太田述正コラム#3061(2009.1.28)
<皆さんとディスカッション(続x381)>

<太田>

 最初に訂正です。
 コラム#3056(未公開)で、「<人間の>女性の性器<で>・・興奮が起こらなかったのは、ボノボの性交を見せられた時だけだった。」と記したのですが、
http://www.slate.com/id/2208500/pagenum/all/#p2
(1月27日アクセス)が、上記コラムで私の拠った原典拠を引用しつつ、'Scenes of bonobo chimpanzees humping increase women's vaginal blood flow.'と記してあったので、恐らく私の誤読だったのだろうと思います。
 原典拠にあたれって?
 いつも思うんですが、科学記事は文学的に書くなってんですよね。
 あの類の英語の文章は2度と読み返したくないのであしからず。

<nhatnhan>

≫中共の鉄道の切符は〜入手することが極めて困難なのだそうです。≪(コラム#3059。太田)

 春運(旧正月帰省ラッシュ)のピーク時はそうですね。私も「無座」という切符で14時間たちっぱなしだったときがあります。安い2等寝台はこの時期なかなか取れません。(今年の一時帰国は、飛行機にしました)
 庶民もこの鉄道関係の汚職には怒ってますので、それなりの対応がなされつつあるようです。駅の入り口で「この切符は自分で買ったのか」って警官にきかれました(聞かれただけ。笑)。あと1年前ネットで予約できるようにするとかニュースで見ましたが、まだです(笑)
 ちょっと前に全国がオンラインで結ばれたはずなのですが、他の駅の切符が買えないときもあります。なぜ乗車10日前からじゃないと切符が買えないのかも意味不明です。
例えば、北京〜西安間の列車に、その間に位置する駅から乗ろうとすると、「無座」切符になりやすいです。駅ごとに切符の数の割り当てがあるんでしょうね。仕方なく始発駅からの切符を買うことになります。ちなみに、北京〜西安(1200km)の一番やすいチケットは115元、2等寝台が265元程度、1等寝台が400元程度、時間は12時間程度。航空券は正規料金が1050元、探せば半額以下のものもあります。(典拠省略)
中国を旅行されるときには、ぜひ、鉄道で。面白い体験ができるはず?!
日本語では「中国鉄道倶楽部」というサイトが詳しいです。

<太田>

 コラム書いていただけるのを、待ってますよ!

<michisuzu>

≫Nelsonさんとmichisuzuちゃんの「ディスカッション」ホント面白いですね。 クラシック音楽になぞらえれば、ロマン主義の曲と現代音楽の曲が交互にかなでられているような感じを受けました。 michisuzuちゃん、太田コラムに関して投稿する時だけは、ロマン主義の曲をかなでてくれると有り難いんだけど・・。≪(太田)

 面白がって頂いて恐縮です、皮肉も言わずに、私の暴言まがいの発言を嫌がらずに聞いていただける器量の大きさを改めて感じます。

≫それはそれとして、神の存在なんて迂遠な話に飛ばずに、天皇と深く関わっている神社のことを考えてみたらどうです? 神社だって、正月とかお祭りの時には、結構「大切にされ」たり「尊敬」されたりしていると思うけど、それはどうしてだと思う?≪(太田)
 MIXIでも天皇制の存在について何故尊敬するのかをそれこそ数十人に聞きましたが皆様まともな答えを見たことがありません、同じ理由で神社に関しても大体、教義(他の宗教と比べてほとんど教義そのものがないに等しいです)すらまともに普及していないのに理由などあるわけもないかと思われます。
 ただ私の田舎の北海道でも農家は間違いなく仏壇と神棚はセットで存在していますし、年中ろうそくやお供えはかかしません。
 信心は田舎のほうが強い気がしますね。
 冗長になりましたが、神社がお正月などに大切にされる理由はま豊作祈願と一種のお祭り騒ぎのきっかけではないでしょうか?
 夏祭りは近親相姦を防ぐための乱交(夜這い)の名残かと思われますが?
 違うかなあ?

