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太田述正コラム#3315(2009.6.4)
<調理が人類を誕生させた?(続)>(2009.10.13公開)

1 始めに

 表記について、コラム#3299を書いた時点でみつけられなかった資料や、その後登場した資料をもとに、続編を提供することにしました。 
 コラム#3299との間の、また、私が今回紹介する各種資料の間における若干の重複は大目に見て下さい。

2 調理が人類を誕生させた?

 「・・・消化器の大きさと脳の大きさの関係を最初に発見したのはレズリー・アイエロ(Leslie Aiello)とピーター・ウィーラー(Peter Wheeler)だった・・・。・・・
 チンパンジーは・・・食物を分かち合おうなどとはほとんどしない。せいぜい、連中はこそ泥を看過する程度だ。
 他方、人間は、すべての文化において、配偶者達、子供達、そしてより遠い親戚のネットワークの中で、調理された食物を儀式的に分かち合う。
 <仮にリチャード・ランガム(Richard Wrangham)の新理論が正しいとすると、我々は狩猟採集者を>狩猟採集調理者(hunter-gatherer-cooks)<と呼ぶべきかもしれない>。・・・
 彼に言わせると、女性達が大部分の社会で調理の大部分を行っており・・彼はこれを生物学的必要性としてではなく歴史的現象として叙述する・・、食料に係る分業が婚姻契約及び典型的人間家庭の前駆形態の始まりだったのかもしれないのだ。
 もしそうだとすると、ランガムは、結婚は、大部分の人類学者達が主張するような、父性を確保するための原初的契約なのではなく、もっぱら経済目的の契約なのではないか、と主張する。・・・
 ・・・調理のプロセスで、ビタミンCのような化合物や栄養素は破壊されるが、他の多くのもの、例えばリコピン(lycopene<=トマトに多く含まれる赤い色素でカロテノイドの一種>)や各種の抗酸化剤(antioxidant)は増強される。・・・
 調理の一番の果実は、<人間に与えられる自由>時間だ。・・・」
http://www.slate.com/id/2219162/
(6月4日アクセス。以下同じ)

 「・・・火の効用としては、<通常、>捕食動物を追い払ったり熱源や光源として用いたり<することがあげられている>。・・・
 ・・・道具をつくることを学んだことによって、我々の祖先はより多くの動物をつかまえることができるようになった。
 これが、ホモ・エレクトゥスをしてより多くの肉を食べることを可能とし、肉は同じ容量の植物よりカロリー価が高いことから、より小さい消化器で足りるようになったとされる。
 ランガムは異論を唱える。すなわち、人間は生の肉を簡単には消化することはできないので、我々のより小さくなった消化器官は、調理が行われるようになった結果そうなったに違いないと。・・・ 完全に生だけの食生活を送っている者は、その食料を狩猟したり採集したりするために必要なエネルギーを費やす必要がないというのに、例外なく体重を失う。
 我々の祖先には、そんな贅沢は許されなかったことを考えれば、彼らが生の食物だけに依存していたとは考えられない。そんなことをしていたら餓死していたことだろう。・・・
 調理はあらゆることを劇的に変化させた。
 一つには、それは食物を粉砕し噛んだり消化するのにより少ないエネルギーを使えば足りるようにした。
 調理はまた、タンパク質を変性(denature)させ、セルロースのような消化できない炭水化物をより消化しやすい細片へと粉砕することで、食物からより多くのエネルギーを吸収することを可能にしたのだ。・・・」
http://www.newscientist.com/article/mg20227112.500-books-how-fire-made-us-human.html

 「・・・調理は、澱粉から得られるエネルギーを増加させる。というのは、調理されない澱粉の細粒は、しばしば我々の身体をそのまま通過して<排泄されて>しまうからだ。
 熱は、タンパク質を変性し、消化酵素が作用されるようにする。
 また、調理は食物をやわらかくし、消化し易くするので、消化に必要なエネルギーが減少する。
 我々は、食べる食事のカロリーの10%しか消化するために使わない。<このように、一般の動物より少なくて済むのは、>我々が調理するからこそだ。・・・
 生の食物を食べている猿は、ただひたすら噛むのに半日もかける。人間は、噛むのに毎日1時間もかけない。このことによって、我々は創造的かつ社会的な諸活動を行う時間がとれる。・・・
 ・・・チンパンジーだって調理された食物の方を好む。舌で粘度やじゃりじゃり感(grittiness)といった食感を検出する結果、<人間以外の>動物だって自分にとって良い、柔らかい食物を見極めることができるわけだ。・・・」
http://www.publishersweekly.com/article/CA6649179.html

