太田述正コラム#3075(2009.2.4)
<皆さんとディスカッション(続x388)>

<アーサー>

 早速お返事いただき有難うございます。では、続いて、

 「エコ社会化」と「男女共同参画社会化」を日本が推進すべきであり、かつそれらが縄文モード状態である、とお考えですか。
 では、日本は縄文モードを推進すべきであるという結論になり、弥生化を目指すという話と両立しませんね。

 少し、議論の方向性について整理してみましょう。

 日本は戦前から現在まで縄文モードである、さらに吉田ドクトリンで軍事放棄したままだ、そのため日本は堕落した、という所からスタートすると、縄文モードを変えよう、吉田ドクトリンから脱却しようという目標になります。
 しかし、縄文モードという概念自体が仮説の域を出ず、その原因も変革のための対策も暗中模索の状態です。
 吉田ドクトリンについては議論が盛り上がりませんね。

 そこで、まず縄文モード議論について。
 変革のために男性の暴力的傾向を伸ばそうという方向ではなくて、
 先程の「エコ社会化」「男女共同参画社会化」、人権や平和という方向で、女性の支持を得つつ、時代とリンクさせながら属国的状況からの脱却を図るべきでしょう。

 次に、吉田ドクトリンについて。
 昨日のメールでも少し触れましたが、「日本は敗戦した。ゆえに悪である。」という、言わば「敗戦国悪玉論」が未だに日本にはしっかりと存在しています。天皇責任に関する議論が熱を帯びて展開されたのも、「敗戦国悪玉論」が暗黙の前提として存在するからではないでしょうか。仮に日本が戦争に勝利していたら、このような議論は生じることすらないかもしれない。

 吉田ドクトリンについて、「敗戦国悪玉論」からスタートすると以下のようになります。
 「敗戦した国は悪である。」
 「日本は敗戦した。」
 「ゆえに日本人の軍隊は悪である」
 「したがって安全保障は、悪である日本軍以外の軍隊にまかせよう。」
 吉田ドクトリンはこのような日本人の共通認識の上に自然に生まれ、そのまま現在に至るまで続いているに過ぎないのではないでしょうか。

 もし、戦争の勝ち負けと善悪は別である、と認識を持つようになれば、かつて負けたが日本軍自体は悪ではない、日本を主体的に守る軍隊を有するのは当然であり、紛争により治安が悪化している地域に軍隊を派遣するのは国際社会における責任をはたすことだ、ということになり、米国に対する属国的状況から脱却する道筋が生まれると思います。

 とすると、打破すべきは「敗戦国悪玉論」ということになり、目標は極めて明確になります。
 実際、過去の太田コラムは概ねこの方向を指している、と言っても過言ではないと思いますが、いかかですか?

<太田>

 すぐ下のMSさんの投稿(アーサーさんのこの投稿を見ずに書かれたもの)をまずはお読み下さい。

<MS>

 アーサーさん、コラム#3072(未公開)に対して(コラム#3073で)ご質問いただきうれしい限りですが、ちょっと考えてみたところ、
自分の書いたコラムのほころびに気づいてしまいました(下記の3)。

1. 縄文時代は中性的な社会か?

 縄文イコール中性化の典拠は何でしょう。

申し訳ないのですが、質問の意味がよくわからなかったので、 コラムの内容を補足する形で答えさせていただきます。

シュミット博士の推論によると中性化の問題は社会的ストレスと大きく関係しています。したがって、縄文社会がどれほど高度な社会性を持っていたかが重要になると思います。

縄文社会は3000年前には、すでに階層化が起こっていたということが、発掘される土器の種類などからほぼ常識になりつつあるようです。

『・・・階層論を展開する上で、装飾品や墓制が根拠にされるのが普通だが、人類学者の渡辺仁さんが着目したのは縄文土器。「縄文式階層化社会」を発表し、最初にこの問題を提起した人物として知られる。
 八戸市の八幡遺跡。ここから出土した縄文晩期(約3000〜2300年前)の土器の作り方には、はっきりした違いがある。粗製品、精製品に分かれており、その文様も黒色に研磨されるなど手の込んだものと、ただ縄文を施しただけのものに大別されるという。
 このような傾向は是川遺跡の土器にも言えることで、縄文晩期の時代にあたる亀ケ岡文化の大きな特徴と言ってもいい。
 精巧な精製品と、粗製品の土器が遺跡から同時に出土する実態。それがヒントになったわけだが、渡辺さんは次のように結論付けている。「精製土器は政治的指導者など、地域社会の上層に属する人たちによって作られ、保有保管された財宝の一種だった」
 つまり、富者(上層)と貧者(下層)で構成される階層社会を反映しているのが、縄文土器というわけである。』
http://www.daily-tohoku.co.jp/kikaku/tyouki_kikaku/jomon/jomon_33.htm

