太田述正コラム#3308(2009.6.1)
<皆さんとディスカッション(続x503)>

<通りすがり>

 沖縄ビジョン<(コラム#3306)>についてですが、沖縄の人たちは実際どう思っているのでしょうね。
 太田さん自身「典拠」にうるさいのですから、沖縄の人の生の声を「典拠」として載せたら、より太田さんの意見は説得的になりますね。笑

<遠江人>

 KTさん、了解しました。
 通常、公人として適任かどうかを判断するのには、多くの情報(量)を必要としますが、自分が見た限り、あの動画は(映像を撮っているのを民主党候補が分かっていたとしても)仕組まれたようなものではなく、進次郎の素が見えすぎた(=判断をするに足る情報量があった)と感じたため、あのような言い方になりました。
 2chのスレッドでは進次郎を擁護する意見もそれなりにありましたが、その多くは、進次郎擁護を隠れ蓑にした自民擁護だったり、民主党が仕組んだ罠(結果的に慎次郎の印象を最悪にするのに成功しているから印象操作だ)だとか、対立候補の横粂氏が元あいのりメンバー(以下参照)だからダメだろ、というような意見でした。

〔ひどい動画〕小泉進次郎候補が対立候補との握手を拒否
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1243326982/
*現在は過去ログ落ちしているので見れません。

プロフィール
横粂勝仁 (よこくめかつひと)
○ 1981年9月10日生まれ(27歳)
トラック運転手のアットホームな家庭で育ち、公立の小・中・高を経て、奨学金やアルバイト代を頼りに大学へ通う。40年以上、家族のために一生懸命に働く父の背中を見て、額に汗して働くことがどんなに尊いことなのか、身にしみて実感する。
○ 2005年 3月 東京大学法学部卒業
○ 2005年 11月 司法試験合格
○ 2006年 4月 最高裁判所司法研修所入所
○ 2007年 9月 弁護士登録
元「あいのり」メンバー

 例えば、小泉元首相の息子だろうとなんだろうと、彼は完全な新人なわけです。
 普通、まったくの新人が、同選挙区のライバルが同じ新人で自分より若い人だったとしても、仮にそのライバルが横で世襲を強烈に批判していたとしても、存在を無視するようなことまでするというのは、やはり異常ではないでしょうか。また相手が民主党のベテランでも無視したでしょうか。
 もし民主党の菅直人の息子(なんて名前でしたっけ)がこんなことをしたら、私は同じように人格批判をしたと思います。

 ちなみに地元での話ですが、前回の衆議院選で木内実が片山五月に僅差で敗れたすぐ後に、その木内実が街頭でスピーカーを抱えて有権者に向けて事後報告と感謝の言葉を伝えていました。
 すると同じく選挙で破れた民主党の若手の人も同じようにその場に現れて、お互い歩み寄って、臥薪嘗胆ですよと声をかけ、今回は駄目だったけれどお互いにここからがんばろうと激励しあっていました。
 人を人として尊重することは、人間にとって最も大事なことの一つだと思います。
 進次郎氏の今までの生い立ちがどんなものであったのかは知る由はありませんが、小泉純一郎の息子であるという「不幸」な一面に縛られざるをえない彼だからこそ、人間らしい心を持ってほしいものです。

<Chase>(http://blogari.zaq.ne.jp/fifa/

 太田述正氏のコラムにて、拙ブログに絡めて、「日本型経済体制」論 ――「政府介入」と「自由競争」の新しいバランス」(『日本の産業5 産業社会と日本人』(筑摩書房1980年6月)の紹介をいただいた。どうもありがとうございました。
http://blog.ohtan.net/archives/51370852.html

 同著はググっても出てこなかったので図書館(私の地方であるかどうか)で後日、確認させていただきたい。

 コラム#40、#42、#43を順番に読んで行ったら、あれっ野口悠紀夫の1940年体制と似ているなと思ったところ、#43に太田氏の発想がより以前になされていたとのことであった。
 また、エージェンシーとウォルフレンの半自立的な構成要素の類似性は感じたが、それ以上は、表現が難しく(宮台氏ほどではない)直観的には解読できなかったので、推薦いただいた上記の稿と併せて、後日、再チャレンジしたい(私のオツムでは不安だが・・・)。

 太田歴史学(の中の一つの仮説)によれば、日本史の大きな事象の歴史的な遡及は、最終的に?、縄文モード/弥生モード論に帰着されるとのことで(思い込みですみません)、同論も正直、まだ読み込めていないが、いままでの斜め読みの印象からは、何か先験的(アプリオリ)仮定のような気がして、なるほどといった気持にならなかった(すみません)。
 確かに、数学ではないが、どこかで説明できない仮定を置かざるを得ないことは理解できるのだが・・・。余談だが、若手著名ブロガーYS氏のサイトにも面白い記事があった。http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2009/05/24/4321043

 歴史の因果を遡ることは、マルクス主義に拠らなければ途方も無く難しいことであろう。秦郁彦氏が、「諸君」最終号への寄稿で、A.J.Pテイラー(私も格好つけてテイラーの本を買いまくったが、ほとんど読んでいない)の金言「歴史とは偶発時の連続からなる」を引用して、いわゆる歴史の一般理論を戒めている。
 小室直樹氏もその著書で、歴史の必然という言い方を揶揄していた(典拠はどこかにあります)。

