太田述正コラム#3480(2009.8.24)
<皆さんとディスカッション(続x577)>

<ΑΑΝΝ>(「たった一人の反乱」より)

≫他方、後段は、あなたの知り合いの皆さんは、「政権交代のあかつきには、自民党議員達は、野党利権という小欲に甘んじ、与党利権という大欲は捨て去るだろう」という認識を持っているということをうかがわせるところ、これでは彼等は自民党議員達が必ずしも欲の亡者ではないという認識であるということになりかねず、自己矛盾っぽいよって指摘してあげてください。≪(コラム#3478。太田)

 なるほど。今度議論になったときにその理屈で突っ込んでみます。

≫共産支持者ってのは、革命と生活者目線…どちらを支持してるかによるなあ。≪(コラム#3478。ΑΝΝΑ)

 はっきりしないけど、どちらもうっすらと支持してるんじゃないかな。
 「共産党以外の政党はその時その時の状況次第で言ってる事をコロコロ変えるから信用できない」というような意味の事は言ってたんで。
 まあ自分周りの共産支持者は一人だけだから参考にもならんだろうけど。

<νΑΑν>(同上)

 小沢氏の選挙戦術<(コラム#3478。ΑΝΝΑ)>は角栄譲りだよね。角栄が凄かったんだよな。角栄は人心掌握力と人気を得る力両方備えてたと思うけど、
 小沢にはそこまで人気を得る力は無いよね。小沢党首だった時、首相にしたい人でそんなに%とってなかったし。

≫太田氏の会計学、経済学、・・・を理系とする考え方 ≪(コラム#3478。Chase)

 理系=自然科学と考える立場からするといくら数学使っているといっても会計学とか経済学とかは文系だなあ。
 文系が理系とは最も違う理由は研究の対象が人間の営みだから複雑化することによって従来、公理とされてきたことが通用しなくなることがあることじゃないかと思う。


 軍事学 大艦巨砲主義が航空機の発達によって崩れた。
 経済学 需要と供給は自然に調和する→大量生産ができるようになって需給バランスが 崩れることもあるようになった。
 太田氏の論拠から典拠を上げれば昔はエジソンのような小学校中退者でも経営者になれたが、複雑化した現在の経営環境の中では大卒以上でないと新しい経営モデルは構築できなくなった。

 これは文系が優れているとか理系が優れているとかではなくて根本的な違いの問題なのだと思う。
 A:文系の場合<だって理系の場合同様、学問というのは>、現実の観察→理論化→現実の観察(検証)→理論化(理論の発展)→現実の観察・・ ということを無限に繰り返していく厳しい営み(太田氏)であるけれど、<文系の場合は>、その時点で正しいと判断されたことが、次の時代に間違っているということを判断する際に頭の転換とかしにくいという問題を内包しているのではないだろうか。

 B:逆にいえば今回のサブプライムショックも理系の人間が大量に金融工学に入って理論を構築したが、その理論によって大量のお金が売買されることによって金融そのものが変わってしまい理論が通じず大量の損失を発生させてしまったのも理系が自然科学のつもりで金融工学を弄った結果ではなかろうか。(典拠省略)

<太田>

 適切であったかどうかはともかく、投稿にちょっと手を入れさせてもらったけど、AとBで言ってることは違う話じゃないかな。
 Aの指摘について言えば、理系だって、アインシュタインの相対性理論がニュートン物理学を乗り越えた時だって、一朝一夕に学界の頭の転換はもたらされなかったんじゃなかったかな。
 Bの方の指摘は重要だと思う。
 いわゆる文系の新しい学問・・いわゆる理系の人間がその構築にあずかったかどうかはともかくとして・・が学問対象そのもの、つまり人間や社会の機能の仕方を変えてしまう、ということが大いにありうるのに対し、いわゆる理系の新しい学問が、自然界の機能の仕方を変えてしまうなんてことは基本的にありえないわけだからね。

<νΑΑν>(同上)

≫先の大戦において(略)失った帝国の大きさは、比べものにならないほど英国の方が大きかった、ただし、形の上では英国は勝利し日本は敗北した、(略)両国の国民が抱く先の大戦観、ひいては戦争観は、180度異なります。(略)英国については、アングロサクソンにとって戦争が生業であったからだ、日本については、縄文モードへの回帰があったからだ、という文明論的・・劇画的?・・考察を行った次第です。≪(コラム#3478。太田)

 単に戦争というゲームの勝者・敗者という違いではないかと。
 ベトナム戦争でアメリカの失ったものは大きくないけれど戦争というゲームに負けたというショックは相当大きかったように。

<ΑνΑν>(同上)

