太田述正コラム#3136(2009.3.6)
<ブラウン訪米と米英特殊関係(その2)>(2009.4.10公開)

 (2)オバマと英国のご縁

 「・・・まだ知られていないことだが、オバマの母方の祖先はアイルランド人だ。
 彼の大統領時代に、恐らく彼は<祖先の地である、アイルランドの>オファリー郡(County Offaly)訪問を行うことだろう。
 このことにつけても、オバマ大統領がケニアとアイルランドという二重の<英国>植民地的遺産を受け継いでいるという微妙な問題が俎上に上ってくる。果たしてこのことが、米国の英国とのいわゆる「特殊関係」を再形成することに資するかどうか、ということだ。
 1950年代のマウマウ団の叛乱<(コラム#609、610)>の生存者達が当時英国の兵士達によって拷問を受けたとして集団訴訟が提起された時、英国とケニアの暗黒時代の関係が話題になる可能性がある。
 オバマの祖父は、ケニア独立闘争の頃、英植民地当局にひどい目にあった人々の一人だ。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/blog/2009/mar/04/obama-irish-brown-special

 (2)ブラウンの米議会演説

 「・・・米議会で、ブラウンは・・・・演説<をしたが、>その間、拍手で17回も中断させられた。・・・大歓迎を受けたのだ。
 彼はこの日のために何十年も準備をしてきた。
 大人になってからというもの、ゴードン・ブラウンはずっと米国とその政治の研究に打ち込んできた。
 彼は休暇を<米国東北部の>ケープ・コッド(Cape Cod)で過ごしたものだ。
 そこで彼は、最新の米国での議論や伝記を読みまくった。
 打ち解けた会話をする場合、彼は、<元英首相で労働党の>クレメント・アトリー(Clement Attlee)や<元労働党党首の>ヒュー・ゲイツキル(Hugh Gaitskill)よりフランクリン・ローズベルトやロバート・ケネディに言及する方が多い。
 彼が水曜日に行った演説は、彼のこの半生にわたる関心事の成就と言ってもよい。
 実際、彼は自分の知識を駆使した。
 まずはジョン・F・ケネディのことを持ち出して民主党議員達を跪かせ、次いでロナルド・レーガンがベルリンの壁を打ち崩したことを称えて共和党議員達の心を打った。
 彼はどのつぼを押さえれば米国人の聴衆が喜ぶかについて通暁していた。彼は、<牧師であった>父親の教会の話を一度ならず二度までもした。彼は聖書からも引用した。こんなことをすれば英国人は顔を顰めるけれど、米国では逆で、ブラウンが予想した通り大変効果があった。・・・」
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/mar/04/gordon-brown-congress-washington

 「・・・米議会で上下両院合同で演説を行うという名誉は、今まで英首相ではわずか5人にしか与えられていない。・・・」
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/mar/04/gordon-brown-congress

 「・・・<このような演説をした中で>比較的マイナーな世界の指導者達は恥ずかしいくらい少ない聴衆しか集めることができなかった。2003年のブレア英首相や昨年のサルコジ仏大統領などの場合はその逆で、満員になった。ブラウンの場合は、聴衆の数も熱気もこれらの中間といったところだった。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2009/mar/05/gordon-brown-us-congress

 さて、日本の首相が同様の演説を行ったことはないのではないでしょうか。
 確か、小泉首相は靖国参拝問題がネックとなって、また、安倍首相は慰安婦問題がネックとなって演説ができなかったと承知しています(典拠失念)。
 どうやら日米関係と英米関係は、比べようもない、という印象ですね。

(完)