太田述正コラム#3020(2009.1.7)
<イスラエルのガザ攻撃(続x6)>(2009.2.19公開)

1 始めに

 今回は、イスラエルの巧みな作戦(続き)、イスラエルの国連に対する軽蔑、このミニ戦争の本質、を取り上げます。

2 イスラエルの巧みな作戦(続き)

 「カール・マルクスは歴史は繰り返すと言ったことがある。最初は悲劇として、次は喜劇として。
 最近の中東の出来事を見ているとまさにその通りだと思う。ただし、順序は逆だが・・。
 戦術的にも作戦的にもイスラエルの2006年のレバノン侵攻は色んな意味で喜劇だった。・・・
 <他方、今回のミニ戦争では、>ハマスはこれまで数百のロケットをイスラエルに撃ち込んできたところだが、このところロケットを毎日のように一層たくさん撃ち込んでいる。しかし、これまでのところ、イスラエルの一般住民の死傷者は無視しうるほどだ。地上侵攻による死傷者ときたら、大部分は友軍誤射によるものでありハマスによるものではない。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2009/jan/07/martin-van-creveld-on-israel-in-gaza
(1月7日アクセス。以下同じ)

 「・・・イスラエル側だが、軍事官僚達は、5日にイスラエルの戦車の誤射により3人の兵士が死に、20数名が負傷した。また、軍広報官によれば、1人のイスラエルの空挺兵が同じ5日の夜に別の機会に死んだ。この兵士も友軍誤射で死んだ可能性があり、現在調査中だ。
 他方、パレスティナ人達は6日もロケット攻撃を続けた。20数発がイスラエル領域に到達し<たが>、・・・イスラエル人の幼児1人が負傷した<だけだ>。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/01/06/AR2009010600541_pf.html

3 イスラエルの国連に対する軽蔑

 「・・・昨日、ガザで避難所となっていた国連の二つの学校がイスラエルによって砲撃され、<40人とも言われる>多数の一般住民が死んだという報道について、複数のイスラエルの役人達は、過激派がこの国連施設を過去にロケット発射場所として使用したことがあるとただちに弁明した。
 しかし、国連は、こういったことが生じないように、イスラエル軍に対してこれらの学校の緯度経度をわざわざ教えてあったという事実を明らかにした上で、調査を行うように求めた。・・・
 2年前のレバノンでの戦争の際にも、レバノン南部のカイヤム(Khiyam)で、明確に国連の施設であることが明示されていた場所で4人の非武装の国連軍事監視要員がイスラエル軍の砲撃によって死んだ。
 イスラエルは謝罪し、後で、1972年以来その場所にあった建物が、誤ってヒズボラの標的であるとされてしまったと弁明した。
 その10年前の1996年には、イスラエル軍はレバノン南部のカナ(Qana)に火砲の弾を何発も撃ち込み、激しい戦闘から逃れて避難していた800人のうち100人のレバノン人の一般住民が死んだ。イスラエルは謝罪し、照準が不正確だったせいにした。
 このような両者の見解の相違は、強い政治的意味合いが背景にある場合がある。
 先月、イスラエルは、ユダヤ系米国人の学者であるリチャード・フォーク(Richard Falk)・・・パレスティナ領域における国連の特別視察官(rapporteur)・・のイスラエル入国を拒み、それでもやってきた彼を国外に追放した。
 イスラエルは、彼の入国を拒んだのは、2007年に彼がイスラエルによるガザ封鎖を「ホロコーストを起こそうとしている」と形容したからだと述べた。
 より一般的に言えば、イスラエルは国連特別視察官なる代物それ自体に反対しているのだ。というのは、視察官がパレスティナによるイスラエルの人権侵害という、コインのもう一つの面について報告することを任務としていないからだ。
 イスラエルは、国連人権理事会(UN Human Rights Council)にも反対している。
 というのは、同理事会は不公平にも、イスラエル占領下のパレスティナ領域におけるイスラエルの行動にのみ焦点をあてているからだ。
 そこで2007年に、イスラエルは数次にわたって、南アフリカのノーベル平和賞受賞者たるデズモンド・ツツ大司教に対して入国ビザを与えることを拒んだ。ガザの同じ家族に属する18人の一般住民がイスラエルによる彼らの家の砲撃で死んだ事件・・イスラエルは、これは火砲に技術的問題があったせいだとした・・について調査するために同理事会から派遣されたからだ。
 それでもあきらめずにツツは、昨年、めずらしくもエジプトからギザ入りした。
 ガザの現地で話を聞いたツツは、衝撃を受けた様子で「唾棄すべき」イスラエルによる封鎖は終わりにすべきだと呼びかけた。彼はその後、国連に、この砲撃は戦争犯罪である「可能性」があると報告した。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2009/jan/07/un-schools-gaza-palestine-israel

