太田述正コラム#3112(2009.2.22)
<「暴力」をめぐって(その1)>(2009.4.4公開)

1 始めに

 英ファイナンシャルタイムスの書評子が、暴力に関する三つの本を並べて論評を加えています。
 このうちの一冊は、スロヴェニアのマルクス主義哲学者の戯言なので無視するとして、フランスのパリ北大学の歴史学者のロベール・ムシェンブレッド(Robert Muchembled)の 'Une histoire de la violence' と米ラトガース大学宗教学/臨床心理学教授のジェームス・W・ジョーンズ(James W. Jones)の 'Blood That Cries Out From the Earth: The Psychology of Religious Terrorism' 中身の「臭い」をお届けしましょう。

2 ムシェンブレッド

 「・・・今日における、毎年の殺人は欧州では100,000人に1人であり、米国では6人だ。
 これが14世紀の欧州では100,000人に130人であったと推定されている。
 ただし、暴力のいくつかの側面は、過去7世紀以上にわたって安定的に推移してきている。すなわち、殺人の90%は男性によって、しかもその大部分は30歳より若い者によって犯されている。また、南欧州における暴力沙汰は北欧州よりも常に多い。一般に血が煮えたぎるラテン系男性というイメージが持たれているが、これにはそれなりの根拠があると言える。
 しかし、どうして<殺人が減るという>文化的変容が生じたのだろうか。・・・
 ムシェンブレッドは、一般に考えられているところの二つの理由・・政治的理由と経済的理由・・を考察する。
 まず、立ち現れた国民国家が、自らによる暴力の独占と許可を追求したことに伴い、社会的暴力は片隅に追いやられることになった。
 そして、加速化する社会の都市化は、市場経済が自由と安全を重視したことから、暴力の減少をもたらした。
 しかし、何と言ってもムシェンブレッドの興味をかき立てたのは、社会階級や国境の垣根を超えて生じた欧州社会の道徳観念の進歩的変容だった。
 教会、学校と軍隊は、すべて社会化の担い手として立ち現れた。
 これらは、昇華の文化を促進し、公共空間からの暴力の着実な消滅をもたらした。
 過去2世紀にわたって、当局は、アブナイ若い男達を標的にし、懲罰することによって積極的に暴力的行動を貶めることに努めてきた。
 ムシェンブレッドによれば、超人気ある大衆文学の発展・・三銃士のロマンティックな逃走劇から19世紀の最初の探偵小説群に至るまで・・は暴力的衝動を追放するのにカタルシス的な役割を果たした。
 現在ムシェンブレッドを心配させているのは、怒れる若い男達にもう一つの社会化の形態を提供しているところの、フランスの郊外等におけるギャング的暴力の再燃だ。
 徴兵制の終焉、大量失業の集中と都市ゲットーにおいて高まるフラストレーションは、ことごとく新しい破壊の文化に油を注いだ。
 「復讐法(law of vengeance)と精力のカルト(cult of virility)は、(旧大陸から)まだ完全には消滅していなかったのだ」と彼は記している。・・・」
http://www.ft.com/cms/s/2/c1c0f9fc-fedf-11dd-b19a-000077b07658.html
(2月22日アクセス。以下同じ。)

 フランス語のサイトも探してみたのですが、まともな書評は、
http://www.lire.fr/critique.asp/idC=52779/idR=213/idG=8

くらいで、これも残念ながらほとんど参考になりませんでした。
 上記FTの書評を読んだ限りでの私が改めて思ったことは、欧州は暴力の文明だ、ということです。
 殺人の頻度について、イギリスのデータを検証しなければ本来いけないのですが・・。

3 ジョーンズ

 「・・・米国のキリスト教福音派・・・、イスラム教における世界的聖戦派、そして日本のカルトであるオウム真理教といった全く異なったものの事例を行ったり来たりして<この本は書かれた>。・・・
 ジェームス・W・ジョーンズは、臨床心理学者であると同時比較宗教の権威でもある。・・・
 ジョーンズは<自分のつくった>モデルを、東京の地下鉄網をサリンで毒ガス攻撃した、仏教の分派であるところのオウム真理教と、妊娠中絶を施術する人々に対し、暴力を唱え、実行したところの米国の過激な宗教右派のメンバー達、という全く異なった宗教集団に適用する。・・・」
http://www.amazon.com/gp/product/product-description/019533597X/ref=dp_proddesc_0?ie=UTF8&n=283155&s=books

 このような比較研究を、日本の学者はやっていないのでしょうか。
 やっていないとしたら、極めて残念なことです。

(続く)