太田述正コラム#3419(2009.7.26)
<過激派はどうして生まれるのか(その1)>(2009.8.27公開)

1 始めに

 キャス・サンスティーン(Cass R. Sunstein。1954年〜)は、ハーバード大学の憲法・行政法の教授であり、彼は、シカゴ大学ロースクールの教授をやっていた時にオバマが同僚であった縁で、近々、米連邦行政管理予算局の情報・規制部・部長(director of the Office of Information & Regulatory Affairs (OIRA) in the Office of Management & Budget)に就任する予定です。
 彼の最初の奥さんは、互いにハーバード大学の学部学生であった時にキャンパスで出会ったところの、現在シカゴ大学の英語・英文学教授をやっている女性であり、彼女と別れてからの彼の事実婚の相手は、現在シカゴ大学の哲学者・古典学者にして法律学教授であり、また、彼が昨年結婚したばかりの2番目の奥さんは、ハーバード大学の公共政策の教授サマンサ・パワー(Samantha Power)である、というわけで、彼の歴代のパートナーの凄さは驚きです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Cass_Sunstein
 ちなみに、パワーは、ジェノサイドと人権問題の専門家であり、先般の大統領選挙の際、オバマの選挙参謀の一人だったのですが、ヒラリー・クリントンのことを「モンスター」と呼んだために辞任を余儀なくされています。
http://www.ft.com/cms/s/2/429b4e2a-7261-11de-ba94-00144feabdc0.html
(7月24日アクセス)
 このサンスティーンが、このたび、新たな著書、'Going to Extremes: How Like Minds Unite and Divide' を上梓しました。
 書評を下に、その内容をかいつまんでご紹介しましょう。

2 集団分極化について

 「サンスティーンは、・・・「集団分極化(group polarization)」という現象について論じる。
 諸研究が示すところによれば、特定の案件について穏健な見解を抱いている人は、議論の後には、その見解がより強固になる。
 このことが、テロ、陰謀論、イラク侵攻決定、地球温暖化否定、その他様々な現代における病のよってきたるゆえんを説明することに資する、とサンスティーンは断定(posit)する。・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/2009/jul/10/going-extremes-cass-sunstein-review
(7月25日アクセス。以下同じ)

 「・・・1930年代のファシズムの勃興、1960年代の学生過激主義の出現、1990年代のイスラム・テロリズムの増加、1994年のルワンダにおけるジェノサイド、元ユーゴスラヴィアであった地域やイラクにおける民族間紛争、<イラクの>アブグレイブ牢獄における米兵達による<捕虜に対して>拷問と屈辱を与える行為、2008年の米国における金融危機、イスラエルないし米国が2001年9月11日の攻撃について責任があるとする世界のいくつかの場所において広く流布している話、だって、すべて<集団分極化に>関係しているのかもしれないのだ。・・・」
http://www.spectator.co.uk/print/the-magazine/features/3731248/to-become-an-extremist-hang-around-with-people-you-agree-with.thtml

 「・・・宗教組織、企業の取締役会、投資クラブ、ホワイトハウスの役人達、といった様々な集団に<集団分極化論>はあてはまる。
 サンスティーンは、リベラルが集まってアファーマティブ・アクションについて議論をすると、最終的にはこれをみんながより一層支持するようになるし、保守主義者達が同性同士の結婚について集まって議論するとそれについて懐疑的になる、という自分がやった研究を紹介する。
 裁判所、ラジオ局、チャットルームのように、同じような考えの人々が群れ集う巣窟は、諸過激派運動が醸成される場となる。
 サンスティーンは、あらゆる種類の過激派集団ないしカルトを作り出す一番簡単な方法は、メンバー達を社会のそれ以外の人々から物理的または心理的に隔離することであることを示す。・・・」
http://book.pdfchm.net/Going-to-Extremes-How-Like-Minds-Unite-and-Divide/9780195378016/
(7月25日アクセス)

 「・・・かてて加えて、このような集団の中に権威のある人々がいて、当該集団のメンバー達に何をすべきかを指示したり、彼等に一定の社会的役割を割り振ったりすると、極めて悪しきことが起きる。・・・
 集団分極化は、人々が互いに自分達が知っていることを伝えあい、かつ彼等が知っていることが・・・歪んでいる場合に往々にして生じるものなのだ。
 彼等が互いに耳を傾けあうと、彼等は<あらぬ方向に>動き出してしまう。・・・」(英スペクテーター誌上掲)

 「・・・サンスティーンは、いかなるものであれ、強固に抱かれた見解を「過激主義(extremism)」と呼ぶ。
 しかしもちろん、人々が激しく抱く諸見解がしばしば真実で道徳的に立派であることがありうる。
 つまり、ちょっと滑稽ではあるが、「正当化される」ないしは「良い」過激主義・・例えば、<黒人>市民権運動家達のそれ・・がありうる、ということだ。
 悪しき過激主義者達は、「かたわの認識論」の被害を受けている(彼等は多くを知らず、また知っていることは間違っている)が、良い過激主義者達は「良い感覚をしていて正しい」と言える。
 結局のところ、集団分極化が常に悪いことだというワケではない。
 サンスティーンは、必要なのは、「二次的多様性(second-order diversity)」であると結論づける。
 すなわち、<必要なのは、>たくさんの分極化した集団が公共の場で諸案件について意見を戦わせることだ、と。・・・」(ガーディアン上掲)

 「・・・なお、<サンスティーンは、>望ましくない<集団分極化の>場合でさえ、過激な主張すること自体が大いに意義がある場合だってある<と指摘する>。・・・」(英スペクテーター誌上掲)

(続く)