訳じゃないのにそういう偏見のレッテルを貼られて、
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2110223
こういうことが実際に起こってる。

<太田>

 やれやれ、再び議論が発散し始めたな。
 これまでの諸君の議論でフィクション論に係わる部分はすべてはしょらせてもらったけど、小説、映画、TV等でフィクションに親しむことは、我々の内に潜む複数の人格のうち、「悪しき」人格の現実世界での発現を予防する効果がある、というのが最近の研究をも踏まえた私の考えだよ。
 本日から上梓する「「自分」は存在するのか」シリーズ(一ヶ月後に公表予定)を参照してくれたまえ。

<Chase>(2009.10.24/25)http://blogari.zaq.ne.jp/fifa/

 --太田述正の思想(太田ドクトリン)--

 『属国の防衛革命』の次回本とのダブり箇所抽出作業をしようと思って、再読していたら、P91の最終部で、今まで見逃していた箇所に目がとまった。
(引用はじめ)
 「もし米英の特殊関係が立ち枯れ、もしくは解消されてしまえば、世界の平和と安定を維持する主体はどこにもなくなる。わたしは、米英に日本が一枚加わった米英日特殊関係を構築し、その中枢グループが、NATOのグローバル化を実現するほかないと考えている。そのためにも、日本の米国からの自立が強く望まれるのだ。」
(引用おわり)

 その中枢グループというのは米英日特殊関係そのものか、その何らかの部分集合かわかりにくところだが、それはさておき、ここでの表明を僭越ながら『太田ドクトリン』と命名したい。

 全体を、平叙文で淡々と再構成すると、
 『太田ドクトリン』
 「今後の世界の平和と安定を維持するためには、日本は米国から自立し、アングロサクソン同盟たる米英関係に一枚加わることによって、NATOのグローバル化を実現する」
とでもなるだろうか。

 数ある太田テーゼは、別途整理していく必要があるが、この太田ドクトリンは、その視野は壮大である。
 民主党の米国対峙路線?は、ステップ的には一定の評価をすべきやにも思えるが、やはり軍事がすっぽ抜けた戦略では、早晩、行き詰まりで身動きがとれなくなるだろう。

 戦後60年以上を経てようやく政治思想として登場した太田ドクトリン。
 これが日本の国家戦略となる日はいったいいつの日になることだろうか。・・・


 --太田述正氏の思想(属国の防衛革命)--

 「属国の防衛革命」の次回本とのダブり箇所抽出作業を以下に記すが、やはり、次回本でも太田述正氏の基本的なアイデア(次回本での基本構成)
・日本堕落の現状把握・・・属国論と政官の退廃・腐敗の相互連関性に拠る(いわゆる表芸、裏芸)
・日本再生の処方箋・・・アングロサクソン文明の深い理解と日本文明との親和性の発見(共通のイデオロギーとしての人間主義)
は維持していくも、ダブり箇所には工夫を凝らしていく必要があることを痛感する。

なお、第一章の「日本はみずから望んで米国の属国になっているだけ」のテーゼは数ある太田テーゼの中でも個人的には最高峰に位置するものと思う。このテーゼが日本国民に普及すれば、関岡英之氏が著した『拒否できない日本』(文春新書、2004年)なんかに浮かれている左右の米国批判者は、その基盤を丸ごと失うことになる。このような言説は吉田ドクトリンの系に過ぎない。

「属国の防衛革命」

1.日本はみずから望んで米国の属国になっているだけ
<ポイント>
・属国のわけは、吉田茂をはじめとする指導者が主体的に選択したもので日本に責任はない。
・米国は朝鮮戦争以降、対日政策を日本を独立させる方針に大転換したにもかかわず、日本は強引に属国志願し続けている。
・wikipediaによる保護国の定義紹介。
・(例)米国は、2007年以降、東京の米国大使館の土地賃料を支払っていない。
・(例)首都圏は、米軍の各司令部、基地だらけで、空域の航空管制権は米軍が握っており、占領下にある。
・(例)在日米軍駐留経費の半分も負担させられている。
・(例)湾岸戦争以降、日本は米国のためのキャッシュディスペンサー役。
・これらは、日本が(利己的な※)吉田ドクトリンを奉じてきたためであり、米国による搾取は当たり前。
※アンチテーゼとしての人間(じんかん)主義の利他的なエトスに結節できる(メモ)。
・利己主義では、企業であれ、個人であれ、早晩立ち行かなくなる。
・米軍駐留、在韓米軍、島国等々の日本の事情下では、自国の中心的領域が武力攻撃を受ける可能性がほとんどない。
・なのに日本の自衛隊が存続している理由は、日本が防衛努力をしているフリを米国の納税者に対してするため。つまりエクスキューズ、あるいは見せ金としてだけ存続してきた。
・自衛隊は初期は軍事的諸機能は、意味ある形で結びついていたが、年月を経るに従って、何の脈絡もなく併存するだけになった。
・日本政府と在日米軍の関係はすっかり険悪。
・堕落を食い止めようとしたのが久保卓也氏の「基盤的防衛力構想」
・ソ連のアフガニスタン侵攻による自衛隊のモラルハザードは解消。
・(主たる任務)第二戦線の基地在日米軍の防衛。(従たる任務)北西太平洋の米軍兵站線を確保、オホーツク海のソ連の原子力潜水艦を制圧する米軍の諸作戦を支援。
・ソ連は軍拡競争に疲れ崩壊したが、自衛隊は、すくなからぬ貢献をした。
・ポスト冷戦になり、自衛隊は再びモラルハザード。国産装備品の価格は、国際水準の2〜3倍。実戦を念頭に置いていないため、使い物にならない。
・「思いやり」経費の負担は、主権を売り渡したこと。
・吉田茂の4つの怒りが吉田ドクトリンを生んだ。
・米国に対する過去の怨念を白日のもとに晒し、米国と真っ向から歴史論争を行えば、米国の知識人も耳を傾けてくれるだろうし、心からの謝罪をしてくれるだろう。それは、日本人が吉田ドクトリンを克服する日である。

(続く)

<太田>

 記事の紹介です。

 こいつぁ面白い!↓

 「大英博物館が、古代史のナゾをテーマにした日本の漫画「宗像(むなかた)教授」シリーズの原画展を11月から開く。・・・」
http://www.asahi.com/showbiz/manga/TKY200910240185.html

 鳩山首相、なかなかよろしい。↓
http://mainichi.jp/select/today/news/20091025k0000m010069000c.html

 いずれにせよ、政治資金問題での対応を誤るなよ。
 「私や私の家族が資産があるのに、皆さんから政治資金を募るのが申し訳なくて、これまで、本人や他人からの寄付上限額を超えた寄付を私や家族が行ってきましたが、極めて不適切であったと深く反省しております。まことに申し訳ありませんでした。」ってできるだけ早く言うんだな。
 それで国民が許してくれるかどうかは保証の限りじゃないが・・。↓
http://www.asahi.com/politics/update/1025/TKY200910240413.html

 朝鮮日報よ、情報提供ありがとう。
 松本教授の見解↓は私と全く同じだね。

 「・・・麗澤大の松本健一教授(63)<は、>・・・近代日本の権力を掌握していた勢力は、右翼でも左翼でもなく、・・・大久保利通、伊藤博文、吉田茂といったリベラルだったという。・・・本来は自由主義者を意味するリベラルは、日本では保守主義者として出現した。リベラルが右翼と左翼の間でバランスを保ちつつ、時には極右を切り捨てて右寄りになり、時には極左を切り離して左派に同調することで、権力を維持してきたというわけだ。明治政府以来、日本の支配階級たるリベラルは、資本主義化・中央集権化・脱アジア化・合理主義化などの近代化を推し進めてきた、と説明する。
 日本の右翼を思想的側面から研究した本書の中核は、第1部「思想としての右翼」にある。1976年に『現代思想』誌で発表されたこの論文は、同年中に書籍として発行され、現在もなお版を重ねている・・・」
http://www.chosunonline.com/news/20091025000004 

 ドイツも非核三原則・・ただし、「持ち込ませず」じゃなくて「置かせず」を打ち出すことになりそうだね。↓

 ・・・the man designated to be foreign minister, Guido Westerwelle, is pushing for the U.S. to remove its remaining nuclear weapons from German soil.・・・
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1932103,00.html

 英国のアフリカでの、というか世界での植民地経営は、欧州諸国や米国による植民地経営よりはマシだったけれど、日本によるそれには及ばない、というのが私の一貫した主張だが、まだまだ英国をかばい過ぎてる下掲の書評↓を読んでも、改めてその感を深くするねえ。
 英国留学時の同期生のケニアの官僚(当時)、今どうしてるかなあ。

 ・・・Not so long ago, Ghana shared the limelight with Kenya, the country of Obama's paternal past. But the vote-tampering and widespread ethnic violence that marred the 2007 Kenyan・・・election violence・・・left some 1,500 Kenyans dead and at least 300,000 internally displaced. ・・・
 ・・・the roots and solutions to Kenya's problems・・・corruption and tribalism・・・ are・・・embedded in the country's past・・・. Colonial Kenya -- with its white tribe of settlers and administrators, economic monopolies and perpetuation of African tribalism, and a governor who ruled with highly centralized powers and a posse of loyal underlings to support him -- bears an uncanny resemblance to the country today. ・・・
 Britain's colonial legacy has undermined its moral authority and continues to influence processes in Kenya, no matter how complicit Africans have been in perpetuating corruption and tribalism. The historical phenomenon of colonialism and its long-term impact vary across the continent, making the trajectory of a former settler colony such as Kenya distinct from that of Ghana, and many other African nations, for that matter. If strongmen are to be eliminated and institutions reformed・・・then the historical differences among various African countries, and the ways in which these differences inform and shape present-day governing structures and cultures, must be thoroughly understood.
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/23/AR2009102301908_pf.html

 へー、大恐慌には第一部と第二部があったの?↓

 ・・・We often think of the Depression as one event, but・・・<i>n "The Creation and Destruction of Value," Harold James・・・notes that it contained two distinct crises with different implications. The crash of 1929 was an instance of market irrationality that the Fed could contain with conventional tools. By contrast, the banking crisis of 1931 was rooted in the fundamental frailty of Central Europe's monetary systems, and thus far harder to fix. ・・・
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/23/AR2009102301903_pf.html

 おいおいマジかよ。↓
 アジンクールの戦いの真相がそうだったとすると、『防衛庁再生宣言』203〜204頁やコラム#1695、2276の記述を全部訂正しなきゃならなくなるけど・・。

 ・・・King Henry V rode from a spot near here to lead a sodden and exhausted English Army against a French force that was said to outnumber his by as much as five to one.・・・
  ・・・<On> Oct. 25, 1415<, t>hey devastated a force of heavily armored French nobles who had gotten bogged down in the region’s sucking mud, riddled by thousands of arrows from English longbowmen and outmaneuvered by common soldiers with much lighter gear. It would become known as the Battle of Agincourt.
 The historians have concluded that the English could not have been outnumbered by more than about two to one. And depending on how the math is carried out, Henry may well have faced something closer to an even fight,・・・
http://www.nytimes.com/2009/10/25/world/europe/25agincourt.html?_r=1&hp=&pagewanted=print
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太田述正コラム#3605(2009.10.25)
<「自分」は存在するのか(その1)>

→非公開