太田述正コラム#3536(2009.9.21)
<皆さんとディスカッション(続x604)>

<αΠαΠ>(「たった一人の反乱」より)

≫司馬遼太郎がいかにいい加減な人であるかを説明する典拠でしょ≪(コラム#3534。ΠααΠ)

 馬鹿だなあ。歴史”小説”というフィクションを面白くするために善玉・悪玉に分けて描くのは基本でしょう。
 それを言うなら”同じことをやった”ナイトミュージアム<(コラム#3473、3475)>の監督や脚本家も”いい加減な人”になってしまうぞ。
 つーか、善玉・悪玉に分けていない歴史物の”フィクション”を挙げろという方が難しい。

 問題なのは事実の検証をせず、司馬の歴史物フィクションを”司馬史観”と持ち上げて悦にいっているマスコミでしょう。

 太田氏はそういったことをわかった上で”司馬史観”に陥らないように忠告の意味で司馬批判をしたと考えたので、僕はスルーしたんですけどね。
 もちろん、僕は司馬氏の本は小説として読んでいるのでご心配なく。

 なお”小説”の本編はフィクションだけど、”後書き”は本人の感想という別物なので、いろいろと参考になるのですよ。

≫司馬は、小説の中で、明石をひたすら絶賛し、乃木をひたすら貶めたけれど、まさにそれが、画抜き劇画たる大衆小説の一流作家としての司馬の限界なのであり、われわれは、司馬の語る「史実」や「史観」などに対し、一顧だに与えてはならないのです。≪ (コラム#3532。太田)

 せっかく、司馬を語るのであれば、太田先生にはナイトミュージアムのようになぜ司馬氏が乃木を悪役に仕立てあげたかまで踏み込んでほしかったな。
 僕は”司馬氏の限界”というより敢えて意図的に(大衆を思想洗脳する目的で「史実」を無視して)乃木を悪役にしたと考えています。

 乃木希典という人物を扱うことに関して、司馬遼太郎は『坂の上の雲』のあとがきで次のように書いています。

 「旅順のくだりを書くにあたって、多少、乃木神話の存在がわずらわしかった。それを信奉されているむきからさまざまなことを言ってこられたが、べつに肯綮にあたるようなこともなかったので、沈黙のままでいた。日露戦争後、旅順は地理的呼称をこえて思想的な磁気を帯びたようであり、その磁気はまだ残っている。私はその磁気を消して単に地理的呼称としての旅順をめぐるさまざまな物事を考えてみたわけであり、そのため、いまなお磁場にいるひとびとの機嫌を損じたかもしれないが、やむをえないとおもっている。」(第四巻、文藝春秋、367頁)

 後これ↓

 「乃木希典の思想と行動は、司馬遼太郎にとって生涯最大の憎悪の対象であった昭和の日本陸軍そのものであり、それが人格化されたシンボルである。」
http://www.geocities.jp/pilgrim_reader/hero/choshu_3.html

 乃木神話を徹底的に潰す目的が「坂の上の雲」にあったことが以上のことから推測されるわけです。

 んで、考えたのですが、日本人が戦後、軍事嫌いになった背景には司馬氏に代表される”陸軍アレルギー”も多少あるのではないかなあと推測しています。
 陸軍は最初フランス 次いでドイツから学んだわけですが、太田理論を拝借すれば、その組織には大陸系の思想が背景にあるわけでそれは日本の本質的なものとは本来、交わらない部分があって、それが司馬氏に代表される陸軍アレルギーを生み出している原因ではないかと考察する次第です。昔、イギリスがカトリックを追い出したようにね。

<太田>

 なかなか鋭いねえ。
 ただ、念のため言っとくけど、司馬には、後書きもさることながら、歴史フィクションならぬ歴史エッセイの類もたくさん書いているが、そこで展開されてる「史実」やら「史観」やらに対しも、一顧だに与えないでくださいね。

