太田述正コラム#3038(2009.1.16)
<ヴィクトリア時代の小説の効用>(2009.7.15公開)

1 始めに

 イギリスは個人主義社会だが、人間(じんかん)主義的側面もある、というのが私のかねてからの主張ですが、要すれば、人間(じんかん)主義がヴィクトリア時代に生まれた、という指摘が、ガーディアンの科学欄と文学欄でなされたところ、それぞれの記事が、それぞれ投稿でケチョンケチョンにけなされています。
 
2 記事

 「・・・<最新の>進化心理学者達の研究によれば、<ブラム・ストーカー作「吸血鬼ドラキュラ」に登場する>ドラキュラ伯爵の嫌悪すべき行為、<ジョージ・エリオット作>「ミドルマーチ(Middlemarch)」に登場するドロシア(Dorothea)の私心のなさ(selflessness)、<ジェーン・オースティン作>「高慢と偏見」に登場するダーシー(Darcy)氏の個人的変貌が、社会秩序の維持に資するとともに、利他的(altruistic)遺伝子がヴィクトリア時代の社会に普及するのを促進した。
 彼らの研究結果は、19世紀以来の英国の小説は、ヴィクトリア時代の社会の価値観を反映しているだけでなく、この価値観を形成したことを示唆している。
 この時期の典型的小説は、平等な社会の徳を述べ立て、個々人が権力や支配を追求するより協力的で愛想が良くあるべきこと(affability)を奨励した。
 例えば、ジョージ・エリオットの「ミドルマーチ」では、ドロシアは富に背を向けて貧者を助けるし、ブラム・ストーカーの夜の恐怖、ドラキュラ伯爵は、貴族支配のひどさを体現している。・・・
 研究者達は、これらの主人公達が、狩猟採集社会の協力的属性を反映する集団に分類されることを発見した。狩猟採集社会においては、個々人の権力と富の追求は地域社会の全体善のために抑制される。
 研究者達は・・・、この種の道徳的文学は、社会全体における公正性と利他主義を支え、かつ醸成すると主張する。「これらの規範を吹き込むことによって、人類は「ただ乗り」や「インチキ」を統制することに成功し、恐らくは社会集団の中で真に利他的な遺伝子が存続することを可能にしているのだ」と。・・・
 何人かの主人公達は、良い性向と悪い性向とを併せ持っていると判断される。例えば、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」のヒースクリフ(Heathcliff)やジェーン・オースティンのダーシー氏がそうだ。
 彼らが指し示す葛藤は、かかる協力的社会秩序を維持することの困難さ(strains)を反映している・・・。
 ストーカーのドラキュラとジョージ・エリオットの<小説に登場する>主人公達は更に黒白がはっきりしている。
 「ドラキュラは貴族であり貴族性の最も暴虐的な姿を体現している。彼は単に威張りくさっている(asserting prestige)だけではない。彼は実際に人々に襲いかかり、彼らの生き血を吸うのだ」と・・・。」
http://www.guardian.co.uk/science/2009/jan/14/victorian-novels-evolution-altruism
(1月16日アクセス。以下同じ。)

 「・・・<ヴィクトリア時代の社会に生きた人々は、>義務感、節度、貞節、ただ飯を食わない、己の分を尽くす、公正に行動する<、といった道徳観を身につけるに至ったわけだが、>こういう話を聞くと、我々は、マルクス主義者達が言うところの「欺瞞的意識」、つまりは幻想ではないかと思ってしまう。
 しかし、これらの諸幻想が結合することによって、ヴィクトリア時代の人々は、未来は投資に価するとの国民的信頼感を醸成するに至ったのだ。
 歴史学者のジョージ・キトスン・クラーク・・彼自身1900年<というヴィクトリア時代の最後の>生まれ・・・は、この時代のダイナミズムのよってきたるゆえんを、英国の下層階級を世俗的宗教性で満たしたところの、福音的キリスト教の復興であったとしている。これが、自己犠牲を喜んで払う性向をもたらしたというのだ。
 ヴィクトリア時代の人々は、社会として、(比較にならないくらい豊かになったけれどカネ遣いがはるかに享楽的になった)我々よりも、その富を惜しげもなくインフラに投資した。・・・
 ・・・ヴィクトリア時代の人々の幻想こそが英国に進化的優位を与えたのだ。
 ・・・ドロシア・ブルーク(Dorothea Brooke)、ヒースクリフ、そして<オスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」の>ドリアン・グレイらの主人公達を多変量解析すると、より大きな善のための結集(cohesion)、集団的努力、そして自己否定、を醸成するところの互いに関連し合うイデオロギー的諸信条が析出されてくる。・・・」
http://www.guardian.co.uk/books/booksblog/2009/jan/14/literature-evolutionary-advantage-university-missouri

3 コメント

 それぞれの記事へのコメントは以下で読むことができます。
http://www.guardian.co.uk/science/2009/jan/14/victorian-novels-evolution-altruism?commentpage=1
http://www.guardian.co.uk/science/2009/jan/14/victorian-novels-evolution-altruism?commentpage=2
http://www.guardian.co.uk/books/booksblog/2009/jan/14/literature-evolutionary-advantage-university-missouri

 簡単に申し上げれば、そんなアホな、たかが小説が時代をつくるわけがあるかい、といった類の投稿ばかりですし、中には、これらの記事が拠った研究を記者達が読み違えている、という投稿まであります。
 どうして批判的な投稿ばかりか、ということについては機会があれば改めて考えて見たいと思いますが、私自身は、この二つの記事を大変興味深く受け止めました。
 少なくとも、イギリスには人間主義的側面もあるという私のかねてからの主張がヴィクトリア時代の英国の主要小説によっても裏付けられる、と言えそうだからです。
 我が意を得たりと思ったのは、最初の記事の中で、人間主義が狩猟採集社会の属性である、という指摘がなされていることです。
 人類史上最も高度に発達した狩猟採集社会たる縄文時代を1000年間にわたって経験した日本が、筋金入りの人間社会というユニークな社会になったのは当然だ、ということになるからです。