つまり、縄文社会は、高度に社会性の発達した原始とはほどとおい社会だったと考えられます。

したがって、仮に縄文社会が伝統的農業社会なみに社会的ストレスが強い社会だとすると、シュミット博士の推論に基づくと中性化がおこるのではないか? と思っています。

ちなみに、オフ会の時に恒常的に殺し合いをしていない3分の1の狩猟採集社会について、Nicholas Wade の"Before the dawn"ではどのような記述があるかという質問が太田さんありましたが、

p. 151 に、
"... Warefare was a routine occupation of primitive societies. Some 65% were at war continuously, according to Keeley's estimate, and 87% fought more than once a year. ..."

という記述がありました。

上記記述では、原始社会(単なる狩猟採集社会ではない!)は、恒常的に戦闘しているのは65%(2/3)、頻繁にやっている(>87%)ものも含めるとほぼ100%が、戦闘の絶えない社会なのでしょう。

一方話が混乱するかもしれませんが、上記リンクを見ると、縄文社会は平和はなかった、という研究者もいるようです。

『同じ狩猟採集民という点で縄文文化とよく比較される、北アメリカ北西岸の先住民社会では貴族、平民、奴隷の三階層に分かれていたそうである。奴隷狩りも行われていたという。
 日本の縄文時代にも奴隷がいたのなら、即階層社会という判定になり、長年の論争に決着がつくのだが、残念ながらそれは証明されていない。
 ただし、中国側の記録によると、弥生時代の二―三世紀にかけて、邪馬台国の女王・卑弥呼らが「生口」、つまり、生きている人間を献上し、当時の後漢や魏の国に朝貢したことが記されている。奴隷に近い存在だったのだろうか。
 小林達夫さんは縄文時代にも奴隷が存在していた、と解釈する考古学者の重鎮。「生口」は弥生時代になって突然、出現したのではなく、「その一部の出自は遠く縄文時代から続いた下層の人々と考えられる」(縄文人の世界)としている。“縄文の戦争”を積極的に肯定しており、身分階層社会論の熱心な提唱者として知られる。』

ちょっと小林さんの主張の根拠がよくわかりませんが、一度チェックしてみないといけないなと思っています。

2. 犯罪と中性化の関係

≫次に、男性の中性化の典拠として、強姦発生件数、他殺率などが挙げられていますが、仮にこれらの件数が増加すれば中性化が改善し、弥生モードになり、日本はアメリカの属国から独立するのでしょうか。(アーサー)
→・・・。えーい、面倒だ、イエス!(太田)≪(コラム#3073)

わーお!それは因果律が逆ですよ!

弥生モードへの転換→男女の性差の拡大→強姦発生件数、他殺率の増加 &(並行して)弥生モードへの転換→軍事に目覚める→独立

というシナリオです。  

3. ほころび          
  
≫女性に対するアファーマティブアクションを推進する議論に、支障が出ませんか?(アーサー)
→先進国におけるエコ社会化や男女共同参画社会化のうねりは、縄文化のうねりである、と私自身は認識しています。 昭和期の日本は、縄文モードの時代であったのに、縄文モードにそぐわぬ大戦争・・どうしても男性優位になってしまう・・をやる羽目になったことにより、本来男女共同参画社会化の旗手たるべき日本が、この点では逆に他の先進諸国より遅れてしまったということなのです。(太田)≪(同上)

そういえば、昭和20年までは日本は頻繁に戦争をしていたのに、コラム#3072に書いたシナリオ、

『戦後日本が軍事を放擲(縄文モードへの転換)→ 暴力的エネルギーの低減
→ 性的エネルギーの低減(中性化)』

では、軍事の放擲=縄文モードへの転換としていたので、昭和期を縄文モードと考えるとつじつまが合いませんね。
(なんだか、話が混乱してきました。。。)

