太田述正コラム#3556(2009.10.1)
<皆さんとディスカッション(続x614)>

<核心>

 「サンセバスチャン祭」のニュースを目にして、その画面に飛んだところ例の河村名古屋市長の国辱的無知をさらけ出した<、南京大虐殺当時の>南京人口20万人説が表示され<まし>た・・・

<太田>

 こういう場合は、URLを掲げましょう。

<核心>

 <南京事件調査研究会> 『南京大虐殺否定論 13のウソ』・・・<によると、>・・・1937年(昭和12年)11月末の南京市の人口は50余万人です。
 ここに南京防衛軍15万が加わり、12月上旬の南京戦による膨大な軍民の犠牲者を生ずることになるのです。・・・
 <ですから、>戦闘時の<中国>軍民の犠牲者数の総数が<中国側が主張している>30万に至ることは南京戦の実態を知れば全く無理のない数字なのです。・・・

<太田>

 大変議論のある部分ですから、人口50余万人の根拠を、引用された本がどこに求めているかも記していただきたかったですね。
 また、最後の文章は、より正確に、「戦闘時及び戦闘後の<中国>軍民の犠牲者の総数が<、中国側が主張している「虐殺数」30万人を「犠牲者数」と読み替えれば、>30万人に至ることは南京戦の実態を知れば全く無理のない数字なのです。」と書くべきでしたね。

<核心>

 ・・・私は父親から直接、日中戦争については話を聞いています。・・・「東史郎日記」・・・はその当時の戦争を知るには欠かせない資料です。
 日本軍は非常に紳士的であったことや、現地中国人とも交流したことも書かれています。
 また、日本軍が便衣兵に悩まされたことも書かれていて、内容は中立的です。
 南京問題を知ろうとする人には欠かせない一冊です。東裁判には関係なく読める貴重な体験談だと思います。

<太田>

 どうしてもこの日記が「忘れ」られない(コラム#3528)というのであれば、裁判で(特定の記述の?)信憑性を否定された(コラム#3528)にもかかわらず、同日記は全体として信憑性はある、と核心さんが判断したのはどうしてかを説明をする必要がありますよ。

<核心>

 <東史郎さんの南京裁判を支える会>『加害と赦し―南京大虐殺と東史郎裁判』 (単行本) の読後感です。・・・
 私は東氏が心から謝罪したようには読めませんでした。
 ただ、謝ったような態度を取ったことを中国側に利用されたように思えました。
 第10軍で数人程度殺害した人には多少は謝罪といった感情も湧くのでしょうが、父(栗原利一)のように上海派遣軍で3桁の中国兵なり中国人を戦場で殺害したからといって謝罪をさせるなどということ不可能でしょう。
 父もそのような感情は皆無でした・・・。
 そもそも南京は蒋介石軍との戦いなのですから。

→東氏も、「中国兵なり中国人を戦場で殺害した」ところ、それについて謝罪をしたということなのですか。はっきり書かないと分かりませんよ。また、「中国兵」が蒋介石軍の兵士であったことと謝罪の是非とが、いかなる関係があるのか、もう少し書き込まないと、何をおっしゃりたいのかが必ずしも明確ではありません。(太田)

 私は以前から「南京大虐殺があったから毛沢東は勝てたのだろう。」と書き込みしています。

→「中国兵なり中国人を戦場で殺害した」ことは、(中国人(=一般住民)の殺害がコラテラルダメージである限りにおいて、)違法または不当な殺害であるところの「虐殺」ではないはずですから、核心さんが何をおっしゃりたいのか分かりません。ご自分の頭の中にあることを筋道を立てて書き出さないと読者は途方に暮れてしまいます。(太田)

<核心>

 <東史郎さんの南京裁判を支える会>『東史郎裁判と南京問題』<は、>東史郎裁判の背景と本質について書かれています。
 特に軍事史研究家の森松俊夫氏や板倉由明氏と、裁判との係わりが詳しく書かれていてとても貴重です。
 「東史郎日記」と併せて読むことにより、より深く日中戦争の実態を知ることができると思います。
 南京問題に関心のある方には是非お勧めしたい一冊です。

→核心さん、セブンアンドワイに上記の本についての同文の書評を投稿されていますね。
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/30849789
 それをそのまま太田述正掲示板に転載されるというのはいかがなものでしょうか。南京事件について特別フォローをしていない、一般の太田コラム読者にとっては、森松俊夫や板倉由明といった名前が出てきても何のイメージも湧きませんよ。(太田)

<太田>

 以上を読み返され、今後の投稿の際に気をつけていただければ幸いです。

 話は全く変わりますが、既にオフ会の手伝いに手を挙げられていた方(UKさん)も有料読者でしたね。
 コラム#3554配信しちゃってから、すぐうっかりミスに気づきました。
 UKさんも、同じく有料会員のTTさん同様、手伝い+幹事代行ということで、一つよろしくお願いします。

