太田述正コラム#3457(2009.8.12)
<歴史について(続)(その2)>(2009.9.12公開)

 「・・・19世紀の欧州の一人の学者は、「民族(nation)とは、過去についての誤った見解と彼等の隣人達への憎しみによって団結した人間の集団である」という辛辣な言を吐いている。
 もう一人は、冷笑的に、歴史を誤って理解すること(getting the history wrong)は民族<なるもの>の本質的部分に属する、と結論づけた。
 マクミランが冷笑的にあげる多くの素晴らしい引用のうちの一つに、現代の英国の歴史家による、「ナショナリズムは、現代的<な代物>だが、それは自分自身のために歴史と諸伝統を発明する」という宣言がある。・・・
 ルネッサンスについての偉大なる学者であるヤコブ・ブルックハルト(Jacob Burckhardt)の言によれば、<歴史は、>我々を次回のためにより賢明にしてくれるのではなく、永久に賢明にしてくれるのだ。」
http://www.cleveland.com/books/index.ssf/2009/07/margaret_macmillans_dangerous.html
(8月10日アクセス)

 前著でもマクミランはナショナリズム・・私見では、欧州由来の民主主義独裁の最初のイデオロギー・・に対する嫌悪の念を表明しています(コラム#3222)が、これはイギリス人のエリート共通の性向です。(太田)

 「・・・1950年代末に英国の歴史家達は、第二次世界大戦におけるドイツの町や都市の絨毯爆撃は、一般住民の士気を打ち砕こうとしたものの、戦略的要衝の爆撃よりも効果が低かったかもしれないと示唆した。
 彼等に対しては、帰還兵の諸集団と保守的新聞が、「戦闘に参加した者だけが恐らくそれを理解できるのだ」と主張し、激しい非難を加えた。
 しかし、「現場にいたということは、必ずしも、様々な出来事に対するより大きな洞察を与えるわけではなく、実際にはしばしばその反対が真実なのだ」とマクミランは言う。・・・<そして>彼女は、著名な様々な人物の回顧録が、起こったはずがない様々な場所における行動、言葉、そして存在を記録しているという例をあげる。・・・
 「セルビア人達の1389年のコソボ会戦<(コラム#2391)>についての記憶は、本当に起こったことの正反対であることが判明している。
 <また、>様々な考古学的発掘が、旧約聖書の諸記述の信憑性をぐらつかせている。
 イスラエル人達はエジプトにいたことがなかったのかもしれないし、エリコ(Jericho)は恐らく城壁(注1)を持っていなかったようだし、ダビデとソロモンの、地中海からユーフラテス川にかけて広がっていた大王国は、小さな首長国だった可能性の方が高いのだ。

 (注1)「エリコは、死海に注ぐヨルダン川河口から北西約15kmにあり、現在はヨルダン川西岸地区に含まれる。海抜マイナス250mの低地にある。・・・『旧約聖書』では、預言者ヨシュアが人々に命じて一斉に吹かせたラッパの音により、エリコの城壁が崩れ落ちたと伝えられている。」(太田)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B3

 支那への訪問者達は、上海<の租界>に<かつて>「犬と支那人・入ることを禁ず」という掲示が為されていたという話をよく聞かされる。
 マクミランは、「支那の歴史家達が1994年にこの話に若干の疑問を表明したところ、政府系の新聞が、「人々の中にはかつての支那の歴史における屈辱を理解しない者がいて、甚だしきは深刻な歴史的屈辱を簡単にご破産にしてしまうのだが、これは極めて危険なことだ」怒りをもって反応した」と記している。・・・」
http://www.dallasnews.com/sharedcontent/dws/ent/books/stories/DN-bk_dangerous_0712gd.ART.State.Edition1.4bb0d52.html
(8月10日アクセス)

 ドイツの都市に対する絨毯爆撃について、前著では、首をかしげざるをえない記述をしていたマクミラン(コラム#3224)も、今回は、無難に切り抜けています。(太田)