<Nelson>

≫往復書簡集において、我々は、「昇華された」恋の一つの典型・・肉体的・倫理的に2度と結ばれることが不可能になった2人が生涯愛を育み続け、互いに知的に高めあって行く・・を見いだすことができるのであり、これは、別居中の妻がいながら、愛人の(ネルソンの熱烈なファンであった)夫と共同生活・・一妻二夫制!・・をしてこの愛人との間に子供までつくったネルソンの「背徳的」な恋愛とは好対照です。 差し出がましいようですが、Nelsonさん、こういう類のフィクションやノンフィクション、もっと読まれた方がいいですよ≪(太田)
 
 深いですね〜。太田様に言われるまで、私はアベラールとエロイーズの恋等の男と女の恋の類のフィクションやノンフィクションをsoap operaだと決めつけていたので、周りが読んでいても、この類の小説をわざと避けて読んでいました。(冒険小説なら、結構読むのですが・・・)
 ただ、太田様から男と女の恋愛の深さを知って、男と女の恋の類のフィクションやノンフィクションの作品を図書館で手に取ってみようという気にはなりました。
 
<コバ>

 NHKラジオで、天下り、渡りを好意的に認める女性の意見が紹介されていました。
 NHKラジオを聴くような女性でも、官僚に激甘で好んで自民党に投票してきたのでしょう。
 プアな自分は、男の嫉妬で感情的にお上に激烈に批判的になってると思いますが、ちょっと天下り、渡り容認は庶民として信じられないと思いました。

<Nelson>

≫天皇を信じて?らっしゃる貴方はきっと神の存在も信じておられるならば、その根拠というか理由を教えていただければ幸いです。≪(michisuzu様)

 これは、あくまで私の感じ方ですが・・・。 
 私は「天皇陛下は神である」とは思っていません。私にとって、天皇陛下は天皇陛下以外の何者でもなく、宗教的概念の「神」ではないということです。
 私にとって、天皇陛下は主君であるただそれだけであり、私の心にあるのは陛下への忠誠心だけです。
 答えになってないよね、もっと、根拠とか理由とかを挙げることができるならば挙げたいのですが・・・。
 もちろん、私の考えを人に押し付けようとかは全く思っていません。強制された忠誠心など忠誠心ではないですから。

<michisuzu>

 Nelson様一度も(多分想像ですが)会われたことすらない天皇陛下に対して忠誠心があるというのが私には正直驚きです。
 尊敬や忠誠心というのは私には自分自身に相手とある種の交流が最低限必要だと思うのですが?
 世の中は貴方のような不思議な考え方がむしろ主流(皇室に対する好意が約7割超)なのですね。私は改めて日本人が情緒的国民だと再認識しました。
 でもやはり、忠誠心の核となる事実について今回も到達できないことは残念です。

<ドイツゲーマー>

太田コラムに触発され,左翼の法学者と天皇の戦争責任について議論しました.自分にとって興味深かったので,紹介させていただきます.なお,単純化のため,日本の権力機構のうちのどこか・誰かに責任があるという前提で話を進めます.

1形式的責任→あり

形式上,天皇は当時の主権者であり,政治の最高責任者だった.戦争は天皇の名において行われている.

「輔弼の任に当たるべき内閣,ひいては国民にこそ責任がある」という反論に対しては,「例えば,不祥事のあった官庁の大臣が『自分は下から上がってくる書類に自動で判子をついただけだ』と言い訳したとして,その責任を逃れられるだろうか?」とコメントしていました.

2実質的責任→あり

「実際に権限を行使して政治介入していたというお立場なら実例を挙げてみてください。<遠江人さん:太田述正コラム#2998(2008.12.27)>」や「2・26事件とポツダム宣言受諾に関することぐらいしか、自らご聖断されていませんよ。<Nelsonさん:太田述正コラム#3055(2009.1.25)>」という主張に対しては,「それは天皇擁護派にとってbackfireとなる.重要な局面で天皇の意思が通っている証拠だ.」とコメントしていました.

ここで更に議論を進めると,私の最近の関心と重なるのですが,「権力が実際に行使された事例があまり観測されないという事実をもって,その人に権力がないという結論を導いてよいか(反語)」という議論です.興味を持たれたら,ぜひ次のサイトをご覧になっていただきたいです.私の環境ではチェックできなかったのですが,河野先生(Stanford Ph.D)は多分同内容を「6. 社長は有能か、無能か (06:56)」以降で指摘されているのではないかと思います.
http://taiken-waseda.jp/gakumon/data/sk_kono.html