<UK>

 お役に立てるかどうか、分かりませんがよろしくお願いします。
 TT様、これから、よろしくお願いします。

<太田>

 どうもどうも。
 幹事代行が複数おれば、互いに相談もできるし、オフ会に一人が出られない場合があっても大丈夫ですよ。

 それでは、記事の紹介です。

 そう、これ↓(コラム#3530)しかないさ。

 「ソマリア沖の海賊対処に護衛艦を派遣している防衛省が今年七月、欧州連合(EU)から国連世界食糧計画(WFP)の船舶を護衛するよう要請を受けていたことが分かった。インド洋での給油活動が来年一月に期限が切れ、撤収となった場合、護衛艦をWFPの船舶護衛に回す案が浮上している。
 WFPの貨物船は七月上旬、ケニアのモンバサからソマリアのモガディシオへ出航した。六月に成立した海賊対処法は外国船籍も護衛できるが、施行日が七月二十四日のため、貨物船の出航に間に合わなかった。
 防衛省は、海賊対処に護衛艦二隻、インド洋の補給活動に補給艦と護衛艦各一隻をそれぞれ派遣している。海上自衛隊に余力がない現状では、恒常的なWFP船舶の護衛は想定していない。
 ただ、北沢俊美防衛相は補給活動について「一月の期限切れ後は延長しない」と明言しているため、補給活動の艦艇を海賊対処に振り向ける案が浮上。国際協調に直結することから、補給活動からの撤収がスムーズになるとの見方も出ている。・・・」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009093002000117.html

 鳩山政治資金疑惑。脇が甘すぎて命取りになりかねないな。↓
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091001-OYT1T00038.htm?from=top
http://www.asahi.com/politics/update/0930/TKY200909300384.html

 万里の長城、今でも延びているらしいぞ(?!)。↓

 「・・・ 中国は2007年5月から「東北工程(高句麗・渤海の歴史を中国の歴史に編入しようとする企図)」の一環として、明代の万里の長城の遺跡に対する調査を開始し、今年4月に国家文物保護局と国家測量局は、万里の長城の東端が虎山山城だという共同研究結果を発表している。・・・
 中国が万里の長城の東端だと宣言した虎山山城は、鴨緑江河口の丹東付近にあり、これまで起点とされた山海関から直線で400キロ離れている。中国は最近の研究で、万里の長城が山海関から北東に延び、北は昌図(遼寧省北部)、南は鴨緑江岸に至ると推定。それに基づけば、万里の長城の長さはこれまでの6300キロから8851.8キロへと、2500キロ延びることになる。
 中国がこのように万里の長城を鴨緑江岸にまで拡大しようとする背景には、高句麗が勢力を伸ばした遼東地域を自国の歴史に編入しようという意図があると分析されている。・・・」
http://www.chosunonline.com/news/20090928000037

 フムフム、さにあらん。↓

 「・・・女性ではパートナーの性的な浮気の方が感情的な浮気よりも問題だと回答する人の割合は、調査された国ではいずれも少なく、1割から2割程度です。男性では性的な浮気のほうを問題視する人の割合は、女性の2倍から4倍に達します。つまり、男性なら誰でもパートナーの性的な浮気のほうに強く反応するというわけではないのですが、そういうパターンは女性よりも男性のほうにより多く見られるのです。・・・
 パートナーの性的な浮気を想像した男性の脈拍や皮膚電位は上昇し、眉も強くひそめられましたが、感情的な浮気の想像ではそうした反応がほとんど見られない。一方で、女性の場合はパートナーの感情的な浮気により強く反応する傾向が見られます。・・・」
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090917/182198/

 ここ↓で紹介されているグレゴリー・クラーク(今まで、コラム#2710等で登場した人物とは別人)等のイギリスに関する説は、私の紹介してきた説とは全然違う。読者でこのあたりのことを追求してくれる人いないかなあ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090915/204868/?top

 我々から見れば、プレ欧州史/欧州史の大枠に影響を及ぼした事件ではないわけだけど、欧州の人々の立場から見れば、歴史的大事件だったんだろうな。↓

 ・・・As many as 30,000 Roman soldiers・・・<led by> Varus・・・, along with countless slaves and families, died at the hands of people they regarded as barbarians・・・Germans・・・, who were led by a man they regarded as a friend・・・Arminius・・・
 <The> Varian Disaster・・・the slaughter in the Teutoburger Forest・・・at Kalkriese・・・which took place exactly 2,000 years ago・・・<i>n 9AD・・・was a defeat for Rome at its strongest under the rule of Augustus, the first true emperor・・・
 The Germans became almost revered as well as feared in the mentality of the Romans.・・・
 ・・・Roman historians have・・・Augustus・・・banging his fists on walls and shouting for Varus to give him back his eagles. He also told his successors to limit the Empire to the Rhine・・・
 <Consequently,> European history <was to be> shaped by the differences between the Romanic western part, the so called Germanic part in the middle and the Slavic part in central Europe・・・
 ・・・Later there is of course the issue of the role of Arminius and the battle in fostering the idea of German nationalism.・・・
 Maybe without the Varian disaster there would never have been the separation of west and east Frankish kingdoms, never the confrontation between the German kings and the popes, never the Reformation, never the conflict between Germany and France.・・・ 
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_depth/8236016.stm
--------------------------------------------------------------

太田述正コラム#3557(2009.10.1)
<3人の皇帝(その2)>

→非公開