太田述正コラム#3330(2009.6.12)
<皆さんとディスカッション(続x513)>

<太田>

 本日は、力作投稿が目白押しなので、まず連絡事項的なものから始めましょう。

 コラム#3329「革命家トマス・ペイン(その2)」(未公開)の訂正です。

「『農業的正義(Agrarian Justice)』の中では、21歳の誕生日にすべての人に一定のかなりの額のカネを支払い、もう一度こういった額のカネを50歳以上のすべての人に[毎年]支払うことを提案したのだから。・・・」

と、[]内の文言を挿入してください。
 ペインは、米国で初めて公的老齢年金制度の導入を唱えた人物でもあったのです。

<親衛隊員>

 文献紹介です。
 林忠崇(上総請西藩1万石藩主)<(コラム#3328)>の生涯については「脱藩大名の戊辰戦争  中公新書」という手頃な書籍があります。この本は「軍事史学(軍事史学会機関紙)」の書評でも紹介されています。     

<ΑΑΦΦ>(「たった一人の反乱」より)

 下ネタ投下しても大丈夫そうな雰囲気だな。

 イングランドで発達した国教会と日本で発達した複数の宗教の混在を受け入れる宗教意識は“個人と集団”が倫理的な拘束をあまり感じる事無く比較的自由に行動する事を可能にした。
 実際、両国の宗教においては道徳体系は著しく相対主義的で実用主義的だった。
 何が悪で何が善なのかについて著しく曖昧であった。
 既に(中世において)近代資本主義の“開かれた”相対主義的道徳が存在していたのである。
 異例に「自由な」経済がイングランドと日本の両国で発達しえたのは、市場、富の自己目的的な追求、貨幣(日本においては代替物として米)の広範な普及といった、消費者資本主義的の中心的な特徴が異例な特質を持った二つの島国で発達したのである。
(マクファーレン著 『資本主義の文化』 序文 から抜粋)

 異例に自由な日本の二次ポルノが海外(主に米国)で問題に。

1.発端はアマゾンUKで流通していた日本のポルノゲームがイギリス議会で糾弾される。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/amazon-selling-rape-simulation-game-14183546.html
2.米国に飛び火しニューヨーク市議会で日本のポルノゲーム ボイコット活動が起こる。
http%3A%2F%2Fwcbstv.com%2Flocal%2Fvideo.game.rape.2.941744.html
3.日本の二次ポルノが女性差別撤廃条約違反?米国の市民団体が日本政府に抗議。
http://www.equalitynow.org/english/actions/action_3301_en.html
4.これを受けて与党が規制を検討→二次ポルノのゲーム会社は自主規制を始める。(典拠省略)

悪徳は社会の反映(A vicious refrection of society)
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/mar/04/women-gaming-violence-computer-games

 なぜ性的な暴力は非性的な暴力と比べて悪く、特異な事として考えられるのだろうか。
 この種のポルノを無くせば現実のレイプ文化は無くなるのか。
 イギリス議会でのポルノ糾弾を受けて、ガーディアンの問題提起。
 (コラム、人間は残虐行為が好きだに関わる問題?)

日本での自主規制を受けてイギリス人の反応↓
http://www.reghardware.co.uk/2009/06/05/japan_rapelay_ban/comments

関連 ハンドレイ裁判
“日本のエロ本(漫画)”を持っていた米国男性、児童ポルノ法違反で有罪になる
(※米国の児ポ違反は最長で15年の懲役みたい)
http://wiredvision.jp/news/200905/2009052923.html

 アメリカどうしちゃったん?