これは、<オフ会参加者>メーリングリストでFSさんにご指摘いただいことですが、縄文モード=内向的、弥生モード=外向的ととらえたほうがいいかもしれません。
そうすれば、昭和期が縄文モードであることが、うまく説明できるような気がしていますが、今のところよいシナリオが思いつきません。

4. 新データ

≫「・・・米国では、何らかの違法薬物を一生のうちに経験する人の比率は46%もある。欧州でも20%を超える国は多い。 ところが、日本は2.9%と際だって低い。・・・」 これも、中性化の議論と無縁ではなさそうなデータですね。≪(コラム#3073。太田)

ご紹介ありがとうございます。
コラム#3072の、『日本では事故死率の男女差が小さい。長谷川寿一東大教授によれば、男性が「男らしさが減り、危険に近づかなくなっている」ためとのこと。』という記述を補強するデータだと思います。

<太田>

 アーサーさん、SMさん、「中性化」に関する議論への貢献ありがとうございます。

 まず女性問題についてですが、お二人とも、私のホームページに掲げてある(選挙に出たときのままの)「主張」
http://www.ohtan.net/opinion/opinion2_text.html
を再読していただきたいですね。
 国が自立していない(=米国の属国である)→だから企業も個人も自立していない→女性差別等もその現れである
という論理なんですが、お分かりいただけました?

 次にお分かりいただきたいのは、先の大戦をめがけて構築された日本型経済体制は、当時の日本の縄文モード化と軌を一にしていたところ、この体制は本来的に軍事(軍事作戦・諜報・危機管理等)には向いていないということです。
 最後にお分かりいただきたいのは、私は、21世紀における日本の課題は、グローバル化した世界の下、単なる弥生モード化ではなく、これまでの日本史の宿命的サイクルからの脱却、すなわち、弥生的縄文社会(=日本の顔をしたアングロサクソン的社会)の構築であると考えていることです。
 そして、そのために必要なこととしては、基本的に、一、(軍事力の保持、マーケットメカニズムの重視、人的開国の実現を含む)選択的弥生(アングロサクソン)化、二、軍事力の保持とあいまった米国からの「独立」(国家ガバナンスの回復)、三、(このことともあいまった男女共同参画社会の実現を含む)縄文化の徹底と縄文モ−ドの世界への普及、であると私は考えているのです。

 これで頭の中、スッキリしました?

<moshika>

 --縄文・弥生モード仮説・中性化論について--

 この投稿は、私の下記主張に関係なく、太田さんの「縄文・弥生モード」・「中性化論」について、更に投稿が集まる契機になればと思います。

 「縄文モード」であるはずの日本でも、暴力的な文化の隆盛が確認できます。以下は、その一情報です。
 近年、日本では格闘技がブームであり、他国と比べても先進的です。
 ここでの格闘技とは「総合格闘技」という意味です。総合格闘技とは、相手を踏みつけたり、馬乗りになって殴るなど過激な攻撃が許されており、「何でもあり」(No Holds Barred)とも呼ばれます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E5%90%88%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80

 この過激で、暴力的なスポーツが日本では受容されています。
 ウィキペディアには、「(日本は)2000年代以降、PRIDEを中心としたテレビの地上波放送により大衆レベルでは世界でも最も総合格闘技が受容されていた国の一つだった。」との記述があります。(上記サイトの「各国の格闘技の隆盛」の項)
 実際、世界中(アメリカ・ロシア・旧ソ連圏・ブラジル・韓国等)から選手が日本に集まっていました。例えば「PRIDE」
http://ja.wikipedia.org/wiki/PRIDE%E9%81%B8%E6%89%8B%E4%B8%80%E8%A6%A7
や、現時点で日本最大手である「DREAM」(TBSの地上派放送有り)の選手達がそうです(PRIDEの消滅後、選手がアメリカの団体に奪われている感はあります)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DREAM%E9%81%B8%E6%89%8B%E4%B8%80%E8%A6%A7

 また、総合格闘技の大会が去年の大晦日に放送されていたのは記憶に新しいとして、2003年の大晦日には民放3社(フジ・TBS・日テレ)が放送しました。
 去年の平均視聴率は、民放で2位です
http://dreamofficial.com/free/news/detail.php?id=1230893652
が、2003年大晦日の格闘技番組が平均視聴率19.5%で、紅白の裏番組では史上最高となり、瞬間最高では43%にもなって紅白を抜きました。
http://www.boutreview.com/data/news/031231rating.html

