太田述正コラム#3349(2009.6.21)
<イラン燃ゆ(支那篇)>(2009.7.19公開)

1 始めに

 イラン騒擾を通じて浮き彫りになってくるITと政治権力とのせめぎ合い等は、より大きな規模において中共において日々続いています。
 そこで、中共の最新状況を垣間見ることにしましょう。

2 ITと政治権力

 「・・・欧米では先駆的な市民ジャーナリストという評判を得ているけれど、中共の若いブロガー達の多くは中共の人々からは自己中心的で見栄っ張りで利己的であると見られている。
 彼等の大部分は、中共が厳格に一人っ子政策を追求し始めた1979年以降に生まれた若者を嘲笑する言葉であるところの「ボク世代」に属する。・・・
 では、彼をして市民ジャーナリストたらしめたゆえんは何か。
 彼は現在の中共の政治状況を心配しているのか、それとも自分を売り込むための手段に過ぎないのか。
 恐らくは、後者の比重が大きいのだろう。
 <そのうちの一人は、>彼をインタビューした人々からカネをとったと非難されたが、彼はそれを否定せず、何らかの方法でカネを集める必要があると語っている。
 「ボク世代」のブロッガーの多くは<彼と>そっくりだ。
 彼等は叛乱的で、醜聞を暴露することに使命感を持っているように見える。
 しかし、彼等はこれを主として自己満足ないし売名のためにやっているのだ。
 これらのブロッガーの過半は政治的に冒険主義的ではなく、大部分は、<上記人物のように、>共産党当局を批判しようとはしない。
 要するに、彼等は非政治的なのだ。・・・」
http://www.atimes.com/atimes/China/KF19Ad01.html
(6月19日アクセス。以下同じ)

 「・・・<ウェイトレスの>トウ(Deng)の事件<(コラム#3340)>は、インターネットが役人の行状に対する大衆の不快感を表明する手段を提供した、最も最近の著名な種々の事件のうちの一つに過ぎないのであって、インターネットが社会的変化の触媒として持つ潜在能力を遺憾なく示したものだ。・・・
 <中共には>3億人もインターネット使用者がいる。・・・
 「それは、アカウンタビリティー、透明性、参加する市民の諸権利、更には、政府は人民に奉仕しなければならない、といった民主主義的観念についての大衆の意識を高める。」・・・
 「今や、これらのより民主主義的な諸価値を共有しているところのネチズン達は、これらの事件を利用して、そのたびごとにほんの少しずつ前進をかちとってきているのだ。」
 中共は、依然として、禁じられた内容が盛り込まれていないかインターネットのトラフィックを何千もの人々に監視させ、かつ不穏な活動を臭わせるようなカギとなる言葉を探し出すソフトを使ってインターネットに関し、全面的かつ精緻なコントロールを行っている。
 しかし、このシステムは無謬ではないし、インターネット使用者達はしばしばこれらの監視システムをかいくぐる方法を見つける。・・・
 もっとも、これらの十字軍的行動のすべてが市民的精神に則ったものとは言えない。
 少なからぬバーチャルな群衆が、悪いことをした役人達に対し、個人情報等を<ウェッブ上に>投稿することによってハラスメントを行った。
 このような群衆に対する渾名は「人肉サーチエンジン」というものであり、彼等の無慈悲な本性がどんなものか分かろうというものだ。・・・
 5月22日、北京の監視システムは、諸ウェッブサイトに対し、<ある>事件について報じるのを止めるよう命じた。
 その4日後には、<この事件の舞台であって、大衆による>攻撃が起こった町であるところの、Yesanguanにおいて、TVとインターネットが切られてしまった。
 この切断についての役所の説明は、落雷に対する「予防的措置」だったという<とぼけた>ものだった。
 インターネットが<本事件について>喧しくなったことで、中共のジャーナリスト達はBadong県に集まってきていた。
 しかし、監視システムがオンになってからは、現地の役人達は、よそ者の流入規制を始め、報道しようとしていた数名のジャーナリスト達は殴られた。
 <本事件を報じていた>ブログも監視システムによって閉鎖されてしまった。
 抗議者達が現地でデモをしようと言い出した時には、揚子江のBadong行きの渡し船も止められた。その表向きの理由は、桟橋の修理が必要になったというものだった。・・・」
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2009/06/19/2003446524


 「・・・<6月4日の>天安門事件の記念日は、そのこと自体よりも、中共のツイッター使用者達にとってもっと重大なのはサイトがブロックされたことだ。・・・
 もっとも、ツイッターはブロックされたが、フェースブックには引き続きアクセスできた・・・

 「<当局は、インターネットを>ブロックしていけれど、全くその目的を達していない。というのは、若者の多くは、既に天安門事件のことを知っており、そんなことはどうでもいいと思っている一方で、彼等は、安全でない食品、腐敗や不公正な裁判といった、彼等の生活の身近で起こっていることには関心が大ありだからだ。つまり彼等は、これらの事柄について話をする場が必要だと思っており、サイトがブロックされると腹を立てるのだ。」
 ほかのインターネットの利用者によれば、ファイアーウォールは教育にも影響を与える。
 上海出身の、匿名希望のある学生は、ウエッブサイトをブロックされると研究に差し障りが生じると言う。・・・
 「これらのウェッブサイトは我々に異なった考えに接する機会を与えてくれる。それによって我々は自分の考え方に影響を受ける。私をこれを頭の革命と呼ぶ。私は支那の人々はもはや簡単にはだまされないであろうことを確信している。これは我々の政府の仕事をずっと困難なものにするだろうし、やがて支那に民主主義をもたらすことだろう。」
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/8091411.stm

3 終わりに

 果たして、非民主主義的な社会であっても、インターネットの普及が進むと、インターネット使用者の大部分が民主主義そのものに何の関心もなくても、当局の規制をかいくぐって、おもしろ半分や売名のために不祥事をインターネットで取り上げる輩が後を絶たなくなり、また、規制が経済や教育研究の障害となるに至ることから、当局が次第に規制に及び腰になり、その結果として民主主義が次第に実現して行くものなのでしょうか。
 私は、そんな甘いものではないと思います。
 民主主義は、自分達の過去に民主主義の基盤となるものを再発見した上で、自らの身に降りかかる大小様々なリスクを顧みずに民主主義の実現を目指す意識が、少なくともエリートの過半において共有されない限り、決して実現はしないと私は思います。
 残念ながら、中共においても、そして現在世界中が注視しているイランにおいても、そのような意識の共有はまだ見られません。