 やめろやめろ考え方がまず違うから泥沼化するのは目に見えてる。
 おーたんのマクロ的な物の見方を理解できてないだけだ。

<νΑΑν>(同上)

 別におーたんの縄文・弥生論を否定してる訳ではないよん。
 ただ大英帝国と大日本帝国の比較は論拠として弱いと思っただけよん。

<太田>

 あのオブザーバー紙論説(コラム#3478)に関しては、我々としては、さしあたり、次の三つの戦争観を区別して、考えたり議論をする必要があると思います。
 (アングロサクソンと日本以外の、個別戦争観には立ち入らない。)

 一、人類共通・・戦争体験は楽しい。戦争では虐殺強姦が横行するのが当たり前。戦争は文明を高度化させる。特に、自由民主主義的基盤のある所では戦争は自由民主主義を推進する。
 二、アングロサクソン・・もともとは戦争が生業。だから味方の、そして敵に関してさえも、生命財産の損失が可能な限り少ないような方法で戦争をしようとする。
 (米国はできそこないのアングロサクソンだから、不必要な戦争を行ったり、敵に無条件降伏を要求したりする。)
 三、日本・・日本文明の基調は縄文モード。だから、比較的短期間の弥生モードの時期を除き、戦争忌避、鎖国、非武装、中性化、等が当然視される。

 その上で、

 a:先の大戦で大帝国を失ったにもかかわらず、英国では一の戦争観が維持されたのに、小帝国を失ったに過ぎない日本では一夜にして一の戦争観が廃棄されたのはどうしてか。
 英国と日本が、それぞれ、二、三、の戦争観を持っているためではないのか。
 b:二の戦争観の下で、英国にとって、大帝国を失った等から、戦争によって得られるものが少なくなったため、必然的に戦後英国が関与する戦争が質量共に減少したところ、なお英国が関与し続けている戦争にはいかなるものがあるのかを、我々は注視すべきではないか。
 c:三の戦争観の下で、全球化した現代において鎖国に戻ることはできないため、日本は米国の属国となる道を選んだが、そろそろ「独立」を含むところの、縄文モードと弥生モードを弁証法的に総合した日本のあり方を模索すべきではないか。

といった問題提起を行うつもりだったのですが、極度にはしょって書いてしまったのは、いくら「ディスカッション」だからとはいえ、まずかったなと反省してます。

<ΑΑνν>(同上)

 小泉の新自由主義はアングロサクソンを真似たわけで、おーたんがいくらアングロサクソンを見習えと説いても、今の日本では新自由主義の不信感=アングロサクソンの不信感がかなり大きいと思うんだけど、どうだろう。
 そして一歩進んでるはずのアングロサクソンがなぜ新自由主義で失敗したのか、お得意の文明論的な観点から説明がほしいところ。

<太田>

 もともと、市場原理主義的な考え方は、イギリスにはなかったんだけど、はからずも、できそこないの米国の米国流経済学や保守派のものの考え方にかぶれちゃったってことだと考えています。
 英国の保守党がまずかぶれ、労働党まで相当かぶれちゃってたってわけ。
 今次金融不況とオバマ政権成立の結果、英国(イギリス)はもちろん、米国も市場原理主義を軌道修正しつつあります。

<KT>

 <コラム#3413>「米国における最新の対外政策論(その6)」<を読み>ました。

≫オバマは、「ちょっと待て。こいつら<多国籍企業の連中>は、全然税金を払っていないじゃないか。<しかも、>連中は職を海外に移している。こんなこと、米国人達にとって何かいいことがあるのか」と述べている。・・・ オバマの目論見は、繰り延べ(deferral)として知られている措置、すなわち、企業が収入を米国外にとどめおいて無期限に税金を免れること、を減少させようというものだ。≪(コラム#3413)

 このニュースってその文の意味があったんでしょうか?「頭」が有能だとやっぱり国の力ってすごいなと思いました。
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/090820/39643.html

<太田>

 要するに、金融不況になってから、米国は(英国もそうだけど)、タックスヘイヴン(コラム#3192、3194、3198、3199、3217、3261)に厳しい目を向けることにしたわけで、引用されたような話もその一環であるという認識でいいと思います。

<ΑννΑ>(同上)

