太田述正コラム#3262(2009.5.8)
<シリアついに豹変へ?(その2)>(2009.6.17公開)

3 シリアついに豹変へ?

 時にははずれることもあるけれど、十中八九は国際情勢に関する大胆な予測を的中させる、気鋭の評論家のセイモア・ハーシュ(Seymour M. Hersh。コラム#772、1172、1178、1676)は、次のように記しています。

 「イスラエルが議論が喧しかった21日間に及ぶガザでの軍事作戦を1月18日に終えた時、それはイスラエルとシリアとの間の、展望が明るかったところの平和交渉の終わりをも同時に意味するように見えた。
 この両国は、トルコを仲介にしてほとんど1年間交渉を行ってきた。
 そして・・・外交関係の正常化について、原則的に合意が成立するに至っていた。・・・
 しかし、カタールで1月半ばに開かれたアラブ首脳会議で、バシャール・アサド・・・は、<イスラエルを強く非難し、>ゴラン高原をめぐる交渉は終了させたと述べた。
 にもかかわらず、イスラエルがガザで休戦に入ってから数日経って、アサドは私(ハーシュ)にEメールで、イスラエルは「平和への展望を掘り崩すあらゆることをやってのけた」けれど、自分はまだ交渉を妥結させることに関心があるところ、「事態がどう展開し状況がどう変わるのかを見極めるためには少し時間がかかる」と書いて寄越した。「我々は、依然として、平和へと導くため、真剣な対話を完結させる必要があることを信じている」というのだ。
 <事実、イスラエルの総選挙の結果、右派連立政権が樹立されたにもかかわらず、欧米の消息通の間では、両国間の交渉は続くだろうという見方がもっぱらだ。>
 この交渉の成否は、米国がどれだけ仲介者として行動する意欲があるかにおおむねかかっている・・・。・・・
 シリアはイラン及びパレスティナ問題に対処するにあたっての戦略的鍵(linchpin)たる国であり、オバマがかつて言ったように、「中東ではあらゆることがつながっている」ことを忘れてはならないのだ。・・・
 シリアは、1993年のオスロ協定<が締結されて>以来、一貫してイスラエルとサシで交渉しようとしてきた。・・・
 イスラエル人や米国人で中東での交渉に関係してきた多くの人々は、ゴラン高原での取引は、シリアの最も緊密な同盟国であるイランを孤立させることができるかもしれない上に、ハマスと・・・ヒズボラに対するシリアの支援を減少させるかもしれないと信じている。・・・
 バシャールは、大統領になった時、弱冠34歳だったが、彼は<父ハーフェズや兄バシルよりも>劣った人物であると言われていたものだ。
 その彼は、爾来、経済の近代化と国内の反対勢力の弾圧によって自分の権力基盤を固めた。彼と話すと、彼が権力をふるうことを楽しむようになっていることは間違いない。・・・
 アサドは言う。「<ゴランの>土地そのものについては交渉の余地はないし、イスラエル<もそのことをよく分かっている>」と。しかし、彼は妥協は可能であることを示唆する。「線引きをするだけのことだ」と彼は言う。「我々は<両国>関係、水、その他あらゆることを交渉する<用意がある>」と。
 <この交渉に通じている人々の多くは、>イスラエルとシリアとの間で手打ちがあるとすれば、それはゴラン高原に入植しているイスラエル人達への補償と、しばらくの間における<同高原の>土地への<旧入植者等の>アクセス権が含まれることになるだろうと見ている。・・・
 <ネタニヤフ連立政権の>外相、・・・アヴィグドール・リーベルマン(Avigdor Lieberman)は・・・(他の土地とは違って)シリアとの間での土地と平和を交換する合意は一切拒否すると言ってきたが、<前政権から留任した>国防相のエフード・バラク・・・は、一貫してシリアとの対話を支持してきた。
 最近の世論調査では、イスラエル人の過半はゴラン高原からの完全撤退は支持していない。
 ネタニヤフ自身については、明らかに選挙対策であったと思われるが、総選挙の2日前に、ゴラン高原は返還しないと宣言している。・・・
