太田述正コラム#3037(2009.1.16)
<皆さんとディスカッション(続x369)>

<KY>

 <コラム#3035でのサヨクさんと太田さんのやりとりを読みました。>

 では、何年外国に住んでも日本人をやめられない、生粋の「土人」を代表して一言(笑)。

 「自分の親族でも友人でもない著名人」の死を悼んだりするような抽象概念が無いから、土人は土人であると思うんですが、一つの王家を1500年以上も神輿に担いで、それで平穏無事でいるような政治制度を組み立てるっていうのは、随分と立派な事に思えるんですがね。フランスみたいに国王を斬首して、国民同士で殺しあって、仕舞いにゃ独裁者が現れて戦争だらけとか、ロシアみたいに苛斂誅求な王家と貴族が好き放題やって、最後は内乱と独裁で数千万人死亡とか、そういうやり方に比べれば恐ろしく上等に見えるんですがね。

 それに「国民、領土、主権」といっても、その三者は独立して存在できる概念じゃない。
 日本において、そういう統一性を維持する為に、天皇制の代わりに何かありますか?
 もしかして「日本国憲法」とかいう属国の御触書ですか?

 あともう一点。自民族を蛮族呼ばわりする一見高邁な連中が日本には散見されるが、じゃあそういう連中の属性は何処に存在するのか?
 自分たちも含めて土人なのか、或いは自分は土人でも日本人でもないのか?
 で、日本人じゃないのなら、本来は他人事である筈の天皇の葬儀を見てそこまで嫌悪を覚える理由は何か?

 要するに、こういう連中は西洋を表面だけ見て、猿真似をして、自分だけ高みに立ちたいが、自分の日本人的性格は捨てきれないし、それに気付いてもいない訳ですな。そういう意味で、太田さんの「自分が『類人猿』並の存在であると公言しているに等しい」というのは、彼らの言行が実際に猿並みであるという点で、実に当を得ている思います。
 結局は明治維新が生み出した道化なんじゃないですか?

 という訳で、自分は結構幸せに「土人」をやっています。

<から>

 太田様、メールにての丁寧なご回答ありがとうございました。
 結局今の日本に居れば、いつまでたっても軍事音痴のままなのですね。
 がっかりしました。
 もう軍事に時間を割くのはばからしいので止めます。

<太田>

 そうおっしゃらずに、今後とも私のコラムをぜひ読んでいただきたいものです。

<遠江人>

≫遠江人さん、改めてご感想はいかがですか?≪(コラム。#3029太田)

 ここ数日ちょっと考え込んでしまっていたので、ご返事が遅れてしまいました。申し訳ありません。

 以下は太田さんの属国論は「正しい」という前提でお話します。

 戦後日本は自ら属国となることを望み安全保障と外交を放棄しました。吉田茂が一時的な政策としたつもりが、日本が属国であることが望ましい立場の人々=既得権益を享受できる立場にいる人々=政・官・業+マスコミがその体制の恒久的な存続を望み、冷戦構造により米国が日本を無視できなかったことと、面倒で金がかかること(安全保障と外交)をやらずに済んだことで、冷戦構造と経済成長が続いている間は、既得権益の埒外の人々=一般国民にとっても特に「問題」はありませんでした。しかも長い間その状況に慣れてしまったことで、このような「世界」は本来は極めて例外的なことであり自分達はそういう例外的な「世界」に生きているのだ、という健全な思考すら忘れてしまって、なるほど日本人は世界が見えなく(理解できなく)なってしまいました。

 このことはとても分かり易いと思います。戦後から今に至るまで「右」だ「左」だ「ポストモダン」だと日本の言論界は懸命に考察を続けてきましたが、太田さんのこのような簡潔で分かり易い本質的な考えを同じように示すことができた人が、かつて日本に存在したかというと私の知る限りでは見当たりません。
 なぜ日本国民は今まで自国が属国だということを「意識」せずに済んだのか、既得権益受益者に騙されていたのではないのか、いや、属国を望んでいるのは実はほかならぬ国民ではないのか、結局は程度が違うだけで日本国民も既得権益受益者ではないのか。
 ここまでたどり着けば、「右」だ「左」だ「ポストモダン」だとやっている余地は無いでしょう。そんな些末なことは日本が自立してから思う存分やればいいことだからです。
 しかし戦後日本国の隠れた「構造」を前提としての言論は世に広まってきたかというと、相変わらず実感はありません。太田さんの主張は本質を突いていて、それはつまり、結局は大なり小なり「既得権益受益者」である日本人が本音では目を背けたいことだから、相変わらず目を背けた議論しかできないのかもしれません。