 <コラム#3478でおーたんが述べているように、>解散選挙もいいけど最高裁判所裁判官の国民審査も気になる。

<太田>

 今度の総選挙と併せて実施される第21回最高裁裁判官国民審査の対象裁判官は、那須弘平、涌井紀夫、田原睦夫、近藤崇晴、宮川光治、櫻井龍子、竹内行夫、竹崎博允、金築誠志の9名です。
 裁判官、弁護士、検事OB、官僚OB、学者から、それぞれ幅広く選ばれるのはよいとして、基準は法律専門家としての実績の高さによるべきだと思います。
 そのような観点から、官僚出身であるというだけで、法律専門家であるかどうか疑わしい櫻井龍子と竹内行夫は、裁判官としての的格性が疑われるので、私はX印をつけようと考えています。
 すなわち、櫻井は、厚生労働省出身の女性枠から(あの任期半ばで辞任せざるをえなかった横尾和子(コラム#600、2256、2455、2781)の後任として、だからこそダントツに若くして)、竹内は、外務省出身の条約局長経験者枠から、それぞれ選ばれたというだけであって、要は、両名とも単に最高裁に「天下った」だけであると言わざるをえません。
 しかも、櫻井については、旧労働省女性局長として、先進国中最悪の日本の女性差別状況を「放置」しただけでなく、退官後、かかる状況に関し、問題提起をした形跡が全く見られず、竹内については、外務省北米局長や事務次官を歴任したにもかかわらず、沖縄米軍基地問題等を「放置」しただけでなく、退官後、日本の属国状況に関し、問題提起をした形跡が全く見られないのですからなおさらです。
 (以上、事実関係は、
http://www.jdla.jp/kokuminshinsa/2009shinsa.html
による。)

 ちょっと呆れたのですが、この「最高裁を憲法と人権の砦に変えよう!」と呼ばわる「左」系のサイト、私のような観点からの国民審査対象裁判官批判が完全に欠落してますね。

 念のため、竹内行夫について付言しておきます。
 天木直人が、竹内が最高裁裁判官へという新聞辞令が出た時点で、「左」のスタンスから、その次官在任中の業績を批判し、その裁判官としての適格性なし、としていたこと
http://www.amakiblog.com/archives/2008/10/16/#001184
を知りましたが、私の竹内(や櫻井)批判は、官僚時代の業績よりも、法律専門家であるかどうかをより重視した上でのことです。
 裁判所は、最高裁といえども、憲法、法律に基づいて判決を下すわけで、事実上立法論に踏み込むことがあるとしても、法技術論に相当通暁していなければ話にならないからです。
 竹内が「外務省では一、二を争う国際法規に明るい人物とされる(『文藝春秋』2008年1月号 263頁)」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%86%85%E8%A1%8C%E5%A4%AB
なんてのはうわさ話の域を超えないわけであり、条約課長を約1年、条約局長を約1年やった
http://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/takeuchi.html
だけで、竹内が法律専門家であるとは到底言えません。
 各省庁で、その省庁の法規課長的なポストを約2年やった役人や、より適格性があると考えられる、内閣法制局勤務が長かった官僚など、掃いて捨てるほどいますよ。
 現在、国際司法裁判所所長をしている小和田恆(コラム#2374、2960、3043)のように、条約課長約2年、条約局長約3年に加えて、「ハーバード大学、コロンビア大学、ニューヨーク大学などで客員教授として国際法の教授にあたった」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%92%8C%E7%94%B0%E6%81%86
的なバックグラウンドが竹内には皆無です。

 では、記事の紹介です。

 これ、人民網がとりあげてからも随分経ってからの後追い記事↓だけど、

http://sankei.jp.msn.com/world/china/090824/chn0908240933002-n1.htm
http://j.people.com.cn/95952/6735761.html

脱線して申し訳ないが、初めて人民網の記事↑を見た時に、日本籍を取得した支那人俳優と彼女が演じた宋慶齢とどっちが美人か、考え込んじゃいました。

 歴史的なインチキ写真(その疑いがあるもの等を含む)のスライドショーをどうぞ。↓

http://www.nytimes.com/slideshow/2009/08/23/weekinreview/20090823_FAKE_SS_index.html

 台風による大被害への対処ぶりで人気がた落ちの台湾の馬総統、こんな時こそ李下に冠を正さずじゃなきゃいけないのに・・。↓

 ・・・during a news conference on Tuesday Mr. Ma suggested that the main task of Taiwan’s army should be prevention and rescue. “But now our enemy is not necessarily the people across the Taiwan Strait but nature,” he said, adding that an order for 60 American-made Blackhawk helicopters would be cut by 15, and the savings used to buy disaster relief aircraft.
Adding fuel to speculation over his true intentions was the government’s failure to apply last week for membership in the United Nations, a largely symbolic gesture that has occurred annually since 1993.・・・
http://www.nytimes.com/2009/08/24/world/asia/24taiwan.html?ref=world&pagewanted=print
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太田述正コラム#3481(2009.8.24)
<ローマ帝国の滅亡(続)(その1)>

→非公開