<太田>

 惜しい。
 もうちょっとちゃんとした文章にしたらコラムになるのに。
 マクファーレンのその本、これまた買ってツンドク状態なのを、先に引用されちゃったな。

<φφΑΑ>(同上)

 <おーたんは、>
右のテレビからは 左と言われ
左の出版社からは 右と言われ
右とか左とか つまらないからやめろと言い
<某2チャンネラー>にデクノボーと呼ばれw

 南京事件では左寄り、慰安婦問題では右寄り。おーたんらしいなw
 個人的には慰安婦問題は南京事件に比べて歴史学的研究が進んでいない分野のような気がする。比較的最近のニュースだとこんなんあったし。

「敗戦後、慰安婦を看護師として雇用/日本」
「共同通信が文書公開…軍務員にして隠ぺいした可能性」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=101567

 以前、優秀な歴史家云々の話(#3255)があったけど、日本が情報公開後進国であることと、予算面で人文系を冷遇してるってのも原因かも。

 「歴史的な公文書の全面公開である。先進民主主義国並に、少なくとも30年を過ぎた公文書はすべて公開すべきである。まして1945年以前の公文書は全面的に公開すべきである。この点は情報公開法でも取り上げられていないのでさらに追求する必要がある。」
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper33.htm

 「旧海軍が重要書類焼却を命じた通達文書、英国立公文書館にて発見(追記有) 」
http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-415.html

 「人文系は一部大学(たぶん旧七帝中心)を除いて、基礎教育科目以外は不要というのが、財務省の案だ。だいたい枕草子における助詞助動詞の特徴などの研究が、外部資金を得るのは簡単じゃないだろう。枕草子で、何か新しい金儲けの種ができるわけではないからなあ。
 あの拝金主義といわれる中国でも、敦煌や吐魯蕃文書の研究を保護しているというのにね。日本でいえば、木簡や正倉院文書研究に特別に研究所を建てる、ようなことを中国はしている。」
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/05/5200_3717.html

<太田>

 これも、手を入れりゃコラムになるちゅうのに。
 半年にコラム2〜3篇書いてくれりゃ、名誉有料会員だよ。

<φφΑΑ>(同上)

≫<朝鮮半島の植民地統治への>遺憾の意の根拠≪(コラム#3328)

 民族差別があった、でいいんじゃないかな。

<ぶんた>

 「朝鮮半島の植民地支配について天皇陛下が遺憾の意を示すことは、日本の国益につながる」側で、力不足ながら頑張ってみます。

 僕はそもそも韓国人が「反日」一色であるかのような見方に異論があります。
 今までの付き合いの中で経験上、かなり多くの韓国人が、本音のところでは日本人の長所を理解し、敬意を持っているように思えるからです。
 韓国人と話すと、日本人には想像もつかないほめられ方をすることがあります。
 いわく、「日本の石畳は素晴らしく整っている」、「お菓子の袋が手ですっと破れるのは世界で日本だけ」などなど。これは、彼らに最初から「日本はすごい。細かいところまで気配りが届いている」という先入観が深くあるために、そういうところに気がつくのではないでしょうか。

 日本人について、正直、勤勉といったイメージも根強く、とにかく「きちんとした仕事をする人たち」という日本人に対する印象は、かなり韓国人の中で共有されていると思います。
 これは北朝鮮人も同じで、中国で出会った何人かの北朝鮮人は「アジアで一番、信頼できるのは日本人だ」と言っていました(苦笑)。
 聞くところによると、北朝鮮における日本製品への信頼とあこがれは、ほぼ「信仰」の域にあるようです(だから、経済制裁は精神的には効いているかも)。

 ですから、韓国人の立場から見たって、論理的に考えれば、日本人は1945年以前の朝鮮半島でも「良い仕事をした(良いことをしたとまでは言わないにせよ)」に決まっているわけです。
 もちろん、表面的にはそんなことは言えない、それどころか日本の悪口を言うことを奨励する雰囲気が韓国を覆っているのは事実ですが、ものを考える人たちの中には、日本の植民地時代の功績や遺産を評価している人だって少なくはないのではないでしょうか。
 
 インテリほど「隠れ親日」が多いという仮説を補強するデータとしては、昨年9月にCSISが公表したレポートがあります。Confidence and Confusion:National Identity and Security Alliancesin Northeast Asia By Brad Glosserman and Scott Snyder
http://www.csis.org/media/csis/pubs/issuesinsights_v08n16.pdf

