太田述正コラム#3148(2009.3.12)
<自由主義とは何か(その1)>(2009.4.17公開)

1 始めに

 このたび、米ボストン大学(Boston College)の政治学/社会学教授のアラン・ヴォルフ(Alan Wolfe)が著書『自由主義の未来(THE FUTURE OF LIBERALISM)』を上梓しました。
 8年間の反自由主義的(反リベラル)なブッシュ政権の後、自由主義的(リベラル)なオバマ政権が誕生した折から、米国内ではこの本をめぐって様々な議論が起こっています。
 肩の力を抜いて、議論のいくつかを素描してみたいと思います。

2 いくつかの議論

 (1)自由主義序論

 「・・・自由主義は、我々が近代と呼ぶところの全ての力・・産業化、都市化、コスモポリタニズム・・の一種の自動的な副産物なのだ。これらは、自己方向性(self-directedness)ないし自律(autonomy)が生きる唯一の方法となった世界を創り出した。・・・
 私は、自由主義の観念を科学・・・<すなわち>社会生物学と発達心理学<の決定論>・・・と宗教に対して擁護する必要性を感じている。・・・
 私は、もしこの私の国に貧困がなくなれば、より大きな達成感のある、そしてより大きな安全感のある人生を送ることができるようになることだろう。というのも、そうなれば私は犯罪の恐怖の下で生きる必要がなくなるからだ。
 また私は、私自身の健康を守りたいと思うがゆえに、他の人々が疾病に罹らないことで私自身が疾病に罹りにくくなりたいと思う。
 つまり私は、他人が基本的な水準の平等を享受することが自分自身の利益になると考えるし、政府がそのことを可能にする唯一のメカニズムであると考えているのだ。・・・」
http://www.huffingtonpost.com/julian-brookes/alan-wolfe-on-terrorism-a_b_169518.html
(3月11日アクセス。以下特に断っていない限り同じ。)

 「・・・左翼、特に欧州の左翼にとっては、自由主義とは、現在の金融の混乱を招いた頭は良いかもしれないが単純過ぎる連中が抱く自由市場ドグマを意味する。
 米国の右翼が抱く不満はこれとは全く異ったものだ。彼らは、ハミルトンとかジェファーソンとかマディソンといった、米国の自由主義の父達など忘れてしまえと言うのだ。30年近くにわたって共和党は、米国の有権者達に自由主義者達は無神論で非道徳的で税金が大好きな偽善者達であると説得にこれ努めてきた。・・・
 <それはともかく、歴史上の自由主義者達である、>イマニュエル・カントは道徳的かつ知的自律を、ベンジャミン・コンスタン(Benjamin Constant<。1767〜1830年。スイス生まれのフランスの思想家・政治家>)は恣意的権力からの保護を、そしてジョン・スチュアート・ミルは人間の個性の増進を唱えた。
 政治との関連で言うと、この3人の唱えた価値はいずれも自由(freedom)と不即不離の関係にある。何だかんだ言っても、自由主義は人間の自由(liberty)の育成に係るものなのだ。
 自由主義者達の見解が一致しないのは、彼らの抱く第二の強力な理想であるところの平等の位置づけについてだ。・・・」
http://www.economist.com/books/displaystory.cfm?story_id=13055964

 (2)「共和党=反リベラル」「民主党=リベラル」とは言えない

 「・・・ウィルソン<米大統領>は民主党の偶像的人物かもしれないが、彼は1913年に就任した時、どちらも共和党の自由主義的大統領であったところのセオドール・ローズベルトとウィリアム・ハワード・タフトの諸改革の時計の針を逆回しし、連邦政府を再び黒人隔離的なものとした。
 彼が、米国が関わりのない欧州での戦争に米国を引き入れたことに対し、当時の自由主義者達は攻撃した。また、彼の司法長官のA・ミッチェル・パーマー(A. Mitchell Palmer)は、後のジョー・マッカーシーばりのアカ狩りを行った。第一次世界大戦参戦に反対した者やその後ロシアのボルシェビキを粉砕しようとしたことに反対した者に対する彼の仕打ちは、その後の米国の諸政権が行ったものをはるかに超えている。
 また、ドワイト・D・アイゼンハワーという共和党の大統領によって任命されたところの最高裁長官のアール・ウォレン(Earl Warren)が、自由主義的な諸判決・・そのうち特に有名なのは隔離された公立学校は違憲であるとした1954年のブラウン対教育委員会判決だ・・を連発したことに言及しつつ、ヴォルフは、共和党員だって自由主義者たりうるのだと記している。・・・」
http://www.huntingtonnews.net/columns/090306-kinchen-columnsbookreview.html

