太田述正コラム#3295(2009.5.25)
<日進月歩の人間科学(続x5)(その2)>(2009.7.3公開)

3 情報処理能力を高めるにはどうしたらよいか

 (1)鍵は集中力

 「・・・マルチタスキング(multitasking)などというものは・・・神話であることがこの20年来の<研究によって明らかになっている。>
 自分では2つのことを同時にやっているつもりでも、大方は、その2つのことをすばやく交互にやっているだけなのであって、タスクを切り替えるごとにメンタルな効率性を少しずつ損なっているのが実態なのだ。
 簡単に言えば、脳は、異なった種類の情報を様々な別個の「チャンネル」・・言語チャンネル、視覚チャンネル、聴覚チャンネル、等々・・において処理するのであって、一つ一つのチャンネルは、ある瞬間には一つの情報の束しか処理できないのだ。
 そして、特定のチャンネルを酷使すると、脳は非効率的になり誤りを犯しがちになる。・・・
 マルチタスキングが効率的に働くのは、・・・複数(multiple)の単純な作業(task)が完全に別個のチャンネルで行われる場合だけだ。
 例えば、株式市況報道を聴きながら(=言語的作業)洗濯物をたたむ(=視覚的な手作業)といった場合だ。
 しかし、現実の生活の中で、こういった条件が整うことは希だ。・・・
 <今日の米国の社会生活では、>・・・「継続的部分的集中(attention)」が、我々の疲れ切った精神状況を描写する新しい表現<であると言えよう。>
 米国のホワイトカラーは、どんな単一の作業についても、数分間しか集中していない。
 何も他から働きかけがなくても、彼らは大抵は自分達自身で作業を中断する。
 一回中断するごとに生産性が25分間前後損なわれるため、我々は一日の勤務時間の3分の1近くをこの生産性の低下から回復するために費やしている。・・・

 心理学者達が実行機能(executive function)と呼ぶところの集中的自己制御(attentional self-control)は、我々の集中に係る営みの文字通りの中枢だ。
 それは、我々を集中力を賢明に用いるか下手に用いるかを決める。
 当然のことながら、集中力の用い方について、得手である者と不得手である者がいる。・・・
 ・・・人間はいつも幸せというわけにはいかないが、いつも集中(focus)していることは、まんざら不可能ではない。・・・
 神経科学者達は近年、仏教徒達に入れ込んでいる。
 彼らの集中力を高める訓練方法は、非仏教徒に対してすら、あらゆる種類の功徳を明らかにもたらすからだ。・・・
 <仏教における>瞑想は、人間の集中力をより「粘着的」でなくする結果、通常の脳ではできないような、すばやく切り替わるイメージの断片を知覚することができるようになる。
 それは、同時に人間の気分を高揚させる、ということも知られている。これがまた、再帰的に集中力を高めうる。
 実際、前向きの感情は、人間の知覚領域を拡大することが研究によって明らかにされている。仏教の僧侶の脳においては、「無条件の愛情溢れる親切さと同情」の気持ちで瞑想するように求められた場合、瞬間的に瞠目すべき変化が生じる。
 彼らの左前頭葉(left prefrontal cortices。前向きの感情を司る)は活発化し、新米の瞑想者に比べて30倍も強力なガンマ波を生み出し、その波は、麻酔が効いている患者によく見られるものと同じような波形を示す。
 ・・・集中力は有限の資源であるので、ある心理学者の計算によれば、1秒間に110ビットの情報までにしか対応できない。これを平均的な人間の生涯に引き延ばすと1730億ビットということになるが、集中力の対象としてその瞬間瞬間に何を選択するかが、文字通り、我々の人生を形作るのだ。・・・

 <ネズミを使った実験によれば、最もやる気を起こさせる報酬は、恒常的な報酬ではなく、でたらめ(at random)に与えられる報酬だ。>
 ・・・<ちなみに、>でたらめ性は、インターネットの最大の特徴だ。
 <インターネットには中毒性がある。一日中インターネットをやっている人は、小量ずつ阿片を摂取し続けているようなものだ。>

 欧米特有の集中力問題への解法は、意思の力の問題を巧みに回避し、脳をヤク漬けにすることにもっぱら焦点をあてる。
 我々は、これを何世紀にもわたって、お茶、たばこ、<様々な覚醒剤>へと手を変え品を変えてやってきた。最近では、<そのためのありとあらゆる神経増強剤(neuroenhancer)が生まれてきている。>
 こうして、健康な人々が超人間的な集中力を生み出すことができるようになった。・・・
 神経増強剤は、これを処方箋なしに服用するのは現在違法だが、大学の学生の間でははやっている。(大学によっては、25%もの学生が服用を認めている。)・・・
 締め切り間近のジャーナリスト、重大な外科手術を行う医師、ポーカーの試合への参加者、補助金申請書を書くのに追われている研究者<等が神経増強剤を使っていると噂されている。>
 チェスのプロの世界でも、対局の際に薬物検査を実施すべきか議論が起きているほどだ。・・・

 集中力はパラドックスをはらんでいる。
 というのは、集中力は気を散らす力(distraction)と裏腹の関係にあるからだ。
 この二つは共生関係にあり、意識における心臓収縮期と心臓拡張期なのだ。・・・
 
 仏教徒の中には、最も上級の僧侶達は、一種「世界チャンピオン級のマルチタスク者」だと信じている者もいる。
 つまり、これらの僧侶達は、長年の瞑想により、彼らのメンタル・プロセスを、その他の人々にとっては扱い得ないほどの情報過多状況に十分対処できるほど現実に加速することができるようになっているというのだ。
 真に賢明な頭脳は、気を散らす力をなくすのではなく、御す。
 <実際、気を散らす力のない人は、精神分裂病や強迫性障害(OCD=Obsessive-Compulsive Disorder)等、いくつかの精神疾患の症状と似た<症状を呈する。>・・・
 
 <幸い(?)、>研究が示唆するところによれば、<インターネット時代が到来してからというもの、脳が「進化」し、>我々は新しい技を身につけつつある。境界視力(peripheral vision)と情報を迅速にふるい分ける能力の向上だ。・・・」
http://nymag.com/news/features/56793/
(5月23日アクセス)

 (2)感想

 情報過多時代の到来という背景の下、日本人が仏教、就中禅に関心を失いつつある一方で、欧米では、チベット仏教等の瞑想を重視する仏教への関心が、最新の人間科学を踏まえ、高まりつつある、というのは面白いと言うべきか、悲しいと言うべきか。

4 終わりに

 幸せになるにせよ、情報処理能力を高めるにせよ、その王道は、精神の鍛錬である、ということのようですね。
 このことを、2000数百年前に唱えた釈迦の先見性には、改めて脱帽せざるをえません。

(完)