 コムラーの私としては、小室氏が常々援用するフロイトの幼児体験説による歴史解釈もありなのではと思っている。例えば、かって平安時代に、例の桓武天皇が常備軍を全廃したことが、今日の憲法9条改正の桎梏の幼児体験であるという理解だ。
 常備軍の全廃施策自体、もちろん淵源を遡れるだろうが、アプリオリな仮定まで行き着く必要は無いのではと思う。
 というのもアプリオリな仮定とある事象への演繹的理解は、すぐれて直観的類推作業に近づくからだ(具体例省略)。
 テイラーの金言になぞって言えば、上記の桓武天皇の施策自体、桓武天皇が(桓武天皇の個人的な資質の範囲で)下したイレギュラーな判断であり、歴史は、そのような偶然(に近い)の意思決定の累積の産物ということになる。

 現代日本でみても、やはり今日の諸問題を規定しているのは、敗戦を契機とした戦後体制によるものが大きい。今日の学力低下などの問題を論じるのに、少なくとも一次的には太平洋戦争以前の学校制度に遡る必要は無かろう。

 しかし、もっと大きな時代の流れ、例えば、明治以降の近代化の起源等を論じるのなら、やはりもっと大きな時代的なパースペクティブを必要とする。だが、その次元においても、小室氏の過去の幼児体験理論がわかりやすい気がする。

 なんて、私ごときが下手なことを言ってもしょうがない。
 果たして先験的な命題の効用がどこまでのものなのか、ぼんくらな頭ながらも一念発起して、今後も太田歴史学をえっちら勉強していきたい。

<太田>

 私の縄文/弥生モード論は、もっと掘り下げる必要があることは認めますが、小室直樹の「幼児体験理論」をより一般化したものである、とお考えいただいてもよろしいのではないでしょうか。
 小室の用語を用いれば、私は、日本人は、もっと昔の縄文時代を「幼児体験」としているのであって、平安時代はその第一次幼児回帰期であり、江戸時代は第二次幼児回帰期、戦前〜現在は第三次幼児回帰期である、と考えている次第です。
 縄文時代は、1万2000年前(一説によれば、1万6000年以上前)に成立した、世界最古の土器(縄文土器)で特徴づけられる時代であり、この土器で煮炊きすることによって、日本列島の当時の住民、すなわち縄文人は、世界で初めて木の実や海産物を広範に食物化することができるようになり、狩猟のみに依存する生活から脱却し、狩猟採集社会であるにもかかわらず、(本来は農業社会の属性であるところの)本格的定住化を果たします(コラム#52)。
 人間は、200万年弱に及んだ狩猟採集時代
http://en.wikipedia.org/wiki/Hunter-gatherer
の刻印を最も色濃く帯びている、というのが最近隆盛を極めている進化心理学における共通認識です(コラム#3305、3307(いずれも未公開))が、日本列島においては、弥生人が農業技術(水田耕作技術)を携えて日本列島に渡来してくるまで、縄文人が、狩猟採集を基本としつつも、高度な定住社会生活を一万年、あるいはそれ以上にわたって続けたのですから、弥生人渡来後も、縄文人と弥生人が混血して生まれた日本人は、一般的な狩猟採集時代の刻印に加えて縄文時代というユニークな狩猟採集時代の刻印をも色濃く帯びている、という仮定も成り立ちうるのではないかと思うのです。
 結構「わかりやす」くないでしょうか?

 では、本日の記事の紹介です。

 たまたま、すぐ上の話題に相通ずる、コラムが日経ビジネス電子版に載っていました↓。

 「・・・進化政治学では、私たちの遺伝子が、最後の氷河期が終わった1万2000年前の狩猟採集時代の遺伝子とほとんど変わっていない事実に着目します。・・・」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090515/194813/?top

 朝鮮日報が、連日、核武装論をぶちあげています↓。

 「・・・<韓国の>イ・サンヒ国防長官が語るように、「核には核で対抗するのが基本戦略」だ。韓国は今、北朝鮮の核保有を既成事実化した上で、国家安全保障戦略を大きく修正すべき時期を迎えている。・・・」
http://www.chosunonline.com/news/20090531000018

 ・・・The 2.4m (8ft) long trumpet-like instrument was played in Ancient Rome but fell out of use some 300 years ago.
Bach's motet (a choral musical composition) "O Jesu Christ, meins lebens licht" was one of the last pieces of music written for the Lituus.
Now, for the first time, this 18th Century composition has been played as it should have been heard. ・・・
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/8075223.stm
 このバッハの曲↑のこの楽器↑での演奏をこのサイト↑で聴けるよ。

 最後にオフ会のご案内を改めてしておきます。

太田述正オフ会(1次会)

日時:6月6日(土)
   9時30分〜16時30分(昼休憩12時〜13時)
    最初に行われるのが私の講演

場所:大井第三地域センター
(http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/hp/menu000007300/hpg000007215.htm) 

会費:500円

注:
一、途中参加、飛び入り参加可。
二、2次会を午後五時頃から品川駅付近で行う予定。
  2次会のみの参加も可。(ただし、2次会参加希望者の申し込みは3日まで。)

申込はこちら↓
http://www.ohtan.net/meeting/
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太田述正コラム#3309(2009.6.1)
<芸術論(その3)>

→非公開