太田述正コラム#2657(2008.7.9)
<ハセガワとベーカーの本(その1)>(2009.1.13公開)

1 始めに

 一昨日、ハセガワの本(コラム#819、821)とベーカーの本(コラム#2410、2412、2419、2463、2465、2479、2507、2536)が届きました。
 まずは、周辺的な話から始めましょう。

2 ハセガワの本を手にとって

 ハセガワの本は382頁。写真が44枚。
 ハセガワ・ツヨシ(1941年〜)は、ワシントン大学でPh.Dをとり、現在カリフォルニア大学サンタバーバラ校で教鞭を執っています。
 以前(コラム#819で)日系米国人とご紹介しましたが、日本人でらしたのですね。訂正させていただきます。
 (以上、
http://en.wikipedia.org/wiki/Tsuyoshi_Hasegawa
(7月9日アクセス)による。)

 さて、本の後ろの方にあるハセガワによる謝辞(Acknowledgments。PP363〜366)を読んだところ、結構、ハセガワと私とは接点があることが分かりました。

 ハセガワは、東京大学の学部で衞藤瀋吉(1923〜2007年)と斉藤孝(1928年〜)両氏に師事したというのですから、恐らく教養学科の国際関係論専攻だったのでしょう。
 かく言う私は、教養課程で衛藤、斉藤両先生の国際関係論の授業をとっています。
 ついでに申し上げると、私自身はどちらの先生にも余り感銘を受けませんでした。
 衛藤先生の講義は印象論的漫談といった趣の内容であり、斉藤先生の講義は、教条的マルクス主義の臭いがしたからです。 

 また、ハセガワは、東大の政治学者の佐藤誠三郎(1932〜99年)を友人であるとしていますが、佐藤先生がスタンフォードを東大の法哲学者の長尾龍一(1938年〜)先生と訪問された折、当時同大学に留学中であった私が、自分の車にお二人を乗せてスタンフォードからローレンス・リバモア国立研究所(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%A2%E3%82%A2%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80
)まで往復したことがあります。
 爾来、この両先生の著作は、いくつか読ませていただきました。
 特に、佐藤先生と村上泰亮、公文俊平両先生、お三方の共著である『文明としてのイエ社会』(中央公論社 1979年)の原型となる論文は、私が「「日本型経済体制」論」(コラム#40、42、43)を執筆するに当たって、参考にさせていただいたいくつかの論文のうちの一つです。

 更に、どちらもロシア政治専門家でいらっしゃる木村汎(1936年〜。北海道大学スラブ研究センター教授→国際日本文化研究センター教授→拓殖大学海外事情研究所教授。推理小説作家の故山村美紗は実姉)氏や下斗米伸夫(1948年〜。しもとまいのぶお。法政大学法学部教授)氏等との議論は有益であったとハセガワは記していますが、木村先生とは、1981年だったか、スタンフォード大学主催の泊まり込みの国際会議が伊豆で行われた時に討論参加者としてご一緒した時以来、ずっと年賀状の交換をさせていただいてきましたし、下斗米先生もよく存じ上げています。

 ところで、ハセガワは、この本をロシアの学者であるスラヴィンスキー(Boris Nikolaevich Slavinsky)に捧げています。
 この本は、もともとはこのスラヴィンスキーとハセガワとの共著になる予定だったところ、執筆開始直前の2002年4月にスラヴィンスキーが急逝したため、ハセガワ単独で上梓することになったというのです(PP363)。

(続く)