 これは、日韓の外交問題にかかわる学者や官僚、著名ジャーナリストなどへのインタビューと、メールによるアンケートによるもので、サンプルも少なく科学的なデータとは言えませんが、一つの参考にはなると思います。
 この中で、韓国側の80%超が「個人的には日本に親近感を覚える」と解答し、87%が日韓は同盟関係であるべきだと答え、89%が朝鮮半島の統一後も日本と同盟関係にあることに賛同したということです。

 中国が明らかに現在、全体主義国家であり、おそらく将来にわたって全体主義国家であり続ける以上、どこかで自由民主主義国である日本と相いれない対立点を迎える可能性は、あると思われます。
 そうした事態へ備える意味で、韓国をしっかりと、こちら側に引きつけておくこと、そして韓国の拡大(北の併合)をぶれずに後方支援することは、日本の安全保障にとって、また国益を守るという観点からも重要ではないでしょうか。
 であるならば、本音は日本と組みたいんだけれども、過去の歴史が悔しく、悲しく、また妬ましくて素直になれない隣国に手を差し伸べる価値は十分にあると思います。
 日韓の価値観は、自由民主主義国だという意味でも、また35年にわたって同じ国だったという意味でも、相対的にはかなり近いわけですから。

蛇足:従軍慰安婦問題など、個別の問題については、個人的には、韓国人に議論をふっかけられたら反論する、だけどわざわざこっちから持ちかけることはしないという方針です。たまに理解してくれる人もいるけど、たいていは疲れるだけだからね。慰安婦問題の「濡れ衣度」が高いのは確かだと思いますが、韓国人に限らず、米国人であろうと欧州人であろうと、簡単に納得はしてもらえません。

<MS>

 私は、日本政府や投稿されている皆さんとは違う点で、日本国として韓国国民へ詫びるべきことがあるように思います。

1. 大日本帝国が、日韓合邦という国家戦略自体を結果として頓挫させたこと。

 日韓合邦後の大日本帝国では、朝鮮人、台湾人を含む全国民が、兵役、労働といった形で、責務を果たしていました。
 特に朝鮮人は、日韓合邦の際にも、大韓帝国の廃止という非常に大きな犠牲を払っています。
 にもかからず実際には、敗戦後朝鮮半島は米ソの分割占領を経て、朝鮮戦争そして38度線における南北分断という悲劇に見舞われます。
 もちろん朝鮮半島における悲劇の主要な原因は大日本帝国を瓦解させた米国にあり、日本の謝罪は米国への謝罪要求が前提です。
 しかし原因は何であれ、最終的に朝鮮人の多大な犠牲にほとんど報いることができなかったことに関して、日本国は遺憾の意を表明すべきです。
(朝鮮人日本兵: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B5
朝鮮戦争、米ソ分割:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%88%A6%E4%BA%89
 米国の責任に関しては、コラム#3324や『防衛庁再生宣言』(2001年)の第9章(209〜217頁)で言及されているマクマーレンのメモランダム。)

2. 戦後の日本人が、「国家戦略」を「吉田ドクトリン」へと変更し、かつての同胞の悲劇に目をつむり続けたこと。

 戦後の日本人は、日本列島が、地政学上比較的安全であり、米国にとって利用価値のあることを良いことに、あろうことか「吉田ドクトリン」を「国家戦略」に据え、手のひらを返したかのように、かつての同胞の悲劇に目をつむり、ひたすら自らの経済的利益のみを追求してきました。
 これはかつて大日本帝国のために共に血を流した朝鮮人に対する裏切り行為に他なりません。このことに関して、心の底から謝罪すべきだと思います。

 以上の2つを、(戦後の日本国が天皇を通して戦前の大日本帝国と国体を一にしている以上、)天皇が訪韓の上、行うべきだと思います。
 そのためには、当然のことながら、「吉田ドクトリン」から決別することを決断しなければなりません。
 その上で、日韓の拉致被害者の奪還、及び北朝鮮の体制の打倒のため共に血を流し、新たな安全保障の枠組みを東アジアに構築していく中で、日本と朝鮮の紐帯は、もっと成熟したものになっていくと思います。

