太田述正コラム#2973(2008.12.14)
<中共における08憲章について(その1)>(2009.1.30公開)

1 始めに

 「共産党の一党独裁体制の変更を求めて学者や弁護士ら303人が公表した「08憲章」は、第3次署名名簿が13日公表された。署名者はこれまでに合計1269人となった。憲章の起草者とみられ、拘束された著名な反体制作家、劉暁波氏(53)の釈放を求める署名もこれとは別に二千数百人集まっている・・・」
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081213/chn0812131907003-n1.htm
(12月14日アクセス。以下、特に断っていない限り同じ)
という産経の記事を読んで、しまった、本件に関する英米の主要メディアでのこれまでの報道を見出しだけ見て、中共当局のいつもの言論弾圧かと思って見過ごしていた、と臍をかみました。
 朝鮮日報にも出ていました。
http://www.chosunonline.com/article/20081213000023

 この「08憲章」、すなわち2008年憲章の要旨は
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081213/chn0812132023007-n1.htm
で見ることができますし、

全文(英訳)は、
http://www.nybooks.com/articles/22210
で見ることができます。
 ちょっと長いのですが、英語のできる方は、全文を読まれることをお勧めします。

2 感想

 英米の主要メディアの報道ぶりのご紹介は後回しにし、最初にこの「08憲章」・・支那の2008年自由民主主義宣言文書だと思えばよい・・を読んだ私の感想を申し上げておきます。
 一番痛ましいのは、この憲章が、支那の歴史、とりわけ清末以降の支那の現在に至るまでの歴史を、ほぼ全面的に否定していることです。
 その結果、この憲章は、支那の歴史を全く拠り所としないところの、どこの国の自由民主主義宣言文書としても通用する、という意味で普遍性はあるけれども、支那人の琴線に触れる部分が全くない文書になってしまっています。
 これを日本の場合と比べてみましょう。
 日本に関しては、1868年に五箇条の御誓文が出されており、この御誓文は、翻訳語ではなく、当時の日本語、つまりは日本固有の概念を用いて書かれているだけではなく、その後、この文書は自由民主主義宣言文書として受け止められることとなり、現在に至っているのです。
 どういうことかご説明しましょう。

 「・・・木戸孝允は・・・1875年(明治8年)、<彼>・・・の主導により出された立憲政体の詔書で「誓文の意を拡充して…漸次に国家立憲の政体を立て」と宣言。立憲政治の実現に向けての出発点として御誓文を位置付けた。・・・」

→自由主義の淵源は五箇条の御誓文(太田)

 「自由民権運動が高まる中、御誓文は立憲政治の実現を公約したものとして一般に受け止めらるようになった。特に第一条「広く会議を興し万機公論に決すべし」は、当初は民選議会を意図したものではなかったが、後に民選議会を開設すべき根拠とされた。例えば、1880年(明治13年)4月に植木枝盛が起草し片岡健吉・河野広中らが提出した「国会を開設するの允可を上願する書」が著名である。・・・」

→民主主義の淵源も五箇条の御誓文(太田)

 「戦後、1946年(昭和21年)1月1日の昭和天皇の人間宣言で、御誓文の条文が引用されている。昭和天皇は幣原喜重郎首相がGHQに主導されて作成した草案を初めて見た際に、「これで結構だが、これまでも皇室が決して独裁的なものでなかったことを示すために、明治天皇の五箇条の御誓文を加えることはできないだろうか」と述べ、急遽GHQの許可を得て加えられることになった。天皇は・・・1977年8月23日記者会見<時>に、「それが実は、あの詔書の一番の目的であって、神格とかそういうことは二の問題でした。(中略)民主主義を採用したのは明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして五箇条御誓文を発して、それが基となって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入物ではないということを示す 必要が大いにあったと思います。」・・・と語っている。・・・

→昭和天皇が、大正デモクラシー、すなわち自由民主主義が五箇条の御誓文の精神を実現したものと信じていたことはほぼ間違いなかろう。しかも昭和天皇は、大正デモクラシーは先の大戦を経て終戦時まで維持されていた、と信じていたふしもうかがえる。(太田)

 「1946年(昭和21年)6月25日、衆議院本会議における日本国憲法案の審議の初め、当時の吉田茂首相は御誓文に言及して、「日本の憲法は御承知のごとく五箇条の御誓文から出発したものと云ってもよいのでありますが、いわゆる五箇条の御誓文なるものは、日本の歴史、日本の国情をただ文字に現わしただけの話でありまして、御誓文の精神、それが日本国の国体であります。日本国そのものであったのであります。この御誓文を見ましても、日本国は民主主義であり、デモクラシーそのものであり、あえて君権政治とか、あるいは圧制政治の国体でなかったことは明瞭であります」と答弁した。」

→現行憲法は形式的に明治憲法の改正手続きによって制定されただけでなく、実質的にも、大正デモクラシー(自由民主主義)的に再解釈された明治憲法の新しいバージョンに過ぎない、という認識を吉田茂が示したというわけだ。(太田)

 (上記「」内は、下掲に拠る。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E7%AE%87%E6%9D%A1%E3%81%AE%E5%BE%A1%E8%AA%93%E6%96%87

 要するに何が言いたいかと言うと、自由民主主義宣言たる08宣言が、今ただちに支那の草の根の大衆の間に浸透し、体制変革のうねりを呼び起こす、ということにはならないだろう、ということです。

3 英米の主要メディアの報道ぶり

(続く)