<太田>

 大変興味深く、河野先生の自己紹介及び講義を視聴させていただきました。
 周辺的なことから申し上げると、まず、民主的平和(democratic peace)についてのお話は、民主的平和論が真実であるという前提であれば、その根拠に簡単でいいのでお触れになった方がよかったし、真実かどうかはともかくということであれば、それは仮説である旨言及されるべきだったと思います。
 何せ、今回のミニ・ガザ戦争だって、一応「民主主義」政体間の戦争でしたからね。
 民主主義の定義も必要だったような気がします。
 また、現在の日本で官僚機構と国会のどちらが優位か、についてのお話も、そういう構図の設定自体にちょっと違和感を覚えました。
 日本は議院内閣制なのですから、政府提出法案だって、(長が国会議員でその他の構成員の大部分が国会議員であるところの)内閣、すなわち政治家がつくった法案であることに変わりはないからです。
 ですから、構図としては、政治家と官僚のどちらが優位か、とされた方がよかったのではないでしょうか。
 ついでにもう一つ。
 河野さんの社長有能無能論は、形式的・実質的権力が社長にあることを前提にした上での話であり、戦前の昭和天皇に形式的または実質的権力があったかどうかという議論の参考にはならないと思います。
 さて、肝心の議論ですが、疲れちゃったな。
 Nelsonさん、お時間のある時に「左翼の法学者」への反論をお願いしまーす。
 
<michisuzu>

≫・・・情報も沢山あるし、最も進歩的であるはずの東京や大阪で何で自民系知事が幅利かしてるんだろ?(コバ)
 東京や大阪は公明党が強く、公明党が自民系知事(候補)を支援してきたからでしょう。(太田)≪(コラム#3057)

≫公明党の強くない地方から、自民党を引きずり下ろして中央を打倒するしかないですね…。≪(コラム#3059。コバ)

 これってすごい勘違いじゃあ無いでしょうか。

 東京は石原氏大阪は橋下氏の個人的知名度が圧倒的だったのと対抗馬の玉が悪かった(下品な言い方ですみません)のが原因であり政策なんて(大差ないのであって)投票するときの動機にはなりえないのではないでしょうか?
 自民か野党かでなくあくまでタレント知事の知名度勝負だったわけです。

<太田>

 これはいい問題提起ですね。

 現在の山形県議会の構成は、全議院44名中、自民27、公明1、民主1、社民2、共産2、無所属11です。
http://www.yomiuri.co.jp/election/local2007/f_kaihyou/yh06.htm

 公明党(や民主党等)の力なんて無に等しく、自民及び自民系(無所属の大部分は自民系と見られます)の力が圧倒的です。
 自民及び自民系と言っても、自民党支持と言うよりは、個人個人の政治家支持ということでしょう。
 山形県など地方では、まだまだ政党化が進展していないのです。
 こんな山形県においては、今回の知事選は、前知事(そして部分的には中央政府)の信任不信任を巡る現職知事対新人の個人対個人の選挙であったと言えるでしょう。
 これと比較すると、東京都と大阪府の状況は、これが同じ日本かを思うくらい違います。

 まず、現在の東京都議会の構成ですが、全議員127名中、自民こそ48名ですが、これに公明を加えると70名の多数を占めています。無所属は4名しかいません。政党化が徹底しています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E8%AD%B0%E4%BC%9A
 ですから、自民と公明の支持を得ている知事候補者は、石原氏ほどの知名度がなかったとしても当選することが可能ですし、議会に足を引っ張られることがないので、当選を重ねることだって不思議ではないのです。

 次に現在の大阪府議会の構成ですが、全議員112名中、自民こそ49名ですが、これに公明を加えると72名と、文字通り絶対多数を占めています。無所属は0(数えようによっては2名)です。東京以上に政党化が徹底していると言えそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%BA%9C#.E4.BC.9A.E6.B4.BE.E6.A7.8B.E6.88.90
 前大阪府知事の太田房江さんは(共産を除く、ほぼ)超党派の府知事でした
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E7%94%B0%E6%88%BF%E6%B1%9F
が、橋下氏が当選した府知事選では、自民と公明が支持したのですから、彼が当選するのは、知名度云々抜きでも、しかも民主、共産分裂選挙であったことからすればなおさらのこと、当然過ぎるくらい当然でした。
 その後、橋下氏の高支持率が続いているのも、議会の多数派たる2大与党が知事の足をひっぱらないことが大きい、と私は思っています。

 ご承知のように、公明支持者は、上からの指示通りに動きます。
 自民票がかなり逃げても、それこそ、よほど非自民候補の知名度があり、かつ非自民陣営がまとまっていない限り、山形で起こったようなことは東京や大阪では起きないのですよ。

<michisuzu>

 <コラム#2971「セックス中毒(その1)」を読みました。>

 日本人はやはりセックス中毒は少ないかもしれませんね。
 インターネットでのポルノの見すぎはあるかも知れませんが、多くの日本人は平日は忙しくそんな時間があるのはニート位ではないでしょうか?
 実際のセックス行動における中毒に関してもまだまだ日本ではセックスが秘め事であり多くは無いように思いますが?

