太田述正コラム#3299(2009.5.27)
<調理が人類を誕生させた?>(2009.10.7公開)

1 始めに

 英米の主要紙を読んでいると、めまぐるしいほど次々に新しい学説が紹介されるのですが、本日は、リチャード・ランガム(Richard Wrangham)の 'Catching Fire: How Cooking Made Us Human' という、人類の起源についての全く新しい説を打ち出した本が上梓されたことを知りました。
 ランガム(60歳)は、英国生まれで40年間にわたってアフリカで野生のチンパンジーの生態を観察してきた人物であり、1989年からハーバード大学で教鞭をとっている生物学的人類学の教授です。
 さっそく、彼の新説のさわりをご披露したいと思います。

2 調理が人類を生誕させた

 「・・・調理された食物は我々おなじみの様々なことをしてくれる。・・・
 それは食物をより安全にし、こくのある(rich)おいしい味をつくりだし、棄てる部分(spoilage)を減らす。
 熱を加えることで、硬い食物を開き、切り、すりつぶすことが可能になる。
 しかし、これら全ての利点は余り知られていない側面・・調理は我々の身体が食物から得られるエネルギー量を増大させる・・ほど重要ではない。
 ・・・この追加的なエネルギーが、最初に調理をした者に生物学的な優位を与えた。
 彼らは、それまでに比べてよりうまく生存し生殖できるようになった。
 彼らの遺伝子は広くばらまかれた。
 <そして、>彼らの身体は、生物学的に調理された食物に適応すべく対応するため、自然淘汰を通じて新しい食事の利点を最大限に生かすように形成される至ったのだ。
 人体構造、生理機能、生態系、個体の発生から死までの生活史(life history)、人間心理、及び人間社会に変化が生じた。
 ・・・調理された食物・・それが肉であれ植物であれその両方であれ・・を食べることで、消化が容易になり、その結果消化器官は次第に短くなった。
 それまで我々が消化に費やしていたエネルギー・・消化にはあなたが想像するよりはるかに多くのエネルギーが必要とされる・・が解放され、我々の脳・・やはり莫大な量のエネルギーを費消する・・が大きくなることを可能にした。
 <また、>火がもたらした暖かさは我々の体毛を抜けさせ、我々はオーバーヒートすることなくより遠くまで走って狩りをすることができるようになった。
 食物を漁った場所で食べることを止め、その代わり火の周りに集まるようになったために、我々は社交的になることを学び、我々の気質は次第に穏和になって行った。
 人類の祖先にとって、このほかにも<調理するようになったことで>良いことがあった。
 ・・・夜、火が守ってくれたので、彼らは地上で眠ることが可能になり、木登りの能力を失い、女性達は男性達のために調理を始めたと考えられ、その結果、男性達はより多くの時間を肉や蜂蜜を探すのに費やせるようになった。
 他のホモ・ハビリス(Homo habilis)・・道具を使用する前人類・・達がアフリカの他の場所で数10万年の間食物を生で食べ続けたのに対し、幸運な集団がホモ・エレクトゥス(Homo erectus)となり、ここに人類史が始まったのだ。・・・
 ・・・完全に生の食物の食事は、適切なエネルギーの確保を保証することができないのであって、ある研究によれば、このような食事をしている女性の50%は月経が止まってしまうことが判明している・・・。
 こんな食事では、人類の祖先は生殖はおろか、生存すら不可能だったろう。
 ・・・<しかも、>生の食事はあなたに頻繁に小便をさせ、<体をおかしくしてしまう。>
 <逃亡者や探検家等の>はぐれ者(castaway)達ですら、・・・生存するためには食物を調理する必要があった<ことが、文献上明らかだ。>・・・