 大晦日という時期限定とは言え、一般の方々も格闘技を受容している証左だと思います。
 日本における大規模格闘技興行の1つであった「PRIDE」は2007年に消滅していますが、人気の低迷というより、スキャンダルで地上派放送が打ち切りになってしまったことが原因だと思われます。(下記サイトの「地上派放送打ち切り」の項以下、「地上派放送」の項以下。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/PRIDE#.E5.9C.B0.E4.B8.8A.E6.B3.A2.E6.94.BE.E9.80.81.E6.89.93.E3.81.A1.E5.88.87.E3.82.8A

 総合格闘技はある時期、とても過激になり、それを見ている自分を差し置いて、「なぜ日本人は大人しいはずなのに、人の頭が踏み付けられているのが楽しいのだろう」と思っていました。現在は選手の技術水準やジャッジのレベルが上がって、酷い状況になることはほとんどありませんが、ルールが「何でもあり」であることは変わりが無く、現在でも過激なスポーツです。

 以下は私見です。
 ご存知の通り、日本の国技は相撲です。相撲は平安時代以降は宮中儀式化されたようですが、「日本書紀」の記述では完全な「何でもあり」です。(下記サイト「相撲の歴史」の項における「古代」〜「奈良・平安時代」)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E6%92%B2#.E7.9B.B8.E6.92.B2.E3.81.AE.E6.AD.B4.E5.8F.B2

 格闘技ブームは中性化よりも、普遍的な「日本社会の特殊性」である奔放な性(太田コラム1513)と暴力の関係を考えたほうが良いかもしれません。
 「性」と「暴力」の関係の微妙さは「サディズム」の例があると言えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0

 想定外にとても長くなってしまいました。長文失礼しました。
 上記のこととは関係ありませんが、太田さんの歴史論が出版される可能性があるとのこと(太田コラム3039)楽しみにしております。無事に発刊されますようお祈りしております。

<太田>

 全く同感です。
 情報提供、ありがとうございました。
 なお、歴史論の出版については、同じような「誤解」が他の方々からも寄せられていますが、残念ながら、私の希望的観測に過ぎません。

<Nelson>

≫安全保障政策が一貫していようがいまいが、そんなことは本質的な問題ではなかろう、ということです。≪(コラム#3065。太田)

 確かに、敗戦原因は科学技術力と物量の差でしょうね。
 ただ、それは実際に矛を交えた段階の話ですよね。
 私が言っているのは、矛を交える前の話です。
 安全保障政策として南進論をとり圧倒的に強い米を敵とするよりも、北進論をとって共産主義のソ連を相手とした方が米からの石油をあてにしながら、北方のエネルギー資源を獲得できたのではないのでしょうか。
 それでも、日露戦争以降の米では黄禍論が高まっていたので、結局結果は同じだったかもしれません
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E7%A6%8D%E8%AB%96
が、日米開戦になっても善戦し日露戦争の時のように講和を結べた可能性もあります。

<太田>

 独ソ開戦時に日本も対ソ戦に踏み切るべきだったという主張ですね。
 しかし、関特演をやっただけで、日本はそうせず、結果的に南進論で国論は統一されたわけですから、「安全保障政策<は>一貫してい」たということになるのでは?

<Nelson>

≫帝国海軍も陸軍も対米英戦開戦初期においては、奇襲的な勝利を何度か収めましたが、その後行われたまともな戦いにおいては、海軍はほとんど青史に残るような戦い方はしていません。これに対し、陸軍は、どちらも敗北が決まっていた戦闘ではあったものの、ペリリュー島攻防戦(コラム#2128)や硫黄島の戦いのような、素晴らしい戦い方をしています。装備面で海軍は陸軍に比べて相対的に恵まれていて、少なくとも戦争初期においては米英軍とほとんど遜色がなかったということを考えると、海軍の軍隊としてのだらしなさは陸軍以上です。≪(同上)

 ここは「Nelson」として敢えて言わせてもらいます。
 海戦において、特に科学技術力の差は、たとえそれが僅かな差だとしても、勝敗を大きく左右します。例えば日本海海戦、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E6%B5%B7%E6%88%A6#.E6.96.B0.E6.8A.80.E8.A1.93
戦艦(大艦巨砲主義)から戦闘機(航空母艦主義)への主力の変化
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%89%A6%E5%B7%A8%E7%A0%B2%E4%B8%BB%E7%BE%A9
などがそれです。
 したがって、戦力のほとんどを兵器に依存する海軍が大した活躍がなく敗戦を迎えたのはある意味仕方がないと私は考えます。
 
