太田述正コラム#3160(2009.3.18)
<MBAが世界不況をもたらした?(その1)>(2009.4.26公開)

1 始めに

 現在の世界不況を引きおこしたのは金融危機ですが、これにMBAが関わっているのではないか、という議論が英米で起きています。
 昔、米国でMBAを取得した私としても関心を持たざるをえません。
 どのような議論なのか、ご紹介することにしましょう。

2 英国での議論(ガーディアン)

 「先月、HBOSとロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの前首脳陣が英下院財務委員会に招致され、どうして自分達の会社がこんなひどい状況に陥ったかきちんと説明するように求められのだが、彼らが銀行業に係る公的資格を持っているのかという質問が<議員から>出た。
 このうち一人だけが、少しは関係ありそうな資格を持っていた。HBOSの首席執行役員を辞任させられたアンディ・ホーンビーだ。
 ハーバードMBA達は自分達のことを誇りに思っている。とりわけ、ホーンビーのように、<同ビジネススクールを>首席で卒業したような場合は・・。・・・
 同じような議論が以前にも行われたことがある。
 一番最近では、米国のエネルギー産業の大手のエンロンが隠し借金の山でつぶれた時、この醜聞を引きおこしたのはもう一人のハーバードMBAのジェフリー・スキリングだった。・・・
 昨年10月、英ノッティンガム大学のビジネススクールのケン・スターキー教授は、ファイナンシャルタイムスに手紙を送り、MBAのコースは最も広い視点を与えるものとならなければならないとし、現在の「市場と個人主義(すなわち、貪欲と利己主義)という固定観念」を止めさせなければならないと訴えた。・・・
 ロンドン・ビジネススクールのMBAコースの選択科目を担当してきただけでなく、米国のいくつかのビジネススクールで教えたこともあるスリクマール・ラオは、・・・「我が英国のトップクラスのビジネススクールは真の意味での教育機関ではなく、ドグマを教え込む(indoctrination)機関なのだ。絶対に疑問を呈することが赦されないドグマがいくつかある。それは、市場の至上性と効率性、株主価値の極大化といったものだ。・・・」と言う。
 彼は、ビジネススクールで開発された、例えばエージェンシー理論<(コラム#40、42、113、676)>・・管理者(manager)達の利害と株主達の利害の調整が例えばストック・オプションといった装置を用いてなされる必要があるとする理論・・といったもろもろの観念が、管理者達が、そこからボーナスをがぶ飲みするところの、短期的利潤の世界を創造した、と信じている。・・・
 近代的意味での<世界>最初のビジネススクールは<ペンシルバニア大学の>ウォートンスクールであり、1881年創立だ。その約30年後に初めてMBAがハーバードで授与された。
 米国はこの分野で依然圧倒的優位を誇っているが、いくつかの海外の教育機関が激しく追い上げている。
 一般に最も権威があると見られている、ファイナンシャルタイムスのMBAランキングの今年の版では、ロンドン・ビジネススクール(LBS)がウォートンスクールとタイでトップにランキングされた。
 それより恐らくもっと重要なことだが、中共の学校である、上海にあるセイブス(Ceibs)が10位内に入った。・・・
 英国のMBAコースには行政機関ないし政府から派遣された学生がたくさんいるが、米国では、これらの人々はハーバードのジョン・F・ケネディ・スクールといったビジネススクールとは別個の教育機関に派遣される。」
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2009/03/13/2003438368
(3月13日アクセス)

2 米国での議論

 (1)ニューヨークタイムス

 「メリルリンチの前CEOのジョン・ザイン(Thain)もリーマンブラザーズの元CEOのリチャード・フルドも、メリルリンチの元CEOのスンタレー・オニールもシティーグループの元CEOのヴィクラム・パンディットも、また、ヘッジファンドのキングピンのジョン・ポールソンも、5人全員が・・・MBA保有者だ。・・・
 ・・・<米国の>トップクラスのビジネススクールは毎年卒業生の40%以上を金融の世界に送り出してきた。・・・
 ビジネス教育の批判者達は様々な不満を抱いている。
 ある者は、ビジネススクールは科学的になりすぎて現実世界の諸問題から離れてしまったと言う。またある者は、<学生達は、>複雑な諸問題について、性急に解決方法を見つけることが当然のように教え込まれていると言う。
 更にある者は、ビジネススクールは学生達に狭く歪んだ物の見方を伝授することで、企業の指導者として最も大切であるところの倫理的かつ社会的考慮に関しほとんど理解しないまま、株主価値を極大化することばかりを考えるようになって卒業してしまうと主張する。・・・
 1950年代の終わりに・・・報告書が出て、<ビジネススクールでは>凡庸な教授陣とカリキュラムでもって狭い職業的技術ばかりを教えている、ということを発見した。
 この報告書が勧告したことの一つは、ビジネススクールは、そのアプローチにおいてもっと分析的で理詰め(rigorous)でならなければならない、ということだった。
 何年か経って、ほとんどすべてのビジネススクールがそうなった。
 <ビジネススクールに>博士課程を設けるのが当たり前になったし、教授達は独立した研究を行い、学術雑誌に論文を発表するようになった。また、学生達は競争戦略を分析したり選択肢を評価したり等々をするための複雑なモデルを学ぶようになった。・・・
 <しかし今度は、>ビジネススクールは、理詰めさを強調し過ぎる一方で妥当性(relevance)を強調しなさ過ぎるようになった。・・・ビジネススクールは自分達が専門職を養成する学校であることを忘れてしまったのだ・・・。・・・
 ・・・<上記報告書に盛り込まれた>もう一つの大きな勧告は、ビジネス<の学生>は、行為規範と社会的役割についてのイデオロギーを持つところの、真の専門職にならなければならないというものだったが、この勧告はほとんど関心を惹くことがなかった・・・。
 ビジネススクールでは、・・・医者や弁護士<教育において>のように、学生達は専門職集団の一員になるのだ、と本当の意味で教えたことはなかった・・・。
 そして1970年代に入ると、企業の株価が成功のバロメーターであるとする考えが根を下ろし。その結果、ビジネススクールにおける、正しいマネジメント技術とは何であるかについての概念が変化してしまった・・・。
 長期的な経済面での執事(steward)と見られる代わりに、管理者達は、もっぱらオーナー、すなわち株主達、のエージェントであって株主の富を極大化することに責任を負っている、と見られるようになったのだ・・・。
 一種の市場原理主義がビジネス教育に根を下ろしてしまったわけだ・・・。
 大学にとってビジネス教育は金のなる木だった。というのは、ビジネススクールは運営経費が、精妙なる実験室や研究施設が必要な大学院などに比べて安上がりであり、しかもOBがどちらかというと気前よく寄付もしてくれるからだ。
 ビジネス教育は巨大なビジネスでもある。
 <米国では>約146,000人が2005〜2006年度にビジネスの学位を授与されたが、・・・これは大学院レベルの学位授与総数594,000のほぼ4分の1にあたる。
 それでも、ビジネス教育ですべてが順調だとは言えない徴候がある。
 大学院の学生達のカンニングについて調べた2006年の・・・調査によれば、MBA学生の56%がいつもカンニングをしていることが分かった。これは他のいかなる学問分野よりも高い比率だった。・・・」
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2009/03/18/2003438735
(3月18日アクセス)

(続く)