<太田>

 この投稿は今までの中で特にできが悪いな。
 1番目の文章は、そうあなたが思った根拠、更にはできれば典拠を記さないと無意味です。
 2番目と3番目の文章が根拠のつもりなのかもしれないけれど、残念ながら意味不明です。自分で読み返してみてご覧なさい。
 2番目の文章を、「でのポルノ」を消した上で、「多くの日本人は平日は忙しく、インターネットにふける時間があるのはニート位ではないでしょうか?」と文意が通じるように読み替えれば、ご自分のmixiブログに平日に10回以上も身辺雑記的ならぬショート・コラム的書き込みを行う場合があるあなたご自身のことを語っているようにも読めますよ。
 気を悪くしないで欲しいんだけど、michisuzuちゃんは、いいところが一杯ある女性なんだから、mixi等にこの種ショート・コラムをアップする頻度を減らし、よく調べ、考えた上でアップする文章を書くように心がけてごらんなさい。

<うえやま>

 すいません、時間がありませんので、少しだけ。もう少しまともな話を時間がとれれば投稿しますので、それまで返事を待っていただいても全然かまいません(これはとりあえずの返信だと思ってください)。

≫・・・ロスバードの主張は、アングロサクソン的な個人所有権を絶対視しする主張にように受け止められます・・・≪(コラム#3059。太田さん)

 その通りだと思います。

≫このような<自己所有権絶対視の>背景の下、アングロサクソンには夜警国家思想/市場万能思想があり、時々実践されてきたわけで、もはや、議論、実験がやり尽くされた感があります。≪(同上)

 やり尽くされたかどうかには私は疑問が残りますが(ロスバード的には、やり方が中途半端だったからそこに問題が発生したのだ、と考えます)、アングロサクソン社会においては、太田さんのおっしゃる状況に近い状態にある(多くの人間は、アナキズム、ひいてはアナルコ・キャピタリズム的なものをただの夢想あると思っている)のは間違いないのではないでしょうか。

≫蒸し返すようですが、うえやまさんが、本当にアナキズム的社会の実現を望んでおられるのなら、むしろ日本の過去に目を向けられた方がよいような気がします。≪(同上)

 前置きが長くなりましたが(ここ数日の投稿の全てはなんと前置きです!)、私が一番太田さんの意見をお聞きしたいのはこの辺りでした。私は、太田さんのおっしゃる和辻的人間主義であるこの日本の社会に、自己所有権(あえて私的所有権とは書かない。私的所有権は独立せず、自己所有権の延長にあると考えています)の概念を注入することで、そこに(江戸時代的、あるいはそれ以上の)アナキズム的社会が立ち現れるのではないか、と考えているのです。
 石川英輔氏の発言はおもしろいですね。江戸時代、皆が高札があるだけで川を汚さない。石川さんは「やってはいけないことはやらない」とおっしゃりますが、そこで守られているのは自己所有権そのものではないか。もしかすると、それ(自己所有権とは本質的に何であるのか)を皆が意識するだけで、アングロサクソン社会においては実現できなかった、アナキズム的社会がそこには既にあるのではないか、といったようなことを、もう少しまともに書きたいなと思っています。

 それにしても、江戸時代についての<太田さんご自身の>言及を覚えていてくださって光栄です。江戸時代、いやいや、縄文時代に戻りたいなぁ 笑

<コバ>

 日曜日にNHKでヨハネスブルグをめぐる番組を見たのですが、番組を見る限り、BEE(Broad Based Black Economic Empowerment)政策で、人種間の所得格差を解消するはずが、政府とコネのある黒人層にのみ富が集まり、同じ黒人間での格差がひどいことになり、犯罪の多発する街は膨大な数のカメラで警備会社に監視され、銃を持ち歩く人間が街角で当然のように映し出されていました。
 警備員はショットガンを構えながら高級住宅街を巡回しており、武器を持つことを許されていない日本の警備員とは雲泥の差があると思いました。
 明治維新があったとはいえ、高札だけで水の安全を守れた日本が、危険であるだけ安全保障が重視されている諸外国と政治や行政で競争することを避けてきたツケは取り返しのつかないものになっているのではないでしょうか。
 しかし話が飛び飛びですが、南アフリカはレアメタルなどの資源のおかげでまだ活気があるようですが、黒人優遇策でジンバブエ化するようなことはないのでしょうか。
 それとも、一部黒人が裕福になりつつもアングロサクソン化に成功しているのか…。

<太田>

 アパルトヘイト下の南アよりはマシだと達観すべきでしょうね。
 それにしても、ネルソン・マンデラは偉大でした。
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太田述正コラム#3062(2009.1.28)
<パレスティナ問題の今後(その1)>

→非公開