 コラム#3532では、拙著『防衛庁再生宣言』から、はしょって引用したけど、フルに引用しときましょう。
 「「司馬史観」を繰り返し読者に刷り込むことにより。司馬さんは、恐らく自覚しないまま、軍隊への嫌悪と軍事の軽視という特徴を持つ吉田ドクトリンの維持・再生産のための環境整備に大きな役割を果たしたのである。」(231〜232頁)。

<親衛隊員>

 「朝霞宮」<(コラム#3534。核心/太田)>という表記は誤り。「朝香宮」が正しい。
 埼玉県に朝霞市というのがあるが、この「朝霞」という地名はもともと「朝香宮」にちなんで名付けられたのだが、地元の人々が宮号とまったく同じでは畏れ多いということで「香」を「霞」に変えたという経緯がある。
 これは、元上海派遣軍司令官・陸軍中将(当時)朝香宮鳩彦王はゴルフ狂で、王が会長を務めていた「東京ゴルフ倶楽部」が同地に移転したことを記念して、それまでの「膝折村」から「朝霞町」と解消されたもの。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%A6%99%E5%AE%AE%E9%B3%A9%E5%BD%A6%E7%8E%8B
 宮号の取り扱いは慎重にされたい、不敬罪に問われますぞ(笑)。                  

<太田>

 旧朝香宮邸ファンで、同邸を何度も訪れている私がつられてミスプリをしたのはうっかりじゃ許されませんね。
 それはそれとして、私の肝腎の問いかけにだーれも答えてくれないので、自分で調べてみました。

 秦郁彦は、

 「・・・ラーベ日記・・・を発掘した・・・とされている・・・アイリス・チャン(Iris Chang)・・・が97年11月に刊行した『レイプ・オブ・ナンキン』(The Rape of Nanking ― The Forgotten Holocaust of WW2・・・』・・・<の>『ニューヨーク・タイムズ』の<書評>を取り上げてみよう。・・・
 書評は「近代史で他に例をみない日本軍による大虐殺(マッサカー)」という大上段の定義に始まる。そして東京裁判は26万の民間人が殺害されたと算定したが、「多くの専門家は今や35万と判断している。捕虜全員を殺害せよとの秘密命令は天皇の伯父である朝香宮司令官から発せられ、兵士たちの間に殺人競争が起きた」とつづく。
 チャンが「ある専門家」(some experts)と言葉を濁したのが評者によって「多くの専門家」(many experts)へすり替わり、著者が「朝香宮が自身で命令したかクリアーではないが」と保留し、長<勇>参謀の私的命令らしいと示唆しているのに、シェルは朝香宮を犯人と断定しているのだ。執筆者の熱狂を割引きして伝えるのが書評の常識だから、この改変はケアレスミスなんかではなく、故意の歪曲と見ざるをえない。・・・」
http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/chang.html

