太田述正コラム#2884(2008.10.31)
<米軍最高司令官としてのリンカーン(その3)>(2009.5.5公開)

 南北戦争は、米国領域内で戦われたため、前線と後方の関係は極めて近く、だからこそやっかいだった。ここでもリンカーンは世論を見事に形成した。例えば、戦争の目的を当初は連邦の維持とし、奴隷制を終わらせるという目的は、彼が大衆がこのような気高い重荷を背負う用意がついにできたと感じとった時点まで伏せておいた。・・・
 1864年の夏、もはや南側の敗北が必至と思われた11月、リンカーンはニューヨーク・トリビューン紙の編集長のホレイス・グリーリー(Horace Greeley)を南部連合の交渉者達に会わせた。しかし、リンカーンはこれら交渉者達が交渉する真の権限を持っているか疑っていた。
 その時には既に奴隷解放宣言が発せられており、リンカーンは、拒絶されるであろうことを知りつつ、南側に条件提示を行った。「南側からのいかなる提案であれ、それが平和の回復、全連邦の統一、そして奴隷制の放棄、を含んでさえいれば、当方としては、その他の実質的あるいは付随的論点については譲歩する用意がある」と。
 北側から、条件の中に奴隷解放を含めたことに抗議の声が起こったが、リンカーンは、100,000人以上の黒人が連邦のために戦っており、仮に平和の代償として彼らを奴隷の境遇に戻すようなことがあれば、「私はそれにより、未来永劫、ののしられることになろう」と答えている。・・・
 <このように>リンカーンは、役立たずの将軍達、移り気な世論、そして自分自身に襲い来る恐怖を克服しなければならなかったわけだ。・・・

 <結論的に言えば、>・・・第一次世界大戦の時のフランスの指導者であったジョルジュ・クレマンソー(Georges Clemenceau。1841〜1929年)が述べたように、「戦争は将軍達に任せておくには重要過ぎる」わけだが、・・・総司令官<たる米大統領>は、政策、国家戦略、軍事戦略、作戦・戦術、の全てに通暁していることが望ましいところ、<リンカーンは、研鑽の結果、まさにそのような人物になったのだ。しかもリンカーンは、>考え方においても実践においても静的ではなく動的だった。・・・
 <リンカーンを、任期中に戦争指導を行った他の大統領達と比べてみよう。>
 1812年の米英戦争の期間中、ジェームス・マディソン大統領はダメ男の烙印を押されっぱなしだった。ウッドロー・ウィルソン大統領は第一次世界大戦の時、すべてをジョン・パーシング(John Pershing。1860〜1948年)将軍にまかせきりだったが、これは決して褒められたことではなかった。
 <彼らとは違って、>フランクリン・ディラノ・ローズベルト大統領は、ウィンストン・チャーチル英首相といった指導者達と一緒に仕事をする能力を含め、賞賛されるべきだ。ジョージ・H.W.・ブッシュ大統領も湾岸戦争の時、極めて効果的な戦争指導を行った。・・・
 <なお、>ジョン・マケインの軍事的経験は、それだけでバラク・オバマに比べて勝っているということにはならない。なぜなら、ジェファーソン・デービスを見よ。彼は・・・赫々たる軍事的経験があったが、戦時における有能性において到底リンカーンの敵ではなかったではないか。・・・
 
 米国史における、大恐慌、第二次世界大戦、9.11同時多発テロ、現在の金融危機、といった危機のいずれも、リンカーンが直面し、解決しようとした危機に匹敵するものはない。・・・
 私は、リンカーンによるゲティスバーグ演説(Gettysburg Address。1863年11月19日)(注3)は、米国史における、いや恐らくは世界史における最も偉大な演説であり、永久に不滅であると思う。・・・

 (注3)英和対照でこの演説を
http://www.genpaku.org/lincoln/lincoln01.html
で読むことができる。

 南北戦争は、連邦を救う努力から始まり、奴隷を含むところの米国人達のための自由の新しい生誕を予告することで終わったのだ。・・・

3 終わりに

 来年2月12日はリンカーンの生誕200周年ですが、マクファーソンのこの本は、リンカーンの1865年の死以降に書かれた、リンカーンについての16,000冊に及ぶ本に新たな1冊を加えたことになります。これほど沢山の本が書かれた大統領は、米国には他にはいません(注4)。

 (注4)私自身、このシリーズ以前に、リンカーンに、実にコラム#4、5、121のQ&A、133、258、280、503、604、618、623、909、1148、1191、1602、1605、1630、1776、2010、2039、2059、2077、2210、2269、2271で言及している。いかにリンカーンの治績が米国の歴史に大きな足跡を残したか、ということだろう。

 彼が米国でいかに尊敬され続けているかが分かろうというものです。

 ところで、マクファーソンがマケインとオバマについて言っていることと同じようなことをクリスチャン・サイエンス・モニター紙の編集委員も言っています。
 すなわち、「マケインの大きな強みは、軍事について経験があり土地勘があることだ。しかし、オバマ上院議員は、米国防省の助言により積極的に耳を傾けるかもしれない」と(注5)(
http://features.csmonitor.com/politics/2008/10/28/how-mccain-obama-would-do-as-commander-in-chief/
。10月30日アクセス)。

 (注5)ちなみにこの編集委員は、マケイン、オバマのどちらが大統領に当選しても、ゲーツ現米国防長官を留任させるだろうと予想している。

(完)