 なお、帝国海軍も戦後への貢献はしたことはありますよ。
 一つ挙げておきたいのが「海軍兵学校」が戦争末期に唯一公的に英語教育をしていた場であったことです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E5%85%B5%E5%AD%A6%E6%A0%A1_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)
 これは、敗戦濃厚であっても士官候補生を募集し続け教育を施すことで、優秀な人材を育て戦後に貢献しようという意図があったとか。

<太田>

 Ms.Nelson、最後のリンクはリンク先を間違えたのでは?
 (ついでに言えば、大艦巨砲主義に関するリンクを掲げたことも、文脈に照らし、必ずしも適切とは言えません。)

 リンク先は、井上成美
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E6%88%90%E7%BE%8E
にすべきだったですよ。
 そもそも、海兵が英語教育を継続したのは、当時、井上が校長だったからこそです。

 「・・・陸軍士官学校が英語教育を廃止し入試科目からも外すと、海軍兵学校もこれにならうべきだという声が強くなった。<しかし井上は>・・・兵学校の英語教育は従来通り行った。・・・」

>戦力のほとんどを兵器に依存する海軍が大した活躍がなく敗戦を迎えたのはある意味仕方がないと私は考えます。

 果たしてそうかな。
 先の大戦における、帝国海軍による最初で最後のがっぷり4つの戦いであった言ってよい「珊瑚海海戦で<この井上は>・・・消極的と評価された指揮により、司令長官職を事実上解任され」ており、「井上本人も「本当にいくさが下手でした」と述懐したことがあった」ことは、帝国海軍が適材適所の将官人事をやっていなかったことを示しています。
 井上には軍政面でのみ、辣腕を振るわせるべきだったのにね。
 珊瑚海海戦が不完全燃焼による引き分けに終わったことにより、先の大戦で、帝国海軍は青史に残る戦いを一つも残すことなくその歴史を閉じることに相成ったのでした。

 ついでながら、この井上についてのウィキペディアは素晴らしい出来ですね。

<Nelson>

≫Ms.Nelson、何かコラム書いてみませんか?≪(コラム#3073。太田)

 恐れ多いですよ。若輩者の私なんかが・・・、もっと修行したあとということでよろしくお願いします。

<太田>

 分かった。
 期待してます。
 それにしてもMs.Nelson、これからどんなお仕事をされるんですか?

<KT>

 --オフ会・太田コラム・マニアッククイズ解題--

 太田コラムクイズで言及した、日本語版wikiに載ってないけど、英語版wikiに載っていた言葉です。

 コラム#2026(ホロコーストの真実)で載っていたサユル・フリードレンダーは日本語版で探しても無かったんですが、英語版はありました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Saul_Friedlander

 コラム#410(トラディショナリズム)のトラディショナリズムも日本語版は無いけど、
英語版はありました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Traditionalism

 コラム#338(アングロサクソンバッシング その2)のオクシデンタリズム(反西洋思想でいいんですか?)も日本語版は無しで、英語版はありました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Occidentalism
 (ただし、オクシデンタリズムについて語ったイアン・ブルマはありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%9E)

<michisuzu>

 麻生さんは中福祉中負担なんてあほなこと(机上の空論)言ってますが。
 教育格差がこれ以上ひどくなると絶対的貧困が増えて確定しますよね。
 日本は今後、高福祉高負担(教育費用無料:大学まで給食も無料の北欧)を目指すしかないのではと思っています。
 幸福度ランキング43位の日本は今後どこを目指せばよいのでしょうかねえ?
 太田様、ちなみに今回は典拠(不満かもしれませんが)をつけましたよ^^

http://arkot.com/jinkou/ranking.htm
http://www.jetro.go.jp/world/europe/dk/invest_04/
☆幸福度ランキング(住民満足度)
1位 デンマーク
・・・
35位 西ドイツ
・・・
43位 日本
・・・
48位 台湾
49位 東ドイツ
54位 中国
62位 韓国
63位 香港
・・・

<太田>

 リンク先は2つとも、幸福度ランキングと何の関係もないじゃん。
 しかも、東ドイツ、西ドイツが登場するなんて、一体いつのデータなの?
 リンク先は、例えば、
http://www.narinari.com/Nd/2006076284.html
なんかがいいだろうね。
 また、「高福祉高負担を目指すしかない」と言ってる人が、消費税アップ絶対反対という持論じゃ支離滅裂ではないの。
 michisuzuちゃん何かあったの? 大丈夫?