と記しています。

 次は「右」のサイトですが、一応、すべて典拠を示していてそれなりの信憑性があるので、ご紹介しておきましょう。

 「・・・同書は、むごたらしい虐殺の様を記述し、そのような虐殺が起こった原因として次のように言う。
 天皇は、南京攻略に先立ち、叔父に当たる朝香宮鳩彦中将に南京地域の日本軍部隊の指揮を取るよう命令し、その後、朝香宮または彼の参謀が「捕虜はすべて殺害せよ」との命令を発した。それが虐殺に繋がった――。つまり天皇は軍事作戦に積極的に関わったのであり、責任があるというわけである。
 一見して奇抜な主張であることがわかるが、これは一体何に基づいているのかというと、アメリカ人、デビッド・バーガミニの著『天皇の陰謀』である。・・・
 リチャード・フィン氏(アメリカン大学名誉教授)によれば、「一流の歴史家はこの学者〔バーガミニ〕が使ったと主張している情報源にこぞって懐疑的」、「アメリカの歴史家の大多数から根拠なしと断定されたバーガミーニという人物の『日本の陰謀説』を説く本」という具合である。
 その上でリチャード・フィン氏は、次のように反論する。
 「昭和天皇が南京への軍事作戦を計画、命令したとか、あるいはそれが行われることを知っていたとする証拠はない。天皇が朝香宮を任命するといったような軍人事に関与していたということもない。現に、松井石根将軍は、南京攻撃の初期段階では病床に臥していて、十二月十七日まで南京には入らなかったものの、あくまでも南京と中支方面での日本軍の公式の指揮官だった。朝香宮やその参謀が、『捕虜はすべて殺せ』という、かの悪名高い命令を発したという、信頼に足る証拠もない・・・
 興味深いことに、虐殺が行われた期間中、南京に住んでいたナチ信奉者のジョン・ラーベは、犠牲者を五万―六万人と見ている。もう一人、ニューヨーク・タイムズ紙のティルマン・ダーディン特派員は、その間の一時期現地入りし、数年後に『数千人の中国人が殺された』と言明しているだけだ。ラーベとダーディンの推計も互いに異なっているが、多数の観察記録の中でこの二人のそれは最も客観的に見える」・・・
 またデビッド・ケネディ氏(スタンフォード大学歴史学部長)も、次のようにバーガミニを批判する。
 「評者の一人は、バーガミニの記述は、『歴史ドキュメンタリー作成のあらゆる基準を無視した場合にのみ信用できる』と述べているのである。歴史家のバーバラ・タックマン女史は、バーガミニの主張は、『ほぼ完全に、著者の推論と悪意ある解釈を好む性向の産物である』と述べている」・・・
 このように、昭和天皇に対する悪意と中傷に満ちた「陰謀」史観に依拠する『レイプ・オブ・南京』は、とてもまともな歴史書とは言えず、言うならば政治的文書である。・・・」
http://www.seisaku-center.net/modules/wordpress/index.php?p=31

 以下は、「捏造派」のサイト
http://www.geocities.com/thetropics/paradise/8783/mistake.html
からですが、バーガミニが拠ったと思われる典拠にまであたってチャンの記述に反論を加えているので、信頼度は低いけれど、一応ご披露しておきます。

 「朝香宮の司令部から、捺印のうえ「極秘、焼却のこと」と記された命令が出された。そこには(略)「捕虜は皆殺せ」KILL All CAPTIVES と明瞭に書かれてあった。」

→その事実はない。「皆殺せとのことなり」と山田栴二旅団長は記す。「皆殺せ」とは伝え聞いたことであって、命令書ではなかった。しかも、これは、幕府山付近の山田支隊のみが聞いたことに過ぎない。

 「十二名のグループに分けてここに銃殺すべし」(これは、山田旅団長の上記伝聞中のくだりか?(太田))

→<正しくは>「十数名ヲ捕縛シ逐次銃殺シテハ如何」

 以上からすると、南京攻略にあたって当時の日本軍、具体的には朝香宮が捕虜殺害を命じた、とする核心さんの主張は成り立ちそうにもありませんね。
 お父上のスケッチと証言を世に広めるのはご自由ですが、それらに核心さんご自身の解釈や主張を付け加えることは、極力お控えになった方がよろしいですよ。

 ところで、秦郁彦は、

 「・・・<このチャンの本が>プロパガンダとわかれば、国益擁護の観点からそれなりの対策を講じるのが国際常識と思うのだが、知ってか知らずか外務省もマスコミも傍観しているだけである。・・・」

とも記していますが、そう言うあなたご自身、ニューヨークタイムス等に反論投稿を寄せたんですか?
 多分寄せてないでしょ。

 また、秦はチャンに、

 「・・・秦の4万人説を、ラーベの5〜6万人説と並べて1行ずつ紹介してもらった・・・」

とも記していますが、秦の最新説は4万人虐殺説だったんですね。
 この説について、読者のどなたか、ご説明を!

