太田述正コラム#3230(2009.4.22)
<米士官学校廃止の是非ディベート>(2009.6.3公開)

1 始めに

 ワシントンポスト上で、陸軍士官学校に焦点を合わせた形で、米国の陸、海、空各士官学校廃止の是非について、ディベートが交わされています。
 そのあらましをご紹介しましょう。

2 廃止論

 「・・・連邦予算を削減し同時に米軍の改善を図る方法は、陸軍、海軍、空軍士官学校を閉鎖し、浮いたカネの一部を予備役将校訓練課程(ROTC=Reserve Officers' Training Corps)(注1)の拡大に充てることだ。・・・(陸軍士官学校の学生には一人あたり30万米ドルの国費が使われているのに対し、ROTCの学生には13万米ドルしかかからない。)

 (注1)個々の大学または国防省が管理する、陸海空軍及び海兵隊の士官を養成するための教育課程。現在の米軍士官の約40%がROTCの出身といわれる。各軍士官のROTC出身者比率は陸軍の56%が最も多く、海兵隊の11%が最も少ない。在学中は学費全額支給に加え奨学金数百ドルを受け取り、卒業後は士官として米軍に入ることができる。元国務長官のコリン・パウエルは、ニューヨーク市立大学卒だが、ROTC出身だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%88%E5%82%99%E5%BD%B9%E5%B0%86%E6%A0%A1%E8%A8%93%E7%B7%B4%E8%AA%B2%E7%A8%8B
(4月22日アクセス)

 このような経済的メリットに加えて、私は何人かの指揮官達から、ROTC出身の士官達の方が、よりきちんと教育を受けていて、しかも軍についてより冷笑的でないという傾向があるので、好ましいという話を聞いている。・・・
 ・・・<それもそのはずであり、>陸軍士官学校の教官達の大部分は博士号を持っていない。
 どうして、若い人々に100%の奨学金を与えて、より学問的にしっかりした<高等>教育機関に送り、彼らが卒業した時点で、短期間の軍の学校で軍事教育を受けさせ<るという英国方式(注2)を採用し>ないのだろうか。

 (注2)4年制であって高卒者に士官教育と大学学部並みの一般教育を施し学士号を授与する米国の士官学校や、学士号保有者を対象に3年制で士官教育と大学院並の一般教育を施し修士号を授与するフランスのサン・シール(Special Military School of St Cyr)等とは異なり、英国の例えば陸軍士官学校は、学士号保有者(85%)、非保有者(15%)を問わず、44週間という1年足らずの軍事教育を施す。
http://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Military_Academy_Sandhurst
http://en.wikipedia.org/wiki/%C3%89cole_sp%C3%A9ciale_militaire_de_Saint-Cyr
(どちらも4月22日アクセス)

 ROTC出身者は、より立派な士官になるだけではない。過去6人の統合参謀会議議長はROTC出身者だ。
 <英国方式を採用すれば、士官になる人々は、>未来の医者、判事、教師、経営者、市長、連邦議員と机を並べて教育を受けることができる。
 そうすることは、米軍にとってだけでなく、米軍が守る米国社会にとっても良いことだ。・・・」 
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/04/16/AR2009041603483_pf.html
(4月21日アクセス。以下、特に断っていない限り同じ。)

3 維持論

 (1)非個人主義的価値観注入のため

 「・・・軍事的組織の基本的な価値は、連帯意識(solidarity)、すなわち「全員が一人のために一人が全員のために」という、自分の命を、集団、戦友、及びより大きな「集団」たる国家全体のために投げ出す用意があるところに存する。
 この価値観を人々に吹き込むためには、集団的凝集性を脅かすところの、個人主義(及びその他の忠誠の対象)を、ナショナリズムと連帯意識によって置き換えなければならない。・・・
 <すなわち、>デュルケム(Durkheim<。1858〜1917年>)の造語である、「利他的自殺」・・集団のために自分の生命を投げ出すこと・・を実行する用意があるようにするためには、個々人をして<米国の一般社会とは>別個の文化に全身を浸させる必要があるのだ。・・・
 <これをやるのが士官学校なのだ。だから士官学校は不可欠な存在なのだ。>」
http://views.washingtonpost.com/leadership/panelists/2009/04/teaching-altruistic-suicide.html

→米国の士官学校のこのような機能については、以前にも触れたことがある。米国と同じく個人主義的な英国ではパブリックスクール等が士官予備教育的な役割を果たしており、また、欧州は個人主義的ではなく全体主義的な社会であり、日本もまた人間(じんかん)主義的な社会であることから、いずれも米国のように、士官教育の場で集団主義的文化を注入する必要がない。(コラム#は省略した。)(太田)