<雅(商人です)>

 こんな話題じゃない?いや、、ちょっと入れてくださいな

 2008-11-15(IMF-10兆)、なぜIMFに10兆円国会の審議無しで通ったことと、
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090110/plc0901102104007-n1.htm
ちなみに何の説得力もない文章。
http://allabout.co.jp/career/economyabc/closeup/CU20081116A/
 この末恐ろしい出金は、どういう意味があるのだろう?ただの米国からの圧力なのだろうか?と思ってしまいます。

 2009-02-01(ODA-1.5兆)、ダボス会議でのODA1.5兆円。
http://indonews.jp/2009/02/15-8.html
(あまりに日本の新聞の典拠が情けないので、それは省略)
の報道はどこに消えたの?

 1.5兆円も掛けるODA(さんざん報道された定額給付金は、総額約2兆
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090122k0000m010068000c.html
なのだから、その戦略的意義について新聞・TVは説明すべきだと思うのだけれど、一切これの内容について踏み込んで報道されない。

 私見では、世界規模で見て今回の金融危機の損害規模に対して、今回のODA1.5兆円など焼け石に水な上に、それを分散投資するとみると無意味だから、、、
1.単なる選挙アピールのための外交得点を稼ぐための「施し」
2.外国を使っての大規模な裏金作り
3.ひょっとして外交力を発揮かな?
4.米国からの圧力

 野党からも追求が薄い点をみるとやはり「4」なのですかね?

 太田さんは、どう思われますか?

<太田>

 IMFへの拠出を含め、お察しの通りだと思います。

<天邪鬼>(http://www.rondan.co.jp/html/mail/0902/090202-02.html

 --日本は世界で最も差別の少ない国--

 日本の保育園に子供を預けていた韓国人が 「 他人に親切にしなさい、思いやりを持ちなさいなどと教えられたら韓国では生きていけない 」 と保育園に抗議に来たそうである。
 またシナから日本に帰化した石平氏は日本に来てから10年間はいろんな嘘をついて暮らしてきたそうである。 そして10年以上経って日本では嘘は言わなくても生活していけるのだと悟ったそうである。
 シナ ・ 朝鮮人は嘘や人を騙さないと生きていけない国なのである。 シナ ・ 朝鮮人も日本人と同じと思い込み日本人の優しさ、思いやりで彼等に対峙すれば母屋を取られるのである。
 ・・・
 低能なサヨク脳しか持っていないサヨクらは 「 在日は差別されている 」 と言うが差別意識が一番表れる結婚においても在日の8〜9割は日本人と結婚しているのである。 黒人の8〜9割が白人と結婚するようなら黒人差別は無く なったといえるだろう。 つまり在日差別は殆ど無いのだ。
 しかし在日との結婚は少し考えるべきだと思う。 何故なら在日の成人男子は約25万人、在日ヤクザは約2万5千人、つまり成人男子の10人に1人がヤクザという計算になるのだ。
 やはり在日は警戒すべき集団だと思うのだが、政府もマスコミも報道しないから多くの日本人は在日の実態を知らず結婚するのだ。
 また我々一般人より優れた見識 ・ 知識を持っている太田述正氏によれば

 「日本は英国と並んで世界で最も差別の少ない国の一つといえる・・・日本のマス・メディアが第二次世界大戦中の日本の国家犯罪を語り、在日の犠牲者性を語る 過程で在日の「被害者神話」が確立し「在日による日本人差別」が正当化され、現在に至っている・・・日本人の在日に対する差別意識の解消を図るためには、 その原因をつくっている韓国・北朝鮮・在日の側が変わらなければならない」

と書いている。 これがまともで常識的な認識である。
 馬鹿サヨクに騙されないようにしましょう。
http://blog.ohtan.net/archives/51325491.html 
部落 ・ 在日問題 ( 太田述正メルマガより )
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太田述正コラム#3076(2009.2.4)
<新駐日米大使ジョセフ・ナイの対日政策観>

→非公開