<kt2>

≫後段の「愛する人を守る」云々というのは、情緒に訴える文学的表現だから置いとくことにしようか。≪(コラム#3508。太田)

 「愛する人を守る」という表現が気に入らないなら、単に、国民を守る、とすればよい。
 国民を守るという唯一の目的、という国の説明から、「国民の生命を守ることであるはずなかろ。そんなの常識じゃん。」という結論を導き出すのは無茶な話だ。

≫歴代首相、閣僚がどう言っているのかは知らないけど、≪(コラム#3508。太田)

 国民の生命財産を守るという説明を国民は耳にたこができるほど国会中継で聞いている。

 衆議院のHP
http://www.shugiin.go.jp/
で議事録を検索すると、古くは、例えば山中防衛庁長官(第2次田中(角)内閣)は、幹部自衛官による自衛隊員の死体遺棄事件について問われて、次のように発言している。

 「いやしくも国民の生命財産を守るべき立場にありながら逆に国民の生命財産を傷つける等のことも間々ありますので、そのようなことの絶対にあり得ない自衛隊にしていきたいと考えます。」

 新しくは、中谷防衛庁長官(小泉内閣)は次のように発言している。

 「防衛庁の省への移行につきましては、国民の生命財産の保護や世界平和への貢献における自衛隊の活動が求められるなど、国政における防衛の重要性が増大していること等を踏まえ、ぜひとも一日も早くその実現をお願いしたいと考えております。」

 国(歴代防衛庁長官)は国民にウソの説明を行っている、と言いたいのかしら?
 それとも、これも「誤読だ」、と言いたいのかしら?

≫国を守る=国民の生命を守る、これがほとんどの国民の共通認識だ。≪(コラム#3508。kt2)

 これにも不同意なのかしら?

<太田>

 仮にそのような答弁があるとして、別にウソついてるわけじゃないよ。
 もともと、あなたは、軍隊としての自衛隊が、自衛隊法に則して言えば防衛出動にあたって自衛隊が、何を守るのかを問題提起してきたんでしょ。
 その問題提起に対して私は答えてきたの。

 だけど、自衛隊にはもう一つの顔がある。
 それは、警察としての顔だ。
 治安出動も、災害派遣も、海上における警備行動も、対領空侵犯措置も、平時における装備品の防御も警務隊の業務も、すべてが警察活動であって、かかる活動に従事している時の自衛隊は、警察や海上保安庁や麻薬Gメン等と同様、基本的に国民の・・「人の」と言った方が良いけど・・生命財産の保護のために活動してるんだよ。

 だから自衛隊は何を守るんですかと聞かれた場合、前者をメイン、後者をサブとして、この順序で答えれば完全な正解ということになるけど、舌を噛むような話になるので、一部文学的表現を使ったり、あるいはつまみ食いして説明したり、ということになりがちなわけ。
 分かった?

<kt2>

≫病気やけがによる死亡を少なくする点に関して言えば、日本において、その国策としての優先順位は高いし、≪(コラム#3508。太田)

 欧米では癌で亡くなる人は減少している(米国では20年前に減少に転じている)。
 一方、わが国では30年前に死因のトップになって、それ以前も以降もずっと増加している。
 優先順位が高くて50年以上増加し続けているのなら、厚労省がまったくのボンクラだということだ。

≫厚労省(旧厚生省)の官僚達も、他の先進国の官僚達に比べてそれほど遜色のない仕事をしてきたと言えるだろう。 (同じ連中が、年金についてはああもダメだったのが不思議に思えてくるけど、医療については例外だと考えるべきだろうね。)≪(同上)

 年金もダメ、医療もダメという認識は共有している。
 旧厚生省の管轄は、社会保障、医療、保健だから、残るは保健(公衆衛生)だが、これが最もダメなのだ。

 公衆衛生の基本は感染症対策だ。
 3大感染症(マラリア、エイズ、結核)だけで毎年1000万人以上が亡くなっている。
 戦争の犠牲者の比ではない。

 マラリアは熱帯性疾患だから、温帯のわが国にはほとんど感染者はいない。

 エイズ感染者は先進国ではすでに減少に転じている。
 一方、わが国では先進国の中で唯一、今なお増加している。

 結核は戦前、わが国の死因のトップだ。
 GHQによる抗生物質導入により激減し、再独立時には戦前の5分の1くらいになった。
 公衆衛生行政が戦前からひどかったということだ。
 今なお、わが国において死亡数のもっとも多い感染症である。

