太田述正コラム#3268(2009.5.11)
<テロリズムの系譜(その2)>(2009.9.24公開)

 「・・・テロリスト達はメディアを常に利用しただけではない。彼らのテクノロジー好きも昔からだ。
 一度(ひとたび)ダイナマイトの火薬に対する優位が確立すると、フェニアンとアナキストの様々な新聞は、爆発物の取り扱いで注意すべき点を教え、爆弾作りの教室の宣伝に努めた。
 今日ではこの種のことの詳細をインターネットを通じて入手できるようになった。
 また、赤の旅団は、既に1980年代のその犯行の一部始終をフィルムに収めるようになっていた。・・・」(F)

 「・・・<このように>バーレイは、<テロリスト達に対し、>「精神病的」、「残虐な」・・・、「悪の」、「幼児的」、「嘆かわしい」、「怪物」等々の罵倒語をあからさまに投げかける。・・・」(E)

 「・・・アルカイダの広報官は、2004年のマドリッドでの列車爆破テロの後で欧米向けに、「お前達は生が好きだが俺達は死が好きだ」と述べた・・・。・・・
 ・・・<バーレイは、>テロリストは全員「道徳的に気が触れている」と主張する。・・・」(F)

 (3)テロリストの片棒をかつぐ者達

 「・・・<しかし、バーレイ>による、テロに対するイデオロギー的或いは実務的支援を行うメディア、司法界、学界において成立している左翼/リベラル・コンセンサスに対する攻撃<もまた、>議論の域を超えた喚声のように聞こえないでもない。・・・」(E)

 「・・・往事、ロシアのカデット(Kadet<=1905年に結党されたロシア立憲民主党のメンバー>)党はテロリスト達の暴力的行為に同情的だったし、フランスの詩人テイラード(Laurent Tailhade<。1854〜1919年>)は、「テロリスト達のジェスチャーが美しい以上は、犠牲者達のことなんかどうでもいい」と宣ったものだ。
 それ以来、「<テロリスト達にとって>役に立つうすのろどもである、テロリストたる顧客達を<テロへと>けしかける弁護士達、<テロ弁護のために>マイクロフォンをつかんで離さない学者達、「あの政治的暴力の効果のお清めをする胸くそ悪いアカデミックな熱狂者」たるジャン=ポール・サルトルのようなテロリストの追っかけ達<はひきもきらない。>・・・
 難民収容所と占領された故郷は、失うものが何もない暴虐なる人々を次から次へと生み出してきたことは確かだ。
 しかし、ビンラディンやジャッカルのカルロス(Carlos the Jackal<こと、Ilich Ramirez Sanchez。1949年〜。ベネズエラ生まれで、パレスティナ過激派のPFLPに所属し、1975年にウィーンのOPEC本部を襲撃し3人を殺害。現在フランスで終身刑に服している。写真:http://terrorism.about.com/od/groupsleader1/p/CarlostheJackal.htm>)はどちらも超金持ちの家庭出身だし、弁護士、建築士、判事の子供で銃をひっつかんで争闘に加わった「罪の意識にかられた白人の小僧達」が何十人といることもまた事実だ。
 1911年にロシアの首相を殺害した青年は、「何もなくひたすら毎日カツレツをむさぼる」未来を拒否した人間だった。
 その30年前、ヴェラ・フィグネル(Vera Figner<。1852〜1943年。ロシアのカザン生まれ。チューリッヒ大学医医学部卒。写真:http://en.wikipedia.org/wiki/Vera_Figner>)は彼女の「美しい人形」としての恵まれた境遇を棄てて皇帝アレキサンドル2世殺害に協力した。
 赤い旅団とバーダー=マインホフ・グループにも「美しい人形達」がいて、彼女達は自分達の中産階級のコネを容赦なく活用した。
 テロリスト達は虚栄心の固まりでもあった。
 カリスマ的な農民であってマニアックなセルゲ・ネチャーエフ(Serge Nechaev<。1847〜82年>)(注)は、社会で活躍するインテリ女性達の賞賛を浴び、これに酔いしれ続けた。

 (注)革命政党の組織の詳細な設計図を描いたロシアにおける最初の革命家であり、また、政治テロの原理の父でもあり、テロを革命の手段として1869年に開発した。革命においては、目的が常に手段を正当化するとした。彼を主人公のモデルとして、ドストエフスキーは小説『悪霊』を書いた。彼の考え方は共産主義者のマルクスとアナキストのバクーニンのどちらからも全面否定されたが、彼の影響力は過激派の間でずっと強く残った。 (太田)
http://mars.wnec.edu/~grempel/courses/russia/lectures/21narod.html

 びったりとしたズボンを履き、アンフェタミンでハイになることを常としたアンドレアス・バーダー(前出)は、過激派たるシックな女性達のハーレムで自らを取り巻いた。
 <1972年にミュンヘン五輪でイスラエル選手を虐殺したテロリスト団体である>「黒い9月(Black September)」の<有力団員で>マッチョのアリ・ハッサン・サラメー(Ali Hassan Salameh<。1940〜79年。パレスティナ生まれ。写真:http://en.wikipedia.org/wiki/Ali_Hassan_Salameh>)は、金製のメダル(medallion)とビューティー・クウィーンを腕にまとわりつかせることを好んだし、北アイルランドの王党派兼麻薬売人の「狂犬」アデアー("Mad Dog" Adair<。1963年〜。北アイルランドのベルファスト生まれ。ビデオ:http://www.youtube.com/watch?v=Ehw4YbP1PLE>)は、馬用ステロイドを腕に注射し剃った頭をミスター・シーン(Mr Sheen)でテカテカにしたものだった。・・・」(F)

(続く)