<太田>

 φφΑΑ、ぶんた、MSのお三方のうち、「φφΑΑ」さんは植民地統治そのものについて正面から答え、「ぶんた」さんは将来に向けての戦略的観点から答え、「MS」さんは戦後史ないし戦後日韓史の観点から答えられました。
 「φφΑΑ」さんの答えには違和感を覚えます。
 法的には朝鮮半島の住民を差別しなかったし、事実上もほとんど差別はなかったからです。(戦後はむしろ、朝鮮半島出身者及びその子孫を逆差別の対象としてきたところです。)
 一方、「ぶんた」、「MS」ご両名の答えには違和感を感じません。
 特に、「MS」さんの答えは、私の過去のコラムを踏まえた鋭いものです。
 「MS」さんの答えも念頭に置きつつ、私の考えを申し上げます。

 支那は、恐ろしく回り道をし、時間をかけつつも、ついに自ら、経済的離陸に成功しました。
 果たして政治的離陸にも成功するかどうかは、支那にとって、今後の最大の課題ですが・・。
 ところが、韓国は、戦前、既に経済的離陸と政治的離陸の基盤を日本帝国によって整備されており、戦後の経済的離陸、そしてそれに引き続く政治的離陸は、この基盤の下での論理的帰結に他なりません。
 (仮に、(李氏)朝鮮ないし大韓帝国が続いておれば、このような基盤整備は容易にできなかったことでしょう。)
 仮に、朝鮮半島が現在も日本帝国の一部であれば、このことは、必ずしも問題とはされなかったと思います。
 日本帝国内の後進地域が先進地域化したというだけのことだからです。
 ところが、幸か不幸か朝鮮半島、すなわち韓国は、戦後、日本帝国が解体されたために、日本とは別個の国として再び歩み始め、現在に至っています。
 このため、韓国は、自前の、というか自己完結的な現代史を描くことができないのです。
 「収奪的でない」宗主国の植民地としての過去を持つ国の悲哀ってやつです。
 このように、(20世紀初めに朝鮮半島を獲得したことも、戦後朝鮮半島を手放したことも、どちらも積極的に行ったことでは必ずしもないとはいえ、)自己完結的な現代史を韓国から奪ってしまった我々の祖先に代わって、我々子孫たる日本人は、韓国、ひいては朝鮮半島の人々に対して遺憾の意を表すべきである、と私は思うのです。

 私のこのような発想の拠って来るゆえんは、日本が戦後、奇しくも「収奪的でない」宗主国たる米国の属国として歩むはめになったことです。
 属国と植民地とは違いますが、日本にとって、自己完結的な戦後史を書くのが困難な状況が続いているという点では両国の状況は似通っています。
 日本が米国と合邦するのであれば、そんなことをさして気にする必要はありませんが、合邦を考えている日本人などほとんどいません。
 ならば、「独立」を考えるのかと言えば、それもない。
 このことを嘆いている私からすれば、日本の植民地だったがゆえに自己完結的な現代史を描けないことに深く傷つき、そのやり場のない怒りを日本にぶつけ続けてきた韓国の人々は、まともであり、敬意を抱かざるをえない存在なのです。 
 
<globalyst>

 --日本の離婚事情--

≫さて、日本の結婚/離婚事情はどうなっているのでしょうか。≪(コラム#3232。太田)

 結婚して15年もすると結婚よりも離婚の方に自然と関心が向かいます。もちろん、法的にも離婚が結婚に先立つ問題ですが。

 まず、現行法<民法第763条〜第771条>は、離婚の形態として、協議上の離婚<第763条>と、裁判上の離婚<民法第770条>とを規定しています。裁判上の離婚をする場合は先ず家庭裁判所に調停の申立てをしなければならず(調停前置:家事審判法18条)、この調停において夫婦間で離婚の合意がなされれば調停離婚となります。調停中に家庭裁判所が職権で離婚の審判をすれば審判離婚となります。が、実際上は殆どが協議離婚となっています。
 協議離婚は、日本が世界で初めて法律で認められた制度で(台湾の民法1049条も無条件で協議離婚を認める。)、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A2%E5%A9%9A