 世界の成人(青年、壮年)の死因のトップは結核だ。すべての死因の中でトップなのだ。
 このため結核対策が公衆衛生行政の成否のリトマス紙になっている。
 欧米では、英国を除き、ほぼ制圧状態にある。
 しかし、わが国では先進国の中で感染者数も死亡者数も飛び抜けて多い。
 なお、英国はサッチャー政権の医療費抑制により医療崩壊した国だ。
 わが国は80年代の英国と同じ道を辿っている。
 結核は東京や大阪などの大都市圏では貧困層を中心に拡大している(全国平均の20倍)。
 大都市圏の新規感染者数は途上国よりも高い。国民の半数が感染者であるアジアの最貧国、ネパール並みだ。
 これがわが国の実態だ。

 今年の5月、新型インフルエンザ対策として、航空機内を検疫し、発症者を隔離していた。
 国民は呆れ、世界中から失笑を買った。感染症には潜伏期間があることは中学生でも知っている。
 機内検疫は1ヶ月間で中止されたが、その間の経済損失は5兆円と見積もられている。

 年金もダメ、医療もダメ、そして公衆衛生もダメ。
 幹部官僚と呼ばれる素人が厚生行政を担っているからだ。
 彼らの関心は保身と利権だけだ。戦前の軍隊が国を滅ぼしたのと同様の構図だ。
 国民にとっては悲劇以外の何ものでもない。

 「厚労省(旧厚生省)の官僚達も、他の先進国の官僚達に比べてそれほど遜色のない仕事をしてきたと言えるだろう。」とのことだが、まったく理解できない。

≫それでもなお、「給与の後払い」が必要なのか。≪(コラム#3508。kt2)

≫今年から出るようになったささやかな年金がこんな私の活動を支え続けることは、そう悪い話じゃないと思うがね。≪(コラム#3508。太田)

 利権を享受しているのに厚かましい、と思われているということを知った上で、「少額ではあるけれど」、「ささやかな年金」と思うのなら仕方ない。
 掛け金を没収された上、補填金がゼロの国民が多数いる。
 その犠牲の下に支給されている特権年金だということは理解してほしい。

<太田>

 こういう話はマクロ的に考えなきゃ。
 旧厚生省の仕事には生活保護や保育や遺骨収集等もあるけど、それはさておき、日本の保健行政や医療行政のパーフォーマンスは、日本人の平均寿命の世界有数の高さからみて、極めて高いと言えると思うよ。
 そりゃ、厚生省はダメだったけど、国民が食生活や生活習慣を含めてしっかりしてたからだ、と言いたいだろうが、そもそも日本型経済体制ってのは、エージェンシーの重層構造で成り立っており、中央の行政庁は御神輿に乗ってるようなもんだったの。
 だから、結果オーライなら、中央の行政庁の行政にも及第点をつけなきゃ可愛そうってもんだよ。

 じゃ、年金行政がどうして無茶苦茶になったかというと、ことがことだけに、中央行政庁とせいぜい地方行政庁で重層構造が完結しちゃってたのに中央行政庁が碌に仕事をせず、情報が開示されない中、一般国民が参画することによって中央行政庁の尻をひっぱたくことが全く不可能だったからだ、というのが私の見解なんだな。
 逆に言うと、だからこそ、年金行政に係る厚生本省の部局と社会保険庁の退廃と腐敗がとめどなく進行したってわけ。
 防衛庁/自衛隊における退廃と腐敗の進行と全く同じ構図だ。

<ααΠΠ>(「たった一人の反乱」より)