 (3)自由と平等

 「・・・ヴォルフは、自由主義的価値の中心は「自由と平等」であること言い続ける。そしてそれはもっぱらジョン・ロック由来であると述べる。
 ロック自身、及び米国の建国の父達の大部分は、1765年にエール大学の学長のクラップ(Clap)が主張したような、徳と共通の善なる観念を抱いており、それは、単なる個人的善から想像されるものとは明確に区別されていた。
 当時の最も重要な「基本的価値」は、(ヴォルフが言うところの)超個人主義的かつ近代的にして世俗的な「寛容なる」自由主義者の輩などは共同体の紐帯を破壊しようとする反社会的鼻つまみ者である、というものだった。・・・
 「<米独立革命やフランス革命>の理想から現代の福祉国家へは一直線でつながっている」<とヴォルフは言う。>・・・
 <しかし、>米国の建国の原理たる平等は、結果の平等とは何の関係もないし、フランス人権宣言の第6条に記されたところの、フランス<革命>における平等の意味だって平等は法の前の平等だけであって、すべての市民は「名誉、地位、職を、彼らの能力に応じ、そして彼らの徳と才能以外の何物によっても左右されず」に獲得できるということだった。
 アファーマティブ・アクションのかけらもここには見あたらないのだ。(もっとも、フランス人達は、それを試みることを妨げられはしなかったが・・。)・・・
 ・・・ヴォルフは「福祉国家とは共感なる道徳的観念の制度化である」と述べる<が>・・・私にとっては福祉国家は、共感の制度化ではなく、ずるく共感の装いをまとったところの政治権力の制度化以外の何物でもない。・・・
 <ところが、>ヴォルフはこの<共感なる道徳的>観念がもたらすところのひどい帰結に目をふさいでいるように見える。
 実際彼は、ルソーは「気が触れたソクラテス」であるとするエドマンド・バークの先見の明のある警告を嘲り、保守主義者達が、<ルソーの言う>社会契約には「フランス革命の陰謀の素が含まれている」と信じていることを非難する。
 ヴォルフよりもっと注意深い、ロベート・ニスベット(Robert Nisbet)のような歴史家は、ルソーの理論は<革命の>陰謀の素を提供したとずばり結論づけている。ルソー<の理論>・・・こそ、社会に係る全体主義理論の最初の紛う事なき出現であったと見るべきであると。・・・
 ジョン・スチュアート・ミルはヴォルフにとってもう一人の英雄だが、ミルだって彼の有名な自己撞着的な小冊子たる『自由論』において、数多のもつれた社会的かつ道徳的「抑圧」への反対論をぶっているところだ。ミルは、<フランス革命後の>恐怖政治(Terror)の恐怖を念頭に置き、彼自身は次第に社会主義者へと変貌して行ったにもかかわらず、<ルソーとは>異なったアプローチをとった。彼は多数による民主主義を選んだのだ。共通の道徳的紐帯とか<ルソーの言う>一般意思ではなく・・。・・・(注)

 (注)ルソーについては、コラム#64、66、71、1257、1259参照。

 <ヴォルフ的自由主義者達により、>カナダのすべての州(province)と連邦政府には、現在「人権委員会」が設けられ、十分に「自由主義的」でないとみなされるあらゆる言論を抑圧することに特に大きな熱意をもって取り組んでいる。・・・
 犠牲者が子宮の中にいるか外にいるかの違いを除けば、生きてうまれた犠牲者の一団を創造し、実行犯達にとって、奴隷労働体制を可能にし、維持し、不可視にするところの、非人間性の宣言と、生きているけれどまだ生まれていないところの近々発生する犠牲者の一団を創造し、実行犯達にとって、現在自由民主主義の名の下で擁護されているところの堕胎体制を可能にし、維持し、不可視にするところの、非人間性の宣言との間に、実質的な違いはないのだ。・・・」
http://www.freerepublic.com/focus/f-news/2196903/posts

(続く)