 夫婦が離婚に合意して離婚届を提出すれば離婚が成立するので簡単です。日本の協議離婚は「世界でも類を見ないほどの離婚の自由を認めた規定」で、フランスでは、協議離婚の際には裁判官の前で意思の確認がなされ、ドイツでは、夫婦が離婚に同意している場合でも、離婚原因はあくまで破綻であり、一定期間(1年以上)の別居が破綻を認定する条件として要求されるそうです。
http://www.sakurai-h.jp/article/9262371.html

 米国での離婚は更に複雑みたいです。以下のURLに一例としてカリフォルニア州での離婚手続が簡単に説明されています。
http://www.us-lighthouse.com/daijiten/e-2094.html

 世界的に見ると日本の離婚はどうなのでしょうか。離婚率(人口千人当たり離婚件数)で比較すると(1999〜2002の大まかな統計ですが)、ロシア、ベラルーシ、米国、ウクライナ、キューバ、チェコ、韓国、ベルギー、オーストリア、デンマークがベスト10で、これより下位では、大まかにプロテスタント系諸国、イスラム系諸国、カトリック系諸国の順でしょうか。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9100.html

 社会主義国に混じって米国の「3位」というのが、彼の国の社会の問題を象徴しているように見えます。
 日本は2.3(平成14年)で22位となっており、簡単に離婚できる割には低いと評価できそうです。なお平成20年のデータでは千人当たりの離婚件数は1.99となっています。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei08/index.html

 一概には言えないと思いますが、離婚と社会制度や宗教との間には関連がありそうです。

日本の離婚率の経時的変化
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2777.html

を見ると、1898年(明治31年)の民法施行以前は離婚率は概ね3ぐらいで、その後急速に低下しており、民法施行の影響が明確に現れています。
 この点、

(1)旧民法においても協議離婚によって離婚できたこと
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A2%E5%A9%9A

(2)江戸時代には所謂三行半で離婚(離縁)していましたが、夫が勝手に三行半を妻に突きつけることは事実上難しかったので、今と同じように当事者の合意によって離婚が成立していたと考えられること
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A2%E7%B8%81%E7%8A%B6
http://www.senshu-u.ac.jp/koho/ns-web/article/0306/0306-05-01.html

を勘案すると、民法によって離婚が法制化されても、離婚の要件は江戸時代から実質的に変わらなかったと考えられますので、民法の施行によって社会制度、特に、家制度が変わったために、離婚率が大きく変化したのではないかと考えられます。
 つまり、旧民法の家制度は、「江戸時代に発達した武士階級の家父長制的な家族制度を基にしている」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E5%88%B6%E5%BA%A6

とされますが、実は、江戸時代のそれとは全く別物だったのではないでしょうか。
 言い換えると、明治政府は民法制定に際して「家制度は江戸時代の家制度を引き継いでいる」と言いながら、その実体、特に妻の地位について、は全く別物で、明治政府の考える国家(弥生モードの国家)に適した家制度だったのでしょう。
 離婚率の急激な変化に、家(家庭)レベルでも「意識的に江戸期の縄文モードを弥生モードへと切り替え」(コラム#827。太田)たことが見てとれる思います。

 更に、離婚率の変化を見ると、戦後離婚率が漸増していることが分かります。
 今は離婚率は2ぐらいですが、グラフの感じからは、前回の弥生モード以前の状態(江戸時代)の離婚率3以上の状態へ向かうのではないでしょうか。

<太田>

 これは、後ちょっとでコラムになる、と言ってもいいですね。

<ΑΦΦΑ>(「たった一人の反乱」より)

≫雑多なアイテムを羅列 ≪(コラム#3328。MS)

 今は抽出してるだけですから。最後に読みやすいように整理します。

≫重要度 (同上)

 「表芸:安全保障論・国際問題論、裏芸:国内政治論」の評論家であるので、それなりの気は使ってます。

 おーたん、
*安全保障論[[属国論と吉田ドクトリン]][[安全保障]][[核武装]]
*国際問題論[[オバマ政権]][[歴史認識]]
・・・・・・ってな感じのトップになってるけど、たとえば、国際問題論には中共、北朝鮮、イスラエル・パレスチナなども必要でしょ。
 必要なトップの項目を考えてください。
 また、アングロサクソン論は国際問題論に入れたほうがいいかとか。
ちなみに、私の抽出作業は、1日5〜10コラムとして、あと45日〜90日掛かりますw一応3ヶ月計画ですw