 (2)リーダーシップを身につけさせるため

 「・・・私の見解では、<士官たらんとする者に対しては、>リーダーシップは教えて身につけさせることができ、また、教えて身につけさせなければならない。
 <士官学校は、まさにそれを行う場なのであり、不可欠な存在なのだ。>」
http://views.washingtonpost.com/leadership/panelists/2009/04/lessons-from-wwii-leaders.html

 「・・・エイブラハム・リンカーンのスタイル、勇気、目標の明確さ、及び個人的資質からして、彼は生来のリーダーと言えるが、これらの重要な諸要素は、実際のところ、教えることなどできない。
 ただし、リーダーシップに係る一定のテクニックは教えることができる。
 どのように会議を開催するか、組織を改編するか、倫理的標準を設定するか、幕僚の士気を高めるか、他人を説得するか、等々。
 恐らく最も役に立つのは、リーダーシップのモデルが提供されることだろう。
 正確に言えば、これは教えられるということでは必ずしもないのであって、(歴史を紐解くことはとても有効だが、)範例を示すことができるということだ。
 個々人がそのモデルを見ておれば、決定的な瞬間にそれをマネしようと試みることができる。
 このようなモデルへの取り組みは、イメージトレーニングへと進みうるのであり、ここから更に、やがて最良質のリーダーシップが生まれうるのだ。・・・
 <士官学校は、このように、将来の士官がリーダーシップを自ら身につける環境を提供しているのであって、その限りにおいて、不可欠な存在であると言えないでもない。>」
http://views.washingtonpost.com/leadership/panelists/2009/04/some-skills-cannot-be-taught.html

→これは、必ずしも説得力ある議論ではない。米国では、青少年の課外活動が活発であって、これらの活動を通じてエリートにリーダーシップが身につくしくみができており、リーダーシップを身につけさせるのは士官学校の専売特許ではないのからだ。ちなみに、英国ではパブリックスクール等における士官予備教育を通じてエリートにリーダーシップが身につくし、欧州は、階級制の社会であって、エリートは、上流階級の一員として、当然のようにリーダーシップを身につける。問題は日本だ。戦後、エリート教育を放擲した結果、リーダーシップを身につけたエリートが払底してしまっている。いずれ、改めてこの問題を議論したい。(太田)

 (3)補足的議論

 「・・・3つの定評ある媒体である、Forbes、U.S. News & World Report、StateUniversity.com が、陸軍士官学校を米国の全部で4,000ある単科大学や総合大学の中で上位10校の中に位置づけている。
 Forbes.comは、陸軍士官学校を米国で6番目に優れた単科大学ないし総合大学であるとし、U.S. News and World Reportは、陸軍士官学校を「公立の最優秀な教養単科大学」であり、かつ5番目に優れた「学部レベルの工学課程」であるとしている。
 ちなみに、ローズ奨学生<(コラム#1009)>の数は、陸軍士官学校は第4位だ。・・・
 また、将軍の数で言うと、陸軍士官学校卒の士官が将軍になる割合は、<他のいかなる大学卒業者たる士官よりも>高い。・・・

 <このように、士官学校の一般教育の水準は高いし、これまで高級士官を輩出してきている。士官学校を廃止するなど論外である。
 だからといって、士官学校だけでよい、ということにはならない。>
 陸軍の三つの将校源であるところの、陸軍士官学校、ROTC、及び士官候補学校(OCS=Officer Candidate School)(注3)は、互いに補完的な関係にある。
 だから、この三つすべてが引き続き必要なのだ。・・・」
http://views.washingtonpost.com/leadership/panelists/2009/04/setting-the-standard.html

 (注3)下士官、兵士、学部卒業者に対し、士官教育を施す学校であり、陸海空各軍のほか、海兵隊と沿岸警備隊の学校もある。期間は10〜17週間と短い。
http://en.wikipedia.org/wiki/Officer_Candidate_School
(4月22日アクセス)

4 終わりに

 実は、日本の防衛大学校は、士官教育を施す機関としてとしては、世界で他にその例を見ないユニークな存在です。それがどんなに深刻な問題を抱えているかは、拙著『防衛庁再生宣言』の第4章で詳述したところです。
 しかし、日本では、私が2001年に上記拙著で、防衛大学校の根本的な問題点を指摘したにもかかわらず、いまだに全く議論が始まる端緒さえ見えません。
 もとより、自衛隊そのものの存在根拠が明確になっていないのですから、無理もないのですが、このような米国でのディベートを見ていると、うらやましくてため息が出るばかりです。