太田述正コラム#3224(2009.4.19)
<歴史について(その2)>(2009.9.18公開)

 (2)マクミラン自身に疑問符?

 「私は第二次世界大戦中の日系人の収容を擁護したい。
 というのは、当時、何が起こるか判然としなかったからだ。
 これはむつかしい決断だったが、真珠湾<攻撃>の後のパニック状態の下で、当時、日本海軍と<北米大陸の>西海岸の間に遮るものが何もなかったと私は理解している。
 日本政府は、海外に住んでいる日本人を、たとえ彼らがカナダ国籍や米国籍を持っていても、彼らを日本の一部であるかのように扱っていたことは確かなのだ。
 しかし、私は、彼らの財産に対して行われたねじ曲がったことは擁護することはできない。
 それは取り上げられ、適当に誰かさんのお友達に売りさばかれた。
 当然、<このことに対しては>補償が行われなければならない。・・・」
http://www.cbc.ca/arts/books/macmillan.html
前掲

→本来、マクミランの本に直接あたる必要があるが、「日本政府<が>・・・日本の一部であるかのように扱っていたこと」を彼女自身、検証しているのかどうか、また、ドイツ系米国人等は収容されなかったところ、ナチスドイツがドイツ系米国人やカナダ人を「ドイツの一部であるかのように扱っていた」という事実はないのか、等を踏まえないと、このようなマクミランの議論を「はいそうですか」と承るわけにはいかない。
 マクミランは、有色人種差別問題を避けて通っている疑いがある。
 ところで、カナダは、米国のように、日系人に対し、補償はしたのだろうか。(太田)

 「・・・不幸にも、マクミラン自身が歴史をねじ曲げている(abuse)。
 例えば彼女は、宗教の及ぼした影響を過小評価している。
 彼女は、ダビデ王の帝国は過小評価できそうだとか、エジプトから移民して行ったイスラエル人の数は少なかったといった信条を自信ありげに記している。
 しかし、これらは、最近発掘された考古学上の証拠に反している。
 また、時として、彼女は細部において誤っていることがある。
 例えば彼女は、イスラエル国家の形成において米国が大きな役割を果たしたと言うが、より大きな役割を果たした英国に言及していない。・・・」
http://worldcadaccess.typepad.com/blog/2009/03/the-essential-reader-game-misconduct.html
(4月18日アクセス)

→私も、コラムを書く際に、都合の良い典拠だけに拠ったり、事実の一部だけを切り取って典拠として使ったり、といったことをできるだけ少なくしなければならない、と自戒しよう。(太田)

 「・・・カナダ戦争博物館の、第二次世界大戦中にドイツに対する空爆に用いられた航空機が展示してある場所に、「ずっと続いている議論」というパネルがあり、一般住民を標的とした絨毯爆撃によってドイツを屈服させようとしたことの効率性と道徳性に関し、学者の間で現在交わされている論議が記されている。
 英空軍の爆撃司令部隷下で約2万人のカナダ人が空爆に携わっていたところ、カナダ退役軍人協会が、このパネルは、彼らがやったことの道徳性を人々に疑問視させるものでけしからんと抗議の声を挙げた。
 マクミランは、この展示について意見を聴取された4人の歴史家の一人となった。
 彼女の結論は、まさにそうであってしかるべきだと私は思うのだが、「歴史は現在の世代を心地よく思わせるために書かれるべきではなく、我々に、人間の営みは複雑であることを注意喚起するために書かれるべきなのだ」というものだった。
 しかし、4人の意見は分かれ、大衆の怒りの声は続いたため、博物館は、退役軍人達の意見を聞いた上でパネルの説明文を修正すると発表した。・・・」
http://peregrina.wordpress.com/2008/08/06/the-uses-and-abuses-of-history/
(4月18日アクセス)

→この点に関しては、マクミランも、マクミランの本の評者も間違っている。
 ドイツの都市に対する絨毯爆撃の効果という自然科学的・社会心理学的事実は科学的検証ができるし、その道徳性もまた、当時の国際法に照らして法的検証ができるからだ。
 これらの検証作業の現状ないしは結論を説明文とすることによって、「現在の世代<が>心地よく思わ」なくなるからと言って、説明文をどう修正しようと言うのだろうか。
 さりとて、一切の説明文を省き、モノだけを展示することにすれば、それはもはや博物館ではなく、倉庫に堕してしまう。(太田)

 (3)その他

 「・・・<マクミランは、歴史>は、我々自身だけでなく、我々がつきあわなければならない人々についても理解するのを助けてくれる、と指摘した上で、流麗に、「もしあなたが他の人々の歴史を知らなければ、あなたは彼らの価値、恐れ、及び希望ないしあなた方が行うことに対して彼らがどのように反応するかを理解することができないだろう」と記している。・・・」
http://peregrina.wordpress.com/2008/08/06/the-uses-and-abuses-of-history/
上掲

 「マクミランは、革命体制でさえも、彼らの前任者達を真似たと言明する。
 例えば、ナポレオンの宮廷は、ブルボン朝の宮廷をおおむね模したものだったし、<共産党の>赤い皇帝達は、彼らの<ロマノフ朝の>前任者達のようにクレムリンの壁の奥で暮らした。・・・」
http://www.spectator.co.uk/books/3520996/looking-back-without-anger.thtml
前掲

→以上の二つは、まさにそのとおり。(太田)

 「・・・1893年に、英国の地中海における海軍司令官、ジョージ・トリヨン(George Tryon)中将は、夏の海軍演習の指揮を直接とると決めた。
 彼が、併走していた二つの艦艇群に回転するするように命じた時、彼の士官達は、衝突が起きると意見具申しようとした。
 比較的簡単な計算によって、二つの艦艇群の間の距離よりも、二つの回転円の方が大きいことが示されたからだ。
 彼の士官達が心配して見守っていると、中将の旗艦のヴィクトリア号にキャムパーダウン号が衝突した。
 トリヨンは、事故状況が深刻であること信じようとせず、近傍の諸艦艇に救命ボートを送ってこないように命じた。
 ヴィクトリア号は沈没し、彼自身と357人の乗員が死亡した。
 私はこのことに感慨を覚える。
 なぜかって?
 にもかかわらず、イギリスは、その上流階級の甚だしい無能ぶりによって崩壊するまで更に50年間持ちこたえることができたからだ。・・・」
http://ryviewpoint.blogspot.com/2008/06/margaret-macmillans-uses-and-abuses-of.html
(4月18日アクセス)

→これは、アングロサクソンのおきまりの謙遜的韜晦だ。我々はこんな記述をまともに受け取ってはいけない。アングロサクソンのエリートの中にも度し難いアホもたまにはいる、というだけのことだ。(太田)

(完)