太田述正コラム#3106(2009.2.19)
<バレンタインデー抄(続)(その2)>(2009.4.1公開)

3 妬みについて

 (以下に掲げる記事抄訳の冒頭に出てくる研究は、コラム#3093でちょっととりあげた日本での研究です。)

 「・・・日本の国立放射線研究所の研究者達と彼らの同僚達は脳スキャン研究の結果を発表した。被験者達は、自分達が社会的ドラマの出演者であって高い地位/業績や低い地位/業績の役の出演者と共演するというシチュエーションを想像するように言われた。
 被験者にとって妬ましいと認められる出演者と共演する場合は、物理的な痛みを司る部位が活性化した。
 その妬み(=envy=羨ましさ)の度合いが大きければ大きいほど、大脳の痛み中枢・・・とその関連部位は勢いよく「炎上」した。
 反対に、・・・被験者がこの妬ましい出演者が落ちぶれた場合を想像するように言われると、大脳の報償回路が活性化した。その度合いは、それまでの妬みの度合いが大きければ大きいほど大きかった。・・・
 ケンタッキー大学の心理学教授のリチャード・H・スミス(Richard H. Smith)は、「これは、飢えや渇きの作用と同じようなニーズ処理システムの一種なのだ。・・・飢えや渇きの度合いが大きければ大きいほど、やっと食べたり飲んだりできた時の喜びは大きくなる」と言う。
 スミス博士は、現在の経済危機は、金融関係者達が「単なる」百万長者にとどまるという恥を回避するために競い合ったといった、とどまるところを知らない妬みが原動力になった可能性があると示唆する。・・・
 嫉妬(jealousy)は三角形であり、愛する人をもう一人の抱擁の中へと失うことを恐れるわけだ。
 これに対し、妬みは二者間の話だ。一人の貪欲な胸から、恵まれたもう一人の心に向かって矢が伸びる。その妬みは、疲れを知らず社交的であり、徒党同士、優等生一覧(honor rolls)同士、果ては国民国家同士でも生じる。
 ・・・コネチカット大学心理学准教授のコリン・W・リーチ(Colin W. Leach)は、「我々が、地位(status)、誰がうまくやっていて誰がそうではないか、自分が他人に比較してどうなっているのか、をひどく気にかけるというのは隠しようがない事実だ」と言う。・・・
 これは一種のパラドックスだが、このような最も社会的に触発される感情なのに、それを告白することは最も社会的に認められていない。
 恋敵に対する嫉妬の敵意は会話の話題として認められている。しかし、職業上の競争相手に対する妬みの敵意は、打ち明けてはならない恥ずかしい肉体反応であるかのように扱われている。
 研究者達が被験者達に妬みについて尋ねると、彼らは、「私は密かに自分自身を恥じている」と答えるのが通例だ。・・・
 研究者達は、我々の妬み衝動が、他の大部分の霊長類の社会より人間の社会の方が相対的により階統的(hierarchical)でないことの原因ではないか、という仮説を提示している。<人間は、妬みが強いがゆえに、>荒っぽい平等主義に傾きがちであり、異常に貪欲な国王達や大身達に叛乱を起こしがちであるというわけだ。
 妬みは我々が自らを律することを助けてくれることもある。つまり、何とかイイ人に見せたいし、公明正大にイイことをやらなくっちゃと思ったりするわけだ。・・・
 <英国の哲学者の>バートランド・ラッセル(Bertrand Russell)は、「もしあなたが栄光を欲するのであれば、君はナポレオンを妬むことだろう。しかし、ナポレオンはカエサルを妬み、カエサルはアレキサンダーを妬み、アレキサンダーは、思うにヘラクレスという、実在しなかった人物を妬んだ」と言った。
 もし妬みが文明に課された税金だとすれば、それは誰しもが払わねばならない税金なのだ。」
http://www.nytimes.com/2009/02/17/science/17angi.html?pagewanted=print
(2月17日アクセス)

 どうやら、民主主義は妬みの産物、ということになりそうですね。
 また、ナショナリズムやファシズムは、被治者の妬みの感情を他国ないし他民族へと上から誘導するイデオロギー、そして共産主義は、妬みの感情を過渡的には国内の金持ち階級に、その後は国外の「帝国主義」国家へと誘導するイデオロギーであって、そのねらいはいずれも、被治者の妬みの感情が統治者に向けられないようにするところにある、ってことになりそうです。
 となると、政治とは妬みの統制である、ということになりますかね。
 
 もともとは、嫉妬と妬みの相違についても、もっと掘り下げるつもりだったのですが、バレンタインデー抄、長くなったのでこれくらいにしましょう。

(完)