 2007年11月以前からの読者の方はよくご存知だと思いますが、太田コラムは口コミでの読者増はほぼ期待できませんでした。「田中宇の国際ニュース解説」や「ロシア政治経済ジャーナル」といった多くの読者を抱えるこれらの政治系コラムはテレビ出演などのことが無くても多数の読者を確保していました。
 これらのコラムには恐らく口コミで読者が広がる余地があって、太田コラムには無いとすれば、前述の戦後日本人の構造的な深層心理は予想よりはるかに頑迷で強固なのではないかと思ってしまいます。
 そんなことを太田コラムのここ1年くらいの読者数の推移に重ね合わせて考えて、あのようなコメントになってしまいました。
 しかし、グーグルの検索数は大幅に増えており、ネット上では太田さんの主張を深く正しく理解しているコメントや言論が多く見受けられる昨今なので、それ程心配をする必要は無いのかもしれませんね…。
 ここ1年くらいの太田コラムにおいて、読者数の停滞状況を心配したり問題視するコメントがほとんど見られなかったことに違和感を感じていて、それで自分がコメントしたという側面があったのも正直なところです。
 それと、皆さんとディスカッションは2007年11月から始まりましたが、投稿子の方々はこの1年ちょっとの間に7〜8割?くらいはディスカッションから姿を消していったように思います。このことも興味深いところではあります。

 まとまりの無いコメントで、すいません。

<太田>

>ここ1年くらいの太田コラムにおいて、読者数の停滞状況を心配したり問題視するコメントがほとんど見られなかった

 有料読者の方々はご存じですが、一昨年、余りにひどい経験をしたため、私の期待水準が、それ以前に比べて大幅に低下したことが背景にあると思います。
 ですから、遠江人さんの方が客観的に私を取り巻く情勢をご覧になっていると言えるかもしれません。
 
>投稿子の方々はこの1年ちょっとの間に7〜8割?くらいはディスカッションから姿を消していった

 一昨年秋以降、TVに登場した私を見て、私が近い将来、宮崎哲也氏や勝谷誠彦氏のようなタレント的評論家に大化けするかもしれないと興味を持った人々が、私のコラムの無料読者になったり、mixiの私のコミュニティーのメンバーになったり、私のコラムの有料読者になったりするけれど、その大部分は、私が平素書いているコラムの内容がこむつかしいことと、私がタレント(候補)には本来的になりうるはずがない、一種の革命家であることに意識的無意識的に気付き、去っていく、というサイクルが繰り返されつつ現在に至っている、ということだと思います。
 この状況に根本的変化が起きるかどうかは、今年中に、私の新たな本が出版されるかどうかにかかっているような気がしています。

<amida>

 まさか民主党政権が革命政権になる可能性はないかと思いますが、共産社民の露払いになって、万が一革命政権ができたときに、まあその手前での民主党の構造改革が実現するとして、それでよしんば現在の自民党政権の政官業の癒着を粉砕することができたとしても、ロシア革命やシナ革命などのように、結局は新しい独裁者・独裁政治にとってかわるだけで終わるのではないか。民主党政権でも、やがて新しい特権階級にしかならないのではないか。
 それよりもいくら腐っていても自民政治を辛抱強く手直ししつつ大枠で保守政治を支えて、本当の革命恐怖政治を遠ざける姿勢が求められるのではないか。
 国民にとって民主党政権が自民政権よりももっと苛酷な政治にしかならない可能性の方が高いと思えるのですが、太田先生のお考えを承りたく。