 ・・・<しかし>調理は、女性を男性の権威に対しより脆弱にした・・・。
 調理した食物に依存することで<人間同士の>協力の機会が創出されたが、同じく重要なことは、調理者が搾取されがちになったことだ・・・。
 調理には時間がかかり、調理人達は自分達だけでは、自分の食物がなくて腹を空かせた男性達といった悪意の盗人から調理されたもの等を守ることは困難だった・・・。
 だから、<調理を担当することとなった>女性達は、男性による保護を必要とするようになったのだ。
 結婚制なる・・・「原始的な保護装置」が生まれたのはそのためなのだ。・・・
 ・・・こうして調理は、・・・女性達を男性支配の文化によって押しつけられた新たな従属的役割という罠に陥らしめたのだ。
 ・・・<すなわち>調理は、・・・男性の文化的優位なる新たなシステムを創造し、これを永続化させたのだ。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/05/27/books/27garn.html?_r=1&hpw=&pagewanted=print

 「これまでは、科学者達は、道具作りと肉食が人類への進化の前提条件であるとしてきたところ、・・・<それはあながち間違いではないが一番重要なことを忘れている。>・・・
 チンパンジーは一日の大部分を恐ろしく繊維だらけの食物を発見しそれを噛むことに費やしている。
 連中の食事は人類には向いていない。
 しかし、我々の祖先は、約180万年前に調理された食物を食べ始め、彼らの食事はよりやわらかく安全かつはるかに栄養価の高いものになった。
 そのことが、我々が現代人類と結びつけて考えるところの、直立した身体と大きな脳の発達を促した。
 初期の祖先達は、比較的大きな消化器官と猿のような体型をしていた。
 これに対し、我々の直接の祖先であるホモ・エレクトゥスは、長い脚と長大で大股で歩く身体を持っている。・・・
 一旦人間達が、火のある特定の魅力的な場所に惹き付けられるようになると、彼らは多くの時間を一緒に過ごすようになった。
 これは、チンパンジー的な、ほっつき歩き、欲する場所で眠り、何か社会的紛争があればいつでも集団を去ることができるシステムとは、明確、かつ非常に異なったシステムだ。
 我々は互いに相手の目を見ることができなければならなくなった。
 我々は衝動的に対応してはならなくなった。
 一旦火の周りに腰を下ろすようになると、社会的混沌に導くような衝動的感情の発出を抑制する必要が生じたわけだ。
 こうして、火の周りで、我々はおとなしくなった。
 ・・・180万年前に火を使った者がいたという証拠がない、<との批判があることは承知しているが、>イスララエルで約80万年前に火を使った証拠が発見されている。
 いつかは我々は、<180万年前に火を使った>証拠を手にすることになるだろう。
 <現時点で>既に我々は、強力な生物学的証拠を手にしている。
 我々の歯と消化器は180万年前に小さくなった。
 この変化は、我々の祖先が、より多くの栄養と柔らかい食物を得ていたということによってしか説明することはできない。
 そして、これは、彼らが調理をしていたからこそ起きた、としか考えられないのだ。
 現在のチンパンジーが摂っているような、漁った得た<生の食物の>食事では、<人間には>十分なエネルギーが得られない。・・・

 ・・・<皮肉なことに、>我々は、<調理した>食事に<このように>適応するに至ったところ、我々のライフスタイルは<調理した>食事に適応できていない。・・・
 ・・・必要量よりもはるかに多い量を摂取している<ために、我々がメタボに悩まされていることを想起せよ。>」
http://www.nytimes.com/2009/04/21/science/21conv.html?ref=todayspaper?_r=1&pagewanted=print

 「・・・<要するに、>人類が文明的テクノロジーをつくりだしたのではなく、文明的テクノロジーが我々人類をつくりだしたのだ。・・・」
http://www.publishersweekly.com/article/CA6642078.html

3 終わりに

 人類の生誕に関するこの新説の説得力は高いと思います。
 しかし、この本が上梓されたばかりで、書評や紹介がまだ余り出ていないためだとは思いますが、上記の書評や紹介を読んだ限りでは、調理が女性の男性への隷属と結婚制度をもたらした、という部分については、いささか説明不足の感があります。