 国連は、ロシアと中共という非自由民主主義国が、最も重要な安全保障理事会で拒否権を有しており、またそもそも、どの理事会でも、そしてもちろん総会でも、非自由民主主義国ないし発展途上国が多数を占めています。
 ですから国連は、基本的に、豊かで強力な自由民主主義国・・欧米諸国に日本にイスラエル・・に対する嫉妬心と敵意に満ちている機関だと思えばよいでしょう。
 小沢一郎を始め、戦後日本人に国連を理想視するお目出度い人が少なくないのは、日本が米国の属国であって、安全保障を真剣に考えてなくて済んでいるからにほかなりません。
 イスラエルの人々は自らの安全保障を真剣に考えているからこそ、国連の本質を熟知し、国連を軽蔑しているわけです。
 ですから私は、時々イスラエル軍の兵士達が「自発的」に国連の施設や要員に照準をあてたりすることがあっても決して不思議ではないと思っているのです。
 仮にそれが勘ぐり過ぎだとしても、少なくともイスラエル軍の兵士達が、国連の施設や要員を全く聖域視していないことだけは請け合います。
 このようなイスラエル人の国連観、ひいては私の国連観は、1980年代初期に国連の仕事に携わった経験と、1988年に英国防大学で同僚「学生」であったイスラエル軍大佐(当時)とつきあった経験を通じて到達したものです。
 なお、申し上げるまでもなく、これは米国の国連観でもあります。
 国連が有効なのは、技術的事項や海賊対策等、安全保障の根幹に関わらない分野だけなのです。

4 このミニ戦争の本質

 「何年もの間、イスラエル人達とパレスティナ人達は土地をやりとりすることで平和を確保するゲームを行ってきた。・・・
 しかし、ハマス、ヒズボラ、そしてイランが中東における闘争の主役になった時点で、このゲームは中止された。・・・
 ハマスを始めとする過激派は、目的については教義的(dogmatic)だが、タイミングと手段については柔軟(pragmatic)だ。
 種々のケースにおいて、イスラエルは短期間ではあっても暴力を抑圧することに成功した。
 2004年のアブデル・アジズ・ランティシ(Abdel Aziz Rantisi)とアハメッド・ヤシン(Ahmed Yassin)の暗殺<(コラム#300)>は短期間ハマスの自爆テロを抑圧した。また、2006年のベイルートのダヒヤ(Dahiya)地区におけるヒズボラの指揮統制構造の破壊は、ヒズボラ指導部に衝撃を与えたようであり、イスラエル北部におけるテロ活動が減少した。
 この<新たな>ゲームにおいては、暴力は必ずしも暴力を呼び起こさない。時には暴力を防止することだってある。
 イスラエルの行動で成功するものと失敗するものがあるのは、どれだけ破壊ができたかにかかっているのではなく、それがいかなる心理的メッセージを相手に送ったかにかかっているのだ。・・・
 この新しいゲームは消耗戦ではない。それは信頼感をめぐって争われるところの、士気の均衡を変えるべく企図された心理的やりとりの連続という形態をとる戦闘なのだ。・・・」
http://www.nytimes.com/2009/01/06/opinion/06brooks.html?ref=opinion&pagewanted=print