<φΑφΑ>(「たった一人の反乱」より)

 図解もほしい。

<太田>

 申し訳ないけど、とてもそこまで手が回りましぇーん。

 「ΑΦΦΑ」さん。既に有料読者だったら次回から名誉有料読者に、まだ有料読者じゃないのなら、ただちに有料読者にしますよ。
 メールください。

 記事の紹介です。

 --不平等の中で、玉砕まで戦ったのはなぜか〜『皇軍兵士の日常生活』一ノ瀬 俊也著(評者:尹 雄大)--
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090611/197296/?top
↓↓↓

 〈戦後にいたってなお、人びとの心のなかに軍隊あるいは徴兵の存在を是認する、ある種のプラスのイメージが残っていたことも事実である〉
 ここでいう「プラスのイメージ」とは、「規律正しい良いところ」「社会生活の基本が身についた」というものだ。政治家や文化人がときおり、若者のモラル欠如を徴兵制の復活に絡めて発言するのは、軍隊生活による規律向上を期待してのことだろう。

→そりゃ平時の話だよ。戦時に軍隊生活をした人がそれを懐かしむのは、人間は戦争そのものが大好きだからなの。その上、支那等では、日本軍兵士は、やはり人間が大好きな虐殺、強姦、略奪をさんざんやらかしたのだから、軍隊生活に「プラスのイメージ」を抱いて復員するのは当たり前なのさ。(太田)

  著者は、「天皇を頂点とした冷徹な命令系統」が貫徹していたわけではないと指摘した上で、軍は〈「親分子分ノ私情」「功利思想」に満ちた世界であり、それは軍上層部にも無視できないほどに明白であった〉という。・・・
 「上官の命令は朕の命令と心得よ」といった、天皇支配の秩序は蔑ろにされ、「下克上そのものであった」。・・・
  戦争の長期化により、中国派遣軍の士気の低下は著しく、「私的制裁、さらには盗難・逃亡・自殺」などの不祥事が多発した・・・

→ちょっと違う。「冷徹な命令系統」が厳正な軍規の維持に努めなかったことが諸悪の根源。だからこそ、「戦争」が「長期化」する以前の日華事変勃発直後に早くも南京事件という「対外的」不祥事が起きた。ひとたび「対外的」虐殺、強姦、略奪が黙認されると、軍「内部」の規律も必然的に弛緩して行く。(太田)

 秩序の乱れた部隊でありながら、戦闘機能を発揮できたのは、軍が否定した「親分子分ノ私情」を拠り所にしていたからに他ならなかった。兵は皇軍意識ではなく、上官の「一個の人間としての勇怯、力の強弱」を見極めた上で、信頼を寄せた。
 こうした〈「力」「勇気」をめぐる相互監視こそが、真に日本軍隊の秩序・団結を支えていた〉。

→ここもちょっと違う。後のセンテンスだけで十分。戦友意識が日本軍を始めとするすべての軍隊の秩序・団結を支えている。(太田)

 これだけ著者が不勉強だと、書評子が最後に、「なにゆえ兵は従容と死に就き、復員したあるものは郷愁を語り、あるものは口を閉ざしたのか。疑念は深まるばかりだ。」と嘆息するのも当然だろうね。お気の毒に。(太田)

 人間の歴史認識が退行するってこともあるんですね↓。

 ・・・The past three years have seen a mushrooming of tours tracing the footsteps of independence leader Mohandas K. Gandhi・・・
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/11/AR2009061103859_pf.html

 今にして思えば、私が米国に留学していた1970年代は、まさに市場の効率性が「fact(事実)」だった時代だったんですね↓。

 ・・・The theory of efficient markets・・・has now completed its journey from “hypothesis” to “fact” to “myth”・・・
http://www.ft.com/cms/s/2/08bc21d8-5395-11de-be08-00144feabdc0.html
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太田述正コラム#3331(2009.6.12)
<2009.6.6オフ会について(続)>

→非公開