 ・・・この対話が進展を見せるためには、・・・<両国間での>直接交渉へと<交渉が>転換されなければならないが、これにはオバマ政権の支援と関与が必要だ。・・・
 ・・・というのも、ゴラン高原に入植しているイスラエル人が引き揚げるためには3年から5年かかるからだ。
 だからこそ、アサドは米国の関与を欲しているのだ。
 <合意の履行を見守る第三国が必要不可欠である、というわけだ。>・・・
 <その米国のオバマ政権は、米国がこの交渉に関与する前提として、ダマスカスにあるハマスの連絡事務所の閉鎖をもはや条件とはしていないが、シリアがハマスを軟化させ、ハマスに対して、イスラエル及びパレスティナ当局との紛争を平和的に解決するよう促すことを求めている。>・・・
 昨年の10月、<ブッシュ政権の下で、>米軍はシリア領内を襲撃し、8人の人々を殺害した。そのうちの1人は「メソポタミアのアルカイダ」の上級要員であるとされている。・・・
 <しかし、この>ブッシュ時代が幕を閉じる頃合いを見計らって、<早くも>米国の同盟諸国はシリアとの接触を始めている。
 <英国の外相がアサドに会いに行ったことはブッシュ政権を怒らせた。チェイニー副大統領は、これは裏切りであり背中を一刺しされたようなものだと語ったと伝えられる。>・・・
 <米国内からもカーター元大統領のように、シリアに出かけてアサドに会っただけでなく、ハマスのトップのハレド・メシャルにまで会った有力人物が出てきた。これは、実は、大統領になる直前のオバマの政権移行チームによってお膳立てされた動きだった。>・・・
 <しかし、バシャールは、アラブ世界で確立した名声・・最初に米国による対イラク戦に反対したこと、及びイラン・ヒズボラ・ハマスに対して継続的支援を行ってきたことのたまもの・・をフイにするような形で、イラン・ヒズボラ・ハマスを切り捨ててイスラエルと交渉を妥結させる、というわけにはいかない。・・・
 しかも、当時ヨルダンにいたメシャルの毒殺に成功する一歩手前まで行ったのはネタニヤフがこの前にイスラエルの首相であった時であり、この時は、ヨルダンと米国の要求に屈して、ネタニヤフ政権は、解毒剤を渡してメシャルの命を助ける羽目になり、これを契機にメシャル、すなわちハマスの最高指導部はシリアのダマスカスに居を移したという経緯もある。・・・
 ハリリ暗殺事件へのシリア関与疑惑についても、現在なおくすぶり続けている。
 もっとも、暗殺当時のフランス大統領のシラクが、ハリリの友人であったために、フランスとシリアとの関係が険悪化したものの、シラクの退陣以降、領国関係は改善されている。>
 アサドは、私とのインタビューでこう言った。
 「我々は民主主義の国ではない。私は我々が完全だなどとは言わない。しかし、我々は前に進んでいる」と。
 そして、彼はシリアが<米国に>何を提供できるかを強調した。・・・シリアは世俗的な国家であり、米国はシリア同様、アルカイダとイスラム過激主義という共通の敵に直面している。また、ブッシュ政権はイスラム原理主義者達をグループとして「追っかけ回さなければならないと思い込んでいたが、頭の中にある観念に対処するにはどうすべきか。色んな方法がありうるが、軍事力を使うなんてことは下の下だ」とアサドは語る。
 オバマについて、アサドはEメールで、「彼が国際政策遂行手段として戦争ではなく外交を用いると語ったことに満足している」と語っている。・・・
 オバマ政権はこれからの何ヶ月かの間にむつかしい外交的選択を行わなければならない。
 アサドはオバマ政権に対し、シリアは米国のイラクからの撤退を容易にすることが可能だし、米国がイランと話をすることを助けることができると伝えている。
 オバマ政権は、タリバンの脅威に対処すべく悪戦苦闘していてアフガニスタンへの関与を深めようとしているし、米国がこれまでイスラエルのために良かれと長期にわたってイスラエルを支えてきていることを考えても見よ。・・・」
http://www.newyorker.com/reporting/2009/04/06/090406fa_fact_hersh
(4月4日アクセス)

(続く)