太田述正コラム#2969(2008.12.12)
<ムンバイでのテロ(続x3)>(2009.1.26公開)

1 始めに

 情勢が動いているので、引き続き、ムンバイでのテロについての最新状況をコラージュ風にとりあげます。

2 頑張るパキスタン政府?

 「・・・ジャマート・ウド・ダワの指導者であるハーフィズ・サイード(SaeedまたはSayeed)<(コラム#2959、2961、2967)>がラホールで自宅拘束された。・・・
 サイードは、国連安保理が、資産の凍結、旅行の禁止、そして武器の禁輸を含む規制が行われるところの指定テロ組織リストにジャマート・ウド・ダワを載せた10日に、同理事会によって4名の<テロリストの>うちの一人として名指しされた。
 同理事会は、同時に、この「慈善団体」は、・・・ラスカレタイバに直接結びついていると指摘した。・・・
 サイードはかつてイスラム研究の教授だった。彼は、パキスタン当局によって2006年8月にインドにおけるラスカレタイバによる一連の列車爆破事件がらみで逮捕されてから釈放され、2ヶ月にわたって自宅拘束された。爾来サイードは、ジャマート・ウド・ダワの活動範囲を全パキスタンに広げるべく活動を続けてきた。サイードは規則正しく毎週、ラホールのジャマート・ウド・ダワのモスクで講義を行ってきた。・・・
 ・・・中共は2007年5月と2006年4月の2度にわたって、ジャマート・ウド・ダワの指定テロ組織リスト掲載を阻止した<が、今回、ついにそうも行かなくなったということだ。>
 パキスタンの<旧与党で>野党<第1党>・・・の最高指導者の一人にして上院議員のタリク・アジム・カーン(Tariq Azim Khan)は、・・・「今や新しい考え方が生まれた。今年何度も自爆テロが<パキスタン国内で>行われたからだ。今まではよその問題だった。カシミール等の・・。しかし今や問題がわれわれの自宅に押し寄せてきたという感覚が生まれた。特に今年のマリオット<ホテル>における自爆テロは、何とかしなければならないという感覚を生んだのだ。」と語った。」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/12/11/AR2008121100901_pf.html
(12月12日アクセス。以下同じ)

 「・・・カヤニ(Kayani)<パキスタン陸軍参謀長>は、就任して1年経つが、軍部の政治への関与を減らすとともに、パキスタンの<アフガニスタン国境地帯の>部族地域において過激派に対する攻勢をかけてきた。・・・
 「我々は、政府と軍部がより協力するようになってきていることを目撃し始めている」と、ラホールの政治アナリストのアハメッド・ラシッド(Ahmed Rashid)は語る。しかし彼は、まだ「日によってくるくる変わる流動的状況だ」と付け加える。・・・
 まさにそのことを示すようなことが7月に起こった。
 パキスタンの文民指導者達が同国の最高の諜報機関であるISIを内務省の管轄に移そうとしたのだ。ところが軍部がこの動きを拒否した。軍部は、パキスタンの核兵器の管轄権を移すことも拒否した。
 しかし、こういった政府と軍部の関係もゆっくりとではあるが変化しつつある、とラシッドは言う。
 カヤニは、政府のポストから約3,000人の現役及び退役軍人を退かせたし、ISIの政治部門を廃止した・・・。・・・
 彼は、引き続き軍部を文民統制に服せしめる試みを先週行った。<軍人であったムシャラフ前>大統領と軍部が支配していた強力な機関である国家安全保障会議(National Security Council)の廃止に同意したのだ。
 その機能は、今後は議会の防衛委員会によって遂行される。同委員会は、ラスカレタイバの指導者達を逮捕する決定を今週下した、とラシッドは語った。・・・
 ・・・カヤニは、ザルダリの妻であった元首相の故ベナジール・ブットの副官を務め、米カンサス州フォート・レヴンワースの指揮幕僚学校で学んだ。・・・
 <パキスタン>軍部によれば、同軍部はアフガニスタン国境地帯に12万人の部隊を配備した。これと平行して米国はアフガニスタン側の国境地帯で過激派を万力で締め上げるようにしてつかまえるため、<パキスタン軍の動きを>補完する作戦を始めた。・・・
 しかし、どこまで軍部がやるつもりがあるのか、いややる能力があるのか、については、限界があるように見える。
 ムンバイでのテロの乱暴狼藉が始まってから数時間経った時点で、パキスタン首相のユーサフ・ラザ・ギラニは、ISIの長をインドに派遣したいと語った。彼は後にこの話を撤回したが、それが世論を気にしたためか、軍部が首を縦に振らなかったためなのかは定かでない。 
 もっと大事なことは、軍部がパキスタンの心臓部であるパンジャブ州に根を張っているラスカレタイバと本格的に対峙する能力は自分達にはない、と思っていることだ。・・・」
http://www.csmonitor.com/2008/1212/p01s01-wosc.html

3 米国のパキスタンへの「影響力」

 「・・・110億米ドル近くにのぼるところの、9.11同時多発テロ以降の米国のパキスタンに対する軍事援助はインド向けの軍事力の強化に転用されてきた。もっともこれは、既に1980年代からISIが秘密裏にCIAから、アフガニスタンのソ連に敵対するゲリラに投じるべくもらっていた数十億米ドルを猫ばばしていた頃からからのやり口を踏襲しただけのことだ。・・・」
http://www.csmonitor.com/2008/1212/p09s01-coop.html

4 インドによるイスラム過激派テロ防止の困難さ

 「・・・インドの警察は、少なくとも一人のインド人の工作員・・・29歳が、これまでパキスタン人テロリスト達への隠れ家の提供と、インドで攻撃を行うための連中のインド領内への侵入を手助けしてきたと語った。・・・
 ・・・カシミール内の事実上の<印パ>国境線を越えることが次第に困難になるにつれて、テロリスト達は別の経路を見つけなければならなくなった。・・・
 ネパール<とインドの間の>国境は全く警備されていない。国境地帯は両国民が入り交じって住んでいて、日々の国境越えの際に、証明書類がなくても何とかなる。また、大勢の人々がバングラデシュからインドに通勤し夜またバングラデシュに戻っている。ここもほとんど警備らしい警備は行われていない。障壁の整備状況も悪い。・・・
 <もう一人のインド人工作員は、>重要なムンバイ南部の場所の詳細なビデオと地図をネパール経由でラスカレタイバの司令官達に送った・・・。これらの場所のうちのいくつかは今回テロリスト達の標的とされた。<上述の工作員は、>少なくとも2005年と2007年の<インドにおける>テロ攻撃の際に、<パキスタン人>テロリスト達をネパールから越境させるのを手助けした・・・。・・・」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/12/10/AR2008121003370_pf.html

5 終わりに代えて

 ブットもその夫であるザルダリも、腐敗まみれの人物であり(コラム#2275)、ザルダリに至っては、ブットに比較すべくもない、不人気な人物です(典拠省略)。
 しかし、時代と地位が人をつくり、人を動かすことがあります。
 ひょっとしたら、ザルダリがパキスタンの救世主へと大化けする可能性が出てきました。
 もっとも、このような舞台をザルダリに提供したのは彼の前任のムシャラフだったと言えなくもありません。
 ブットと、従ってザルダリとご縁のあるカヤニを陸軍参謀長に就け、そのカヤニに軍部の粛清をやらせたのもムシャラフだったのですから。
 ムシャラフが、辞任後、一貫して沈黙を守っているのも、恐らく深く考えるところがあるのでしょう。