<太田>

 社民党は、旧社会党の残滓であり、吉田ドクトリン墨守の体制派である点において、自民党や民主党と何ら差異はありません。
 共産党だって、随分以前から一党独裁の追求など止めていますし、第一、いくら蟹工船ブームだからといって、今後とも共産党が中心となるような政権が樹立される可能性は皆無でしょう。
 とにかく、民主党を中心とする政権を樹立させ、それを一定の期間続けさせることで政官業の癒着構造の粉砕を図るべきです。
 そもそも、日本は独裁者や独裁政治を一度もその歴史の中で登場させていません。
 今後ともそうでしょう。

<新規有料購読申し込み者>

 小さな町工場の親父です。太田さんの「たった一人の反乱」<(コラム#)>、読ませていただき、胸に詰まるものがありました。あの喧噪の中で、もしかすると太田さんとすれ違ったことがあるかもしれませんね。「最後の最後まで闘うぞ」とあの時、太田さんは、叫ぶのではなく、心に深く誓ったのでしょう。
 私はといえば、マッセという砂の一粒として還暦を迎えようとしているのですが、太田さん達に学びながら、なろうことならば「自覚したマッセ」(私の好きな中江丑吉というヒトの言葉です)として、工場の片隅からのささやかな「反乱」を期したいと思っています。
 とりあえずは次の選挙で民主党を勝たせるために、ウチの若い衆をオルグするということになりましょう。
 余計なことでした。武運長久を心からお祈りします。

<太田>

 暖かくかつ力強いお言葉をありがとうございます。

 さて、記事です。
 コラム#3023でご紹介した遠藤誉氏による記事の続編が出ました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090114/182731/
(1月16日アクセス)

 遠藤氏は、次の二つの仮説を提示します。

 仮説1:
 胡錦濤はマルクス主義理論の中から“民主”を引き出そうとしている。
 すなわち、西側諸国の描く民主ではなく、あくまでも社会主義国家における民主を実 現させるため、その論理的根拠として、マルクス主義理論の研究を強化させた。
 仮説2:
 胡錦濤は民主の潮流を不可避と考え、その実現を決意している。
 但し、混乱を防ぐため、中国の民主化はボトムアップではなく、中国共産党のトップダウンで行わねばならないと考えている。その際に脅威となるのはネットパワーだ、と胡錦濤は認識しているので、強硬路線を取りネット言論の主導権確保を狙っている。

 その上で、

 「中国共産党の指導下における民主なんて、ありなんですか?」という声が、読者の方から聞こえてきそうだ」と先回りしておいて、遠藤氏は次回につなげています。

 私自身は以下のように考えています。

 氏の言う「民主」を「自由民主」で置き換えるとすれば、かつての香港の統治形態を中共全体に適用することで、共産党一党独裁下の自由民主を中共全体において実現することは可能です。
 住民は「自由民主」を享受しつつも、権力を自ら掌握することはできない、というのがかつての香港の統治形態であったことを想起して下さい。
 このような統治形態を導入するためには、法の支配を確立する(つまりは自由主義を徹底する)とともに、権力部内の民主化を実現しなければなりません。(かつての香港の場合、権力部内の民主化は、英国民によって民主的に英本国の権力が掌握されていたことで担保されていました。)
 そこで、胡錦涛が実際に、司法権の「独立」・・カギ括弧の中にいれたのは、英国では厳密に言うと司法権は独立していないから・・と中国共産党内部の民主化にどれくらい真剣に取り組んでいるかが注目されることになるはずです。
 遺憾ながら、これらの課題に胡錦涛がそれほど熱心に取り組んでいるように私には見えないのですが、とにかく遠藤氏の続編を待つことにしましょう。

 ところで、私は氏の「仮説1」自体に異論があります。
 すなわち私は、「仮説1」は以下でもって置き換えられるべきではないかと思っているのです。

 「胡錦濤は儒教理論の中から“民主”を引き出そうとしている。
 すなわち、西側諸国の描く民主ではなく、あくまでも共産党の独裁下における民主を実現させるため、その論理的根拠として、儒教理論の研究を行わせている。ただし、儒教理論だけでは共産党独裁を正当化することまではできないので、マルクス主義を形の上で維持した上で、マルクス主義と儒教理論とを弁証法的に止揚する理論の構築を模索させている」(「民主」は「自由民主」と読み替える。)と。
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太田述正コラム#3038(2009.1.16)
<ヴィクトリア時代の小説の効用>

→非公開