 一人題名のない音楽会で、坂本龍一が特集されてたので、それにちなんでご紹介。

 娘さんがアーティストとして活動しています。

坂本美雨
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E7%BE%8E%E9%9B%A8

MIU SAKAMOTO - SWAN DIVE (ちなみにPVは自身による監督)
http://www.youtube.com/watch?v=8nuVf0iyXzM&feature=PlayList&p=6471A721E50FC6DA&playnext=1&playnext_from=PL&index=13

 母親はこれまた著名なシンガーソングライターの矢野顕子さん。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E9%87%8E%E9%A1%95%E5%AD%90

 やはり才能ってのは遺伝するんでしょうね。
 開花するかどうかは、別の問題のようですが。

コラム#3254(2009.5.4)<天才はつくられる(その1)>
http://blog.ohtan.net/archives/51377195.html
コラム#3256(2009.5.5)<天才はつくられる(その2)>
http://blog.ohtan.net/archives/51377766.html

<αΠΠα>(同上)

 坂本龍一の曲はこれ↓が好きだな。
http://www.youtube.com/watch?v=z2E_p-r2TJI

 アルバムに入ってるバージョンはテルミンとか女性のハミングも混ざっててこれより良い演奏と感じたけどそっちは落ちてないなあ。

<太田>

 Parolibre って曲ですか。
 これは聴き漏らした。
 確かに良い曲ですね。

 それでは、記事の紹介です。

 要するに、ドジった外務官僚の責任回避のため、外務省はウソをつき通してきたってことね。↓

 「核兵器を積んだ米国の船や航空機の寄港・通過を認める「核密約」が成立した経緯が、関係者の証言で判明した。60年の安保条約改定で始まった「事前協議制度」で、日本側は当初、寄港・通過を協議対象になると理解。米国側は対象外と解釈していた。その後日本政府はひそかに解釈を米側に合わせ、寄港・通過を黙認。非核三原則(67年)の「持ち込ませず」は最初から空洞化していた。
 日本政府は解釈の変更を米側と確認した後も、実態とかけ離れていることを承知で、国会などで従来通りの答弁を繰り返した。外務省内ではその後、核の寄港・通過を公然と認めるべきだという「正面突破論」が何度も浮上したが「内閣が崩壊しかねない」などの理由から、その都度立ち消えになった・・・
 核密約」は(1)日本側が「解釈の食い違い」を米側に合わせる形で埋めた(2)そのため、核の寄港・通過が継続された(3)日本政府は国民にその事実を隠し続けた――という経緯で段階的に成立した・・・
  「解釈の食い違い」の発端となったのは、安保条約改定の際に導入された事前協議制度の詳細について日米で確認した「討議記録」。今も極秘扱いとなっている。この中に事前協議制度が「米海軍艦艇の日本領海・港湾への進入に関する現行の手続きに影響を与えるものとは解釈されない」との一文がある。50年代から核の寄港・通過を自由に行っていた米側は、この一文で事前協議に縛られないと解釈した。だが、米側が具体的に説明しなかったため、日本側は寄港・通過が「事前協議の対象」になったと理解。双方が都合よく解釈していたのだ。・・・
 68年1月には、ジョンソン駐日大使が牛場信彦外務次官と東郷文彦北米局長に詳しい経緯を説明した(肩書はいずれも当時)。東郷氏は60年安保条約交渉に担当課長として臨んだ当事者だったが、このとき初めて「解釈の食い違い」を知り、自らの不明を恥じる文書を内部に残していた・・・」
http://www.asahi.com/politics/update/0921/TKY200909200230.html

 人間関係のエージェントへの外注化?↓
 だとすると、日本型経済体制は部分的にはまだ発展している?

 ・・・The number of rent-a-friend agencies in Japan・・・<which >rents out fake spouses, best men, relatives, friends, colleagues, boyfriends and girlfriends to spare their clients' blushes at social functions such as weddings and funerals.・・・ has doubled to about 10 in the past eight years. The best known, Office Agent, has 1,000 people on its books.・・・
http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/20/japan-relatives-professional-stand-ins
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太田述正コラム#3537(2009.9.21)
<よみがえるケインズ(その2)>

→非公開