 「・・・農業や肉食や道具の到来よりも、調理の発明の方が人間らしさの向上により多く貢献した。・・・
 ・・・脳は、実に身体のエネルギーの4分の1を費消する。・・・
 調理は、初期の人間がより生産的な活動に自らを投じることを可能とし、やがて道具、農業、そして社会的ネットワークの発達を可能にした。
 調理された食物は、同時に、身体が摂取した食物を単に消化するために費やすエネルギーを減少させた。・・・
 他の学者達は、肉食がホモ・エレクトゥスの興隆を約180万年前に可能にしたとするが、ランガムは、これらの諸理論は、ホモ・エレクトゥスのより小さくなった顎と歯<という事実>と整合しないと言う。
 彼は、そうではなくて、肉食は、それより50万年以上前の、オーストラロピテクス(Australopithecine)からホモ・ハビリス・・チンパンジーと同じくらいの大きさだが、より大きな脳を持つ・・への変遷を可能にしたのだ、と主張する。・・・
 ホモ・サピエンスは、食物窃盗が、それが容易に行える時にさえ、余り行われることがない唯一の種であり続けている。・・・」
http://www.medicalnewstoday.com/articles/152295.php

 「・・・ホモ・エレクトゥスは、160万年から190万年前に初めて登場した我々の祖先だ。
 このホモ・エレクトゥスの脳は、その前任者であるホモ・ハビリスよりも50%も大きく、両者を比べた場合の歯の大きさの減少度合いは、人類が進化において経験した最も大きいものだ。・・・
 大脳組織は、骨に付いている筋肉に比べて22倍ものエネルギーを必要とする。・・・
 ホモ・エレクトゥス・・ホモ・サピエンスとほぼ同じ大きさ・・は、生存するために必要なカロリーを得るためには、毎日約12ポンドの生の植物か、6ポンドの生の植物に加えて生肉を食べなければならない。・・・
 高エネルギーの生肉を食べたとしても、<人間にとっては>大した助けにはならない。
 ランガムは、<人間が>チンパンジー並に噛んだとしても、毎時400カロリーしか得られないことを発見した。ホモ・エレクトゥスだったら、生肉を毎日5.7から6.2時間噛み続けなければ必要なエネルギーを充足できなかったことだろう。
 つまり、食物を集めていない時は、文字通り残りの日がな、その食物を噛み続けていなければならなかっただろうということだ。・・・
 <これに対して、>アイエロとウィーラーは、調理ではなく、濃エネルギーの動物由来の食物、例えば柔らかい髄や脳、の摂取が<小さい顎、歯、消化器といった>特徴をもたらした、と考えているわけだ。・・・」
http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=cooking-up-bigger-brains&print=true

 「・・・チンパンジーについては、平均して、その食物の60%が果実だ・・・<しかし、我々が現在食べているような果物を想像してはならない。食べ易くないしほとんど甘くもないし腹にも良くないのだ。>・・・
 ・・・平均的な人間の食事は、狩猟採集者が摂っている繊維が多い食事ですら、消化できない繊維は5〜10%に過ぎない。しかし、チンパンジーの研究によれば、連中は32%もの消化できない繊維を食べている。・・・
 ある時点までは、<我々の祖先の>肋骨は、チンパンジーやゴリラのようながっしりした体躯のためのものだったが、ホモ・エレクトゥスが登場した時、肋骨は平らになった。つまり、より平らな体躯、よってより小さな消化器、を持ったということを意味する。・・・
 生肉だって<人間にとって>魅力的ではない。カモシカが最もありふれているが、このほかカバとかサイとかのような、アフリカのサバンナのストレスの多い条件下で棲息している動物から切り取った肉の類は特にそうだ。・・・
 ・・・動物性タンパク質<は生のままでは>変性しておらず、タンパク質は固まっている(unfolded)。
 それは通常、内側は疎水性(hydrophobic)物質によって、外側は親水性(hydrophilic)物質によって固く凝縮している。
 変性は、それを解き放つプロセスだ。
 そして、一旦解き放たれると、タンパク質加水分解酵素(proteolytic enzyme)が作用し始める。
 熱は変性を起こさせるので、・・・調理の主要な効果の一つはタンパク質を変性させ、それをタンパク質加水分解酵素が働き得る状態にまで解き放つことにあると考えられる。・・・」
http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=evolving-bigger-brains-th&print=true

3 終わりに

 ランガムの新理論の輪郭がかなり鮮明になってきたように思いますが、いかがでしょうか。
 ところで、結婚が男女間の便宜的な分業契約に過ぎないとすると、かかる分業の合理性がほぼ失われた現在、結婚制度が崩壊していないことの方がむしろ不思議だ、ということになりますね。
 また、調理によって自由時間が飛躍的に増えたおかげで、我々の脳が発達したとして、その後、その脳が人間社会を次第に進歩させ、毎日の自由時間のみならず、平均寿命の延伸によって生涯累計自由時間を加速度的に増やしてきていますが、得られた自由時間を、仕事、生殖/子育て、遊び、創造的活動等にどう配分するか、もっと我々は真剣に考えた方がよさそうですね。

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