 「歴史書は人気があるかもしれないが、専門家が書いた歴史書はそうではない、とマクミランは記す。・・・
 最近のニューヨークタイムスの、外交史、経済史、そして軍事史といった伝統的歴史分野が、社会史、文化史、そしてジェンダー史のような「ボトムアップ」的研究によってとって代わられて萎えてきてしまっている、という記事も同じ懸念に触れている。・・・
 ・・・我々は、19世紀のドイツの偉大な歴史家のレオポルド・フォン・ランケ(Leopold von(van)Ranke<。1795〜1886年>)が「実際に何が起こったか<の解明>」と要約したところの歴史に関する見地を忘れるべきではないのだ。・・・
 <また、>ニーチェ(<Friedrich Wilhelm> Nietzsche<。1844〜1900年>)は、その『人生のための歴史の利用と濫用』の中で、歴史が「現在の墓掘り人」に堕することへの警戒を呼びかけた。・・・
 <しかし、>トロツキーはスターリンによってソ連の歴史から抹殺された<(コラム#3377、3379、3381)>。
 毛沢東は、支那の歴史の大部分を文化大革命中に消そうとした。
 チャーチルのようなど迫力ある人物は、完全な、議論の余地のない第二次世界大戦の英雄として記憶されており、「第一次世界大戦の時の大失敗に終わったガリポリ(Gallipoli)上陸作戦の首謀者であった<(コラム#2917)>ことや、<第二次世界大戦の時に>長くその職にとどまり過ぎた病がちの首相であったことは忘れられてしまっている」<と彼女は記す>。・・・
 <更に彼女は、>過去について謝罪をすることの意義に疑問を持つようにと我々に促す。
 (オーストラリアは国家謝罪日(National Sorry Day)にアボリジンに謝罪する<(コラム#2481)>し、米国は奴隷制について謝罪する。)
 そして彼女は、同じ土地の一片に対するアラブ人とイスラエル人の大昔からの権利要求の背後に考古学的不確定性があることを指し示す。・・・
 ・・・もう一つ歴史に係る泥沼がある。
 果たして我々は、過去を「絶対忘れてはならない」のだろうか。
 これについて、彼女は、「ホロコーストや奴隷制のような過去の身の毛のよだつことにこだわり続けることは、人々に今ここに存在する様々な問題に取り組む資源を枯渇させかねない」とまで述べる。・・・」
http://www.barnesandnoble.com/bn-review/note.asp?note=23363741 前掲

 ここはいささか疑問。
 いわゆる南京事件や従軍慰安婦問題のような、身の毛のよだつようなものでは全くない過去のことにこだわり続けることについては、確かにそうですが・・。(太田)

 「・・・学界で「現在主義(presentism)」的傾向がかくも大流行であるところ、それは標準とされ、当然視されるようになった。
 人種、ジェンダー、そして階級の「聖なる三位一体」の覇権は、歴史書を書くことを、多くの場合、1960年代と70年代における叛乱的若者達の間で人気があったところの、特定の政治的かつイデオロギー的な物の見方のための情宣手段に化せしめてしまった。
 <この類の歴史書は、>多くの大学の歴史学、社会科学、及び文学に係る諸学科において、依然として福音のように見なされている。・・・
 要するに、政治家達や他のアマチュアの「犯罪者達」が犯す歴史の濫用に対する、歴史学の専門家達の苦言は、歴史諸学科自身が自分の所のゴミ掃除が必要であることを考えると、その迫力の幾ばくかを失ってしまう、ということだ。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/07/10/AR2009071001707_pf.html 前掲

 そうはいっても、アングロサクソン世界で大流行している人種的観点、具体的には、有色人種差別的観点に立脚した歴史へのアプローチでもって、戦前の米国の対東アジア政策を俎上に載せた歴史書は、ぜひ誰かに書いてもらわなければなりません。
 私だけでは力不足です。
 日本人の歴史家で誰か書